最後の夜に
猫、もう猫に戻りません。
事件があった日の夜。
私は枕を片手にユースヴィルの寝室へと向かって居た。
本当は紅茶や珈琲を淹れて来たかったけれど、私は夜のキッチンへは入ってはいけない事になっている。
と言うのも、まだお料理を手伝う許可がハルトから出ていないからだ。
この身体にも慣れて来て、お手伝い出来る事が増えるのは好ましいが、ハルトがしていたい事を取ってしまうのも忍びない。
そう言う訳で、私は枕を片手にユースヴィルの部屋へと向かう。
ノックをすると「あんずか?」とびっくりした声と共に扉が開かれる。
「どうした、眠れないか?」
心配そうなユースヴィルの言葉に頷いて、私は枕を抱き締める。
「ごめんなさい、一緒に居ても良い?」
「もちろん」
怒られるかなと思っていたが、ユースヴィルは暖かい笑顔で迎え入れてくれた。
時間は深夜、不思議そうにしていたユースヴィルだが、今日の事で不安な気持ちになっている事に気付いてくれているのかもしれない。
「ソファーで良いか」
「うん」
「……今日は悪かった、助け出すのが遅くなった」
「……ううん、来てくれて本当に嬉しかったの。
カノンが居てくれたからまだ強く居られたけど、私一人だったらと思うと……」
その時の事を思い出すと、今でも胸がきりきりと痛む。
その時優しく私の手を取ったユースヴィルを見上げると、痛ましい表情で私を抱き寄せた。
「悪かった……不安にさせたな」
「私も悪いの、ハルトの側に居たのにちゃんと手を繋いで無かったから」
「それでも俺が悪かった……お前を守ると言ったのに。
守ると決めたのに、守れなかった」
グッと抱く力を強めると、私は涙をユースヴィルの肩に押し当てて止めた。
「……私、ユースヴィルの荷物にはなっていない?」
「なっていないし、これからもならない。
俺が甘かったんだ……守るなら徹底する必要があったと言うのに。
今日も言ったように俺はもっとちゃんと、領主として人と関わっていかないといけないと思っている。
俺は今まで人を信じられないと思っていた、だけど……今は、そうでも無いのかもしれないと思っている。
あんずを攫った奴等は特殊で、敵である事に変わりはないが、対応をするのならそれなりの準備は必要なんだと分かったんだ」
真剣な声と表情に、やっぱりユースヴィルは素敵だと心の中で呟いた。
きっとこの人はどんどん素敵な人になる。
私は……何か、変わる事が出来ているだろうか?
「あんず、その時はあんずも隣に居てくれるか?」
「私?」
目を丸くして首を傾げると「ああ」と笑う。
「もう、あんずが側に居てくれないと、耐えられない」
頬に落とされたのは、柔らかい感触。
瞬間顔に熱が集まって来て、私は両手を頬に持っていった。
「言っただろう?遠慮しないと」
「でも、私……」
「大丈夫、何があっても何であってもあんずはあんずだ、側に居て欲しい」
優しく頬を撫でると、ユースヴィルは笑みを浮かべた。
私だって、側に居たい、
ユースヴィルの側に居て、たくさんの景色を共に見たい。
私は頬に触れているユースヴィルの手に自分の手を重ねると、頷いた。
「私も」
「あんず?」
「私も、ユースヴィルと居たい。
離れたく無いわ」
「ああ」
優しいその笑顔が大好きで、ずっと見ていたい。
神様どうか、私のお願いを聞いて下さい。
私はこの人と居たい、猫としての一生を生きられなくたって良いの、人として短い人生をこの人と歩きたい。
ずっと、ずっと彼の側に居たい。
その日の夜、切に願った事がどう作用したのかは分からないけれど。
その日から私は猫の姿に戻る事は無かった。
ただ穏やかに、ただ静かに。
私は最後の時までユースヴィルの側を離れる事は無かった。
ただ生きて来た私は、一生の最後に彼と出会った。
彼を取り巻く人間模様。
それは猫としての私が生きた一生とは比べ物にならないくらい、楽しくて、明るくて、尊いものだった。
読んで頂きありがとうございました。
これにて完結、続きはムーンライトノベルにて連載しようと思っています。
続きは!?と言う方はどうぞそちらもよろしくお願い致します。




