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2 結局ここは異世界だ



 「今、なんて?」


 人に会えた喜びよりも、青年の言葉の意味が気になった。


 「おまえ、にほんじんか」


 何を勘違いしたのか、一言一句はっきりと同じ事を言ってくれる。そのおかげで分かった、ここが春の生まれ育った場所ではない事に。

 春はヌッと両手を出して青年の肩を掴み、激しく揺らした。


 「ここはどこの国ですか!?日本からどのくらい離れてますか!?日本語わかりますか!?」


 興奮して激しく揺らすせいか、青年はもがんばかりに頭部を前後させている。角灯ランタンがカチャカチャと音を立て、二人の影が揺れた。


 「まっ……て……ちょ……」


 必死に訴える青年に気付いて手を離す。それでも余韻のせいか青年の身体はしばらく揺れ、止まった途端口を押さえた。


 「オォ……」


 背中を丸める姿に少し罪悪感を覚えたが、早く答えが聞きたかった。じっと青年を見つめれば、落ち着いた彼も春を見上げる。


 「外国じゃない」


 言葉の意味が理解できずに首を傾げる。


 「じゃあ日本?」


 ならどうして日本人か、なんて聞き方をしたのかと疑問に思う。それにさっきの男達もこの青年も、どう見たって日本人の容姿ではない。それどころか身に付けている服や靴、謎の剣や銃は今時どこの国でも見ない。

 青年は黙ってしまい、何かを考えている。今の質問に対して、何をそんなに悩む必要があるのかと不思議に思ってると、青年が顔を上げた。



 「日本でもないし地球上のどこでもない、ここは異世界だ」


 真顔の青年と真顔の春が向かい合って見つめている。



 「ねぇよ」


 「あるんだよ」



 まるでコントのように息が合った。


 それでも春は信じていない。異世界だ?馬鹿にするな、という思いで青年を睨みつける。ただそれが逆に春の思いを揺るがした。

 改めて見ると青年の格好はおかしい、現実リアルでは一度も見たことがない服装。でも全く知らないわけじゃない。

 ゲームやアニメ、漫画やラノベと言った架空の世界を描いたもの。その世界で描かれる人々の格好と青年や男達はよく似ている。


 「(いやいや、ないわ……うん、ない)」


 苦笑を浮かべ否定するが、妙に納得してしまう。青年の言った事が本当なら、今までの事が全て説明がついた。知らない場所で、電波も無くて、剣や銃を当たり前に持っている。

 青年に目を向ければ、信じたか?とでも言いたげな表情をしていた。


 「でも、だからって……」


 「来ちまったもんは仕方ないだろ、受け入れろ」


 青年の手が春の後ろに伸び、さっき落ちた何かを拾い上げた。


 「ヒェ……」


 鶏のような見た目で、倍ほど大きく膨らんだ腹。小枝のように可愛いはずの足は猛禽類のように太く鋭い鉤爪が付いている。大きな体に乗った小さな頭が余計に不気味だ。


 「あっちの世界にこんなのいたか?」


 「(いるわけないじゃん)」


 声にならない叫びを目で伝えようとしたが、流されてしまった。だがこれで信じないわけにはいかない、ここが今までいた世界とは違う、異世界だという事を。


 時々スマホで読んでいた小説や漫画でも見た事はあるし、なんなら憧れだって持っていた。それでも、実際に自分がその世界に来たとなると話は別だ。



 「なんで?」


 「何が」


 「そもそもあんたは何なのよ」


 ここが本当に異世界なのなら、なぜ春が日本人だとわかったのか。青年はどう見たってこの世界の住人にしか見えない。

 鶏を眺めていた青年は、ウエストポーチを開け、何をするのかと思えば鶏を近づける。普通に考えれば入るわけないはずなのに、いつか見た牛乳瓶と茹で卵の実験のように吸い込まれていった。

 理解できない光景に開いた口が塞がらない。


 「俺も日本人だ」


 「嘘だ」


 嘘じゃなかった。青年が日本について話したことは間違っていないが、少し古いものばかり。まだ春が生まれるずっと前の日本のことだった。


 「なんか古い」


 率直な感想を言えば、心外だと言わんばかりに睨まれる。


 「今何年だ?」


 「20XX年」


 「……じゃあ俺が死んで18年経ったのか」


 指を折って計算していた青年はポツリと呟いた。


 「え?死んだ?」


 「そ、死んだ」


 一度に色んなことが起き過ぎて頭が混乱する。


 「死んでこっちの世界に来た」


 いわゆる異世界転生と言うものらしい、死んで魂だけがこちらの世界で新しく生を受ける。

 そこで一つ問題だ。どうやって春はこの世界に来たのか。


 「え?じゃあ私も死んだの?」


 「違うだろ」


 春のは転生ではなく転移ではないかと、青年は言った。漫画などでよく見る勇者の召喚がそれらしい。春が召喚されたかどうかはわからない。


 死んでないならまぁ良いか、と春は気楽に考えた。正直まだ受け入れられない、夢であって欲しいと思っている。


 「あてがないなら一緒に来るか?」


 断る理由がなんて無い。一人でも頼れる人が現れたんだ、着いて行くに決まってる。


 「戸川とがわ春」


 「テテ」


 「(テテ?)」


 あだ名かと聞けば本名だと言われた。この世界では苗字は貴族しか持たないらしく、気を付けないといけない。

 テテの後に続いて森の中を歩いた。しばらく歩いていると木々の間から小さな灯りが見え始めた。それは近づくにつれ大きく、広範囲に輝いている。


 「うわ……凄」


 森を抜けて少し遠くに見えたのは、高く大きな城壁とその中にある街。少し離れたところに城らしきものも見えた。

 よく漫画が実写してイメージが崩れた、なんて事を言っていた友人がいたが。これはまったくの別物だ。知らない外国を見ているような不自然さ、それでも本物だと納得してしまう。

