私は出会った
猫が人になります、ご注意
私は、白猫として生きていた。
人の暮らしを体験した事もあったし、人の家で飼われた記憶もある。
その度に緩やかで穏やかに過ごしていた。
記憶の中で、身体が動かなくなる事を「死ぬ」と理解したのが、いくつめの「死ぬ」だったのだろうか。
氏を迎えれば次に目が醒める場所はいつもバラバラだった。
大好きだったお姉ちゃん、大好きだったお爺ちゃん達、お父さん達、ママも、野良だった私を拾ってくれたあの男の子も、お兄ちゃんも。
みんなみんな、死んでいく。
最後に死んでしまって、残された私はやはり、悲しくって寂しい。
みんな私を大好きだと言ってくれたから。
大好きだよと言って、みんな死んでいくんだ。
私一人を残して。
そしてそれが、人間の寿命と猫の寿命が違うと言う理解に繋がった。
私は人間達よりも長生きで、人間にとってとても忙しない時間を私はゆっくりと生きるから死に向かう速さが違うのでは無いかと考えた。
だから、次に私が大好きな人の隣に居られるのなら……その時は私も人間になってその人の隣で死にたい。
どうか神様、お願いです。
もうあんな悲しい思いはしたくないの。
大好きな人達に残されて行くのは。
大好きな人達が死んで行くのをみるのは。
だからどうか、私の旅が最後になったって良いから。
もし最後に私を大好きだと言ってくれる人が居るのなら、私はその人と共に死んで行きたいの。
最後の死を迎える最中、私は考える。
痛みよりも祈りを、願いをと、ゆっくりと目を閉じる。
そして私の、最後の猫としての一生が始まった。
猫と自覚して目を覚ました時、私はショックだったもののさすがにそんなうまい話は無いかと溜息を吐き出した。
この世界も穏やかに時間が流れるすごく穏やかな場所だった。
そして、この街は野良の猫に優しい。
そんな誰かの優しさに甘えて、私はまた猫として生きていこうと決めたのだ。
時間がいくらか流れて、私は最近立ち寄っている庭へと塀の上から降り立つ。
そこは高い高い塀に囲まれた場所で、他の猫達も滅多に立ち寄る事もないので縄張り争いも起こらない。
そこはこの街の先にある領主の屋敷。
男の領主は滅多に外に出ないらしく、庭は手入れされているものの他の人間が立ち寄る事も滅多にないらしい。
そんな空間が心地良くて、良い風が吹く素敵なお昼寝の場所として通っていた。
今日もいつもの場所へとやって来た私は、いつもの通り木陰に座る。
その時ふと視線を感じて顔を上げると、驚いた顔をした男が窓から身を乗り出していた。
首を傾げて、この屋敷の家主かと納得。
興味も無くしたのでぺろぺろと毛繕いをしていると、何か声が聞こえたと思えばガシャーンッ!と大きな音がしてその場で飛び上がった。
ぱっと視線を向けると、さっきの男から窓から落ちたようだ。
頭をさすりながら土煙の中でうめく男にため息を吐き出して、私は側に歩いて行った。
「……いてててて……」
「みゃおん」
「……お前、何勝手に出入りしてるんだよ……」
男は少し黙り込んだと思うと、不躾に私を抱き上げた。
それに首を傾げてみると「うわ」と瞳がキラリと光る。
綺麗な瑠璃色の瞳だ。
「お前美人だな……こんな綺麗な猫、初めて見たぞ」
「みゃおう」
尻尾をゆらゆらさせて、好きにさせておく。
私はちらりと屋敷の中へ視線を向ける。
ぐちゃぐちゃになったリビングと、奥に見えるキッチンがもう物で溢れかえっていて何が何だか分からない。
これで生活が出来ているとすれば、この男中々やばいなとまた顔を上げる。
「しかし、お前みたいな美人がなんだってこの家の庭に来てるんだ?」
「みゃおん」
猫と会話しようとしているのか、それともこの男には私の言葉が分かるのか?
私の目を見て首を傾げる。
しかし分かるはずもなく、男は笑って「日向ぼっこか」とやっつける。
そしてゆっくりと私を地面に降ろすと「庭の石とかで足を切るなよ」と手を振ってまたあのぐちゃぐちゃの家の中へ入って行く。
「みゃおう」
そっちこそ、家の中で怪我しないでね。
伝わるわけが無いけれど、一応言っておく事にした。