彼の友達
猫が人になります、ご注意
この屋敷に住み着いて何日か経った頃。
チェストの上に登った時、ゴーンゴーンと大きな鐘の音が響いてびっくりして足を滑らせた。
あー、落ちちゃったなーと思いつつ体勢を立て直そうとすると、すぽんと腕の中に収まった。
「猫の癖に落ちるなよ、今のはあいつが悪いけど」
「うにゃ」
「俺の……知り合いだよ、ちょっと待ってろ」
深い溜息を吐き出すと、玄関の方で怒号が聞こえた。
さっきの鐘の音も中々の音だったけれど、この怒号も空気が震えるくらい破壊力がある。
もしやいじめられてるのでは?と心配になって、私は玄関の方へと向かった。
「……だから!なんとか暮らせていけている状態を続けるべきではないと!何度言えば!!」
「だーかーらぁ!こっちはこっちでなんとか出来てるから!お前の手は借りねえ!いい加減聞き分けろよ!!」
「お前の立場を鑑みても!この状態がさらに後何年も続くとなると……うん?誰です、あの猫」
「は!?……ああ、なんだこいつか」
ヒートアップしていた口論がなんとか落ち着いたようで、彼はホッとした様に振り返る。
そして大人しくしている私を抱き上げると「最近住み着いてるんだ」ともう一人の男の方へ歩き出す。
濃い金の髪と空色の瞳を持つ男は、目を丸くして私を見る。
「……驚いた、ユースヴィルが猫を抱えている」
「そんなに驚くことか?」
「生き物から距離を置いて数十年経っているお前を知っている人がこの光景を見たら恐らく全員が俺と同じ反応をすると思うぞ」
「こいつは特別だよ、よく分からんが俺から逃げない。
それに見ろよこの肉球、めちゃくちゃ気持ち良いぞ」
「そうなのか?」
興味が湧いたのか身を乗り出す知り合いの男の人に、私はゆっくりと近付くごとに牙を剥く。
「……嫌われているのか?」
「いや、警戒してるだけじゃないか?」
二人して私を不思議そうに見るので、私は彼の腕から抜け出して庭へと向かった。
後ろの方で「やはり猫は気まぐれだな」と聞こえたけれど、誰だって好きでもない人に触られたくはないはずだと鼻を鳴らした。
その後、庭でお昼寝をしているとさっきの男の人が塀の外に見えたのでそちらへ寄って行くと「やあ」と柔らかく笑った。
恐る恐る手を伸ばすので、撫でるくらいなら許そうと何もせず手を待つ。
ゆっくりと優しく撫でられた。
「ユースヴィルに懐くなんて、お前は中々変わった子だな。
こんなに綺麗な猫なのに勿体無い」
「みゃあう」
「怒ったのか?それは失礼した、そうだな……ユースヴィルも悪い奴な訳じゃない。
ただ不器用で、人間関係を築く度胸が無いだけだ。
本当は優しくて楽しそうに笑う、良い奴なんだがな」
悲しそうに目を伏せるこの人は、多分彼の事を大切に思っているのだろう。
だからこそ家に尋ねに来るのだろう。
「みゃう、みゃおう」
次に来る時は肉球を触らせてあげるね。
伝わらない事を分かりながらも、優しく笑うこの人がどうか彼から離れませんようにと祈るのだった。