人間になりました
猫が人になりました、ご注意
朝起きると、カーテンからは優しい光が溢れていた。
小さく欠伸を噛み殺して、私は目の前にいる彼の方へと一歩進もうと身体を動かす。
しかし、すごく身体が重くて一歩が踏み出せない。
もしかして何かに身体を押さえ付けられているのか?と思い首を巡らせると、白い自慢の毛並みがふわふわと柔らかそうな毛に覆われていて、その下には白い肌が見えた。
あれ?と首を元の位置に戻して今度は彼の顔を覗き込む。
いつも通り間抜けな顔で寝ている。
私は自分の身体に力を入れて、ぐっと脚で身体を持ち上げてみた。
………わあ。
眼下には、人間の腕が、脚がある。
身体が重い事に変わりないが、でも、白い肌を纏った人の肉体がそこにあった。
手のひらと手の甲を交互に裏返して観察してみても、艶やかな爪まである本物の人の手だ。
だけど、彼の様なゴツゴツした手じゃなくて、すべすべの肌や柔らかい感触に首を傾げる。
私が自分の身体の変化に対応していると、隣で「うぅ……」と彼が唸り始めた。
そうだ、彼を起こさなくては。
そしてこれで、たくさんお手伝いが出来ると伝えなくては。
いつもの通りに頬を舐めると、彼は「あ?」とハッとした様に起き上がる。
私もいつも通りに「おはよう」と鳴くと、それは言葉となって声に出た。
「は!?」
「あ」
声が出た、と自覚していると、驚きの声を上げながら彼はベッドの端へと後退った。
「なっ!?だっ、おまっ!?」
「おはよう」
「だっ、誰だ!?」
大袈裟な驚き方に、私は頬を膨らませた。
「あんず」
「あんずは白い猫だ!」
「……私だよ?」
「だから!あんずは白い美人の猫だ!」
叫んでから、またハッとした様に「なんで裸なんだよ!」と顔を真っ赤に染め上げた。
「起きたら……人になってたもん」
「起きたら……?」
その言葉に、少しだけ黙り込んだ彼はちらりと私を見る。
「白い肌に白に近い金の髪……それに、珍しいアメジストの瞳……確かにあんずの容姿と似通ってるが……猫が人になる事などあるのか?」
「……どうしたら信じてくれる?
私、貴方の為にもっと出来たらと思ったの。
優しくしてくれた恩返しが出来たらって」
猫が人になるなんてあり得ない。
そんな彼の反応に、ショックを受けた。
それに、あんなに遠くに行って私を拒否している。
その事がとても悲しかった。
私の様子を見た彼は、しまったと言う顔をして頭を掻きむしった。
「……疑って悪かったよ、でもびっくりしたんだいきなり寝台に女が居て……。
こんな家に居るのは、俺とあんずだけだよな。
そもそも疑う余地も無い話だ」
「……信じてくれるの?」
じっと見上げると、大きく頷いた。
「ありがとうっ」
「うわっ」
感情のまま彼に抱きつくと、今度は「うわあああ!!」と私の肩を掴んで引き剥がす。
「ダメ?」
「いやいやいや!!待て待て待てお前服着てない!!」
「猫は服は着ないわ?」
「今は人間の身体なんだぞ!?」
そう言われても、人間になったのはついさっきだ。
ここには彼の服しか無いだろうし、あんなにかっちりしたものはきっと苦しい。
きょろりと部屋を見渡して、私は彼の元を離れてシーツにくるまる。
「これで良い?」
「……ああ」
まだ顔が赤いが、私はホッと胸を撫で下ろす。
そして彼のお腹がくるると鳴ったところで「まず飯にするか」と彼は苦笑するのだった。