雨の日のまどろみ
猫、また人になりました、ご注意
今日は雨の日。
雨の日は庭に出れないので、私はリビングのソファーの手すりに座っていた。
やる事も無いので、ハルトが何か編んでいる途中の毛糸玉を転がして遊ぶ。
ころころと転がる桃色の毛玉がリビングと廊下の間に転がると「うわっ」と叫び声を上げてユースヴィルが飛び跳ねた。
「あーんーずー!危ないだろ足元でっ!」
「みゃーん」
「甘えた声出してもだめだ!全く、アイツあんずの手の届くところにあぶねえもん起きやがって……」
今日は居ないハルトにそうこぼしながら、転がっていた毛糸玉を元のカゴに片付けるとユースヴィルは私を抱き上げてソファーに腰掛けた。
私が猫の姿になっても、ユースヴィルとの意思の疎通は問題なく取れている。
と言うのも、なぜか私の言いたい事をユースヴィルが理解してくれるからなのだが。
今の私は猫の言葉を話しているし、ユースヴィルは人間の言葉を話している。
原因は不明だが、お互い楽なので不便は無かった。
「次にハルトが来るのは来週だな……けど、そろそろ買い置きが尽きるんだよなあ」
食料庫に色々と入っているが、彼の言う買い置きとはおそらく牛乳の事だろう。
書類仕事の時にはいつも飲んでいるあの黒い液体……もとい珈琲には、ミルクも砂糖も入れない派のユースヴィルだが、たまに入れるミルクは牧場から買い付けているものだった。
「明日晴れたら行くか、あんず」
「みゃおう」
ゴロゴロと私は喉を鳴らしながら、ユースヴィルの腕にまとわりついた。
私はこのゆっくりとした時間がとても大好きだ。
ユースヴィルも、今日は急ぎの仕事が無いからなのか私の頭をわしわし撫でながら、耳を触ったり、肉球を堪能したり、お腹の毛にもっふりと埋まったりしている。
私はお仕事お疲れ様、と鳴いて、ぺろぺろと頬を舐めた。
「……あー、明日出るとなったらあんず、何か食べたいものあるか?
前に行けなかったクリームパン……は、猫には無理か。
オモチャでも買うか?」
「なぁーん」
お魚食べたい。
私はユースヴィルに訴えてみる。
明日は週に一度の大バザールの日だ。
いつもの市場がよりグレードアップして、他の地方や国から卸される珍しい食材や雑貨などが所狭しと並ぶ日。
猫の時、私は何度かその日に市場をのぞいたが、人が多く活気があふれていて楽しそうだったのを覚えている。
「あー……そっか、明日はバザールの日か……」
忘れてたな、なんてユースヴィルは苦笑する。
「じゃあ、新鮮な魚が入ってたら買ってやるよ。
あとは……明日なら演劇とか見られるんじゃ無いか?
大バザールの日なら劇団を呼んで、広間でやってるはずだ。
見に行くか?」
一も二もなく頷いて、私はユースヴィルの膝の上に座った。
明日は楽しみだなと鳴くと、ふわふわと一瞬何かが飛んで行きそうな感覚に陥る。
身体の質量が増えて、どんどんと重くなる。
ぱちりと目を覚ますと、私は人の姿になっていた。
ぎょっとしたユースヴィルが私に上着を被せると「部屋、送る」と真っ赤な顔をして呟く。
「ありがとう」
私は苦笑して、寝室でハルトの揃えてくれた服に着替えたのだった。