 景色に見入っていると、いきなり視界が暗くなる。なんだと思えば汚れたローブのようなものだった。


 「その格好は目立つから、それで隠しとけ」


 ローブを羽織りボタンを留め、フードを被ろうとしたらテテがじっと見てくる。


 「(はーん、可愛い私を見ているのね)」


 やれやれと肩を竦めた。


 「お前、顔から転んだだろ。怪我してるぞ」


 「え?!」


 ぺたぺたと顔を触ってみれば、鼻と顎が少しジンジンした。あれだけ派手に転んだのだから仕方ない、それでも顔に傷ができた事に春はショックを受けた。


 「少しの間黙ってろよ」


 「へーい」


 気の抜けた返事をすれば、呆れたような視線をむけららた。大人しく着いていくと、門兵に何かのカードを見せている。


 その門兵が春を指差した。


 「こいつのは」


 「これで」


 春にはなんの事がわからなかったが、テテが差し出した金貨を見て理解した。

 中に入ればその街は活気に溢れていた。夜だと言うのに街は明るく、人々が闊歩する。時計を見てみたが針は13時半頃を指していた。あちらの世界とかなり時差がある。


 「着いたぞ」


 建物の中に入っていくテテに着いて行くと、そこには俗に言う冒険者のような人達がひしめき合い騒いでいる。鎧を着て大剣を持った大男もいれば、杖を持った知的な雰囲気の男女がいたりと様々だ。


 そんな彼らの間を縫いながら、脇にあるカウンターの前まで来ると隅にあるベルを鳴らせば、その音に周りの冒険者たちの視線が一気にテテに集まった。カウンターの奥から出てきた男を見て、春は体を硬くする。


 見るからに悪役キャラにいそうな見た目の男、エプロンを着けて手には大きな包丁を持っている。


 「今日の分」


 そう言うと男にさっきと同じカードを見せて、小さなウエストポーチを開けた。興味津々にそれを見ていると、手が不自然なほどに中に入っていく。そして腕を抜くと、あの鶏の頭、腹、足が順に出てくる。それを一回二回……八回繰り返し、カウンターには鶏が八羽、山積みになる。


 「毎度すごい量だな」


 エプロンの男は一羽一羽をしっかりと眺めて、何かを確認している。その間周りからは何かを囁いている声がやまなかった。


 「ゴゴドリ八羽な」


 カードを持って奥に消えた男が戻ってくると、巾着のような袋をカウンターに置いた。テテはそれを受け取りまたウエストポーチを開ける。袋がポーチの口にかかると、スルンと中に吸い込まれた。


 「(やっぱ、なんかの魔法かな?)」


 春はポーチを見つめ、またテテの後を着いて行く。カウンターを過ぎてその奥にある扉を開ければ、中からなんとも食欲をそそられる匂いがした。

 洋風の大衆食堂のような店内では、冒険者達が酒を片手に騒いでいる。一番奥の目立たない席に落ち着いたら、かなり刺激的なボディーをしたお姉様がグラスに入った水を持って来た。


 「今日もまた大量だったみたいだね」


 「ボチボチ」


 お姉様は、はっはっと豪快に笑い、テテの背中をバンバン叩いた。かなり力が強いのか、その度にテテの身体は前に押し出される。


 「あんだけあると使い切れるか不安よ」


 どうやらさっきの鶏はこの店で使われるみたいだ。


 「で? この子は誰? あんたが誰かを連れて来るなんて初めてでしょ」


 フードの中を覗き込もうとするお姉様の胸元が視界に入れば、劣等感が押し寄せる。


 「森で迷ってた、人攫いにでもあったんだろう。ここがどこかもわからないらしい」


 「あら……」


 大変申し訳ないが、全くの嘘だ。

 テテを見れば、話を合わせろと言わんばかりに睨んでくる。言われなくても阿呆みたいにベラベラ喋るつもりなんかない。


 「気が付いたら森の中にいて、訳もわからず歩いてたら、テテさんが助けてくれたんです」


 これでいいか、とテテを窺うが、メニューを開き料理を選んでいた。


 「それは大変だったのね、困ったことがあったらいつでも頼って頂戴ね」


 「ありがとうございます」


 なんていい人なんだろう。手を振って仕事に戻るお姉様の笑顔が、とてつもなく眩しく思えた。


 「お前何食べる?」


 「奢ってくれんの?」


 「金ないだろ、同郷のよしみだ」


 なんだか得した気分になり、渡されたメニューに目を通した。右のページを見て、左のページを見る。一度メニューを閉じて、首を傾げると、向かい側のテテが同じように首を傾げた。念のためもう一度メニューを開くがやっぱりダメだった。


 「決まったか?」


 「待って!」


 テテが店員を呼ぶために手を挙げようとしたが、それを阻止する。


 「なんだよ」


 「……ない」


 「聞こえん」


 「読めない!」


 訴えると、テテは小さく「あ……」と声をもらし、挙げかけた手をテーブルの上に乗せた。そして申し訳なさそうに、春の手からメニューを抜き取ると、開いて中を確認する。


 「嫌いなもの、あるか?」


 「ない」


 どうやら確認しないといけない事が色々ありそうだ。






 

言葉が通じてよかった

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