理解者
猫が人になりました、ご注意
人の身体を得て数日、街に出るべきかどうするべきかと頭を抱えていた彼の元へ、あの男がやって来た。
家に入って私の姿が無いことに疑問を持ったのだろう。
寝室に居るが、入るなと言われたらしく彼と寝室の前でうるさかったので扉を開けたが、目を丸くした途端に真っ赤になって「ユースヴィルおまえええええ!!!」と彼の首を絞めにかかったのでぎょっとした。
経緯を説明しようとするが、その前に彼に止められて服を着るように言われたので、部屋のクローゼットから彼のシャツとカーディガンを取り出して被った。
リビングで始まったのは、彼とあの男との微妙な空気感の中での話し合いだ。
私が猫だったのに人の姿になった。
突然の事だった。
とにかく今は着る服が無くて困っている。
彼のその言葉に、男は深く、深くため息を吐き出す。
「……百歩譲って動揺と混乱から未だに用意出来ていないのは仕方ないと思うが、数日経っているのに妙齢の女性を裸でうろつかせるのはどうなんだこのバカ!!
配慮と言うものがあるだろう配慮と言うものが!!」
「いや……あまりにも色々と考えすぎて……」
「なぜ俺に連絡して来ないんだ……不測の事態のために連絡先を渡していただろう!?」
「この家、電話引いてないんだよ」
「手紙だってあるだろう!」
「それなら町まで買いに出た方が良いかと考えて、そこで詰まってたんだよ……」
今度は彼がため息を吐き出す番だった。
「……あんず。君はどうしたい?」
「え、私?」
振り返った男は、困ったように私の前に座り込んだ。
「君がユースヴィルの側に居たいと思ってくれるのは心強いんだ。
だけれど人として生活して行くには沢山の準備が必要なんだよ。
それは、分かるね?」
「うん」
その言葉は私を拒絶しようとしている言葉じゃ無いと、理解した。
この人は元々お人好しなのだろう。
いきなりこの姿になった私を疑う事も無く信じてくれているのだから。
「まずは君がこの屋敷で安心して歩ける様に、着る物を揃えよう。
それから、この屋敷を綺麗にする。
本来ここは広くて綺麗な場所なはずなのに、引っ越して来てからろくに掃除をしなかったコイツのせいで今は腐海の森だ。
あんずにも、手伝って貰うよ?」
「任せて!」
私の言葉に、笑顔で頷いた。
「それじゃあユースヴィル、俺は町に行ってあんずの服や靴なんかを揃えてくるから……お前はこの家の片付けをあんずと一緒に始めておいてくれ」
「……今日からするのか?」
「猫の時は小さいから良かったかもしれないが、人の身体で動き回るのにこんな危険な家の中でお前が目を離せると言うなら、止めないけどな」
鋭い指摘に、彼はちらりとキッチンの方を見てまたため息を吐き出した。
「そうだな……歩きに慣れてないあんずの足元が不安で、眠れないかもしれない」
「そう言う事だ」
ふんっと鼻を鳴らすと「私の趣味で選ぶが、良いかい?」と聞くので、こくりと頷いた。
「お前の趣味ってもしかして……」
「そうかいそうかい!それなら楽しみに待っていてくれ」
よしよしと私の頭を撫でると、男はそのまま玄関へ向かった。
彼が少し苦い顔をしているのが気になったけれど、私は用意してくれるのはありがたいとそれほど深く考えないことにした。