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リアルサウンド  作者: cline
8/15

四月    前原 朝子

三年生



残りの時間が見えてきた。

例えばこれがマラソンだとしたら、折り返し地点を過ぎてそろそろラストスパートをかけようかと考えているくらいだろうか。

まぁ、持久走は苦手なんだけどね。


「まぁ、そんなことで花見ですが。」

 新学年になり、私はA組の副委員長になった。委員長は井倉君。A組は難関国立大志望組。私は私立美大を第一志望にしているが、学年首席であり、また両親が私の進路について反対していて未だ説得できていないため、どう転んでもいいようにA組になった。

 ところで、花見ですが。言ったのは井倉君。クラスで花見をやろう。ホームルーム前、先生が来る前に井倉君が教壇に立ちみんなに呼びかけた。私は書記として側につき、黒板に『花見について』とこの行事の詳細を書き出していく。

「井倉、本気か?俺達受験クラスだぞ。」

誰かが言った。井倉君は溜め息を着き、やれやれというように返す。

「まだ四月じゃないか。親睦会だよ。」

「そりゃお二人さんは学年トップだから余裕だろうけどさぁ。俺たちゃ一分一秒でも惜しいんだよねぇ。」

バキっ!黒板に書く手に力が入り、チョークを粉々にしてしまった。みんなには背中を向けているので、その時の私の表情を見られることはなかったが。だが、それにクラスはざわついた。背中だけでも私が苛立った事が伝わったのだろうか。私はゆっくり振り向き、無表情で言った。

「自由参加でいいです。」

ってか、あんたたち何なのよその余裕のなさは。気持ちに余裕がないと人にまで当たるのか?はっ!そういう奴に限って本番でプレーッシャーに押し潰されんのよ。

「そういえば、同じ日に同じ場所でC組もやるって言ってたなぁ・・・」

井倉君はニヤリと笑って呟いた。あ、策士の顔だ。するとクラスはまたもざわめく。

「館君も来るのかな。」

部活ないから行くらしい。

「辻本さんは?」

暇だろ、あの子は。

「後藤は?」

あぁ、あの子は部活で来れない。

「西野先生は?」

C組担任だ、当然。

 なぜこうも盛り上がるか。実は普通科のC組は人気者が集まっているのだ。

 女子からの絶大な人気を持つ野球部部長で甲子園キャッチャーの館君。ツンツン頭だ。

 綺麗な長い黒髪と顔とスタイルで男女共に人気のあるバンドヴォーカルの望。性格はものぐさなくせに変なところで几帳面。

 裏表がなくサッパリとしていて男子も認めるインハイ常連の水泳部部長の真紀。体格もなかなか迫力のある超マイペース人間。

 そして物理担当でC組担任の美人教師、西野先生。男子の憧れの的。

他にもなぜかC組にはスター選手やおもしろい人がいてバラエティに富んでいる。そして彼らはまだクラス編成して間もないというのにとても仲がいい。うちとは大違いだ。


 そして日曜日。午前中に集まり、学校の近くの公園に集まった。

「おっす。」

準備をしていると望と館君がやって来た。

「おはよ。あれ一緒に来たの?」

「うん。家同じ方向だから。」

「仲林も来たがってたぜ。もしかしたらその辺に隠れてんじゃねぇか。」

「「まさか。」」

館君の言葉に、私と望は笑った。

 仲林君は館君と同じく野球部で彼の女房役、つまりピッチャーだ。仲林君は残念ながらD組。校舎も離れてしまったため、最近は会ってないなぁ。

 今回の花見は結局A組C組合同ですることになり、六十人近くの生徒が集まった。満開の桜の下にシートを敷き、総菜やお菓子を広げ、ジュースを開けて。

「乾杯!」

と、一斉に紙コップを天上に上げだ。

 初めは渋っていたA組も次第に盛り上がっていき、見たことのない笑顔を浮かべている。今日は勉強を忘れることにしたらしい。まぁ忘れられない人は初めから参加してないしね。話してみるとなんだ、このクラスもおもしろい奴が多いではないか。頭がいいからなのかよくわからないが、知識の広さがおもしろい会話を生み出していく人。偏った好みで、ディープな事を喋る人。地味な特技をいくつも持っている人。たがが外れて一発芸をし出す人など。C組と変わりない、ただの高校生だ。

「は?僕彼女いないよ?」

A組のモテ男、井倉君の回答。こういう時、女の子たちはやはり恋話が盛り上がる。

「でも前原さんと仲いいし、噂あるじゃん?」

なぬっ!前に仲林君とも噂されたことがあったけど、まさか井倉君とまでも?あぁ、かわいいって罪?じゃなくて。

「何言ってんの?私嫌よ、こんな性悪男。」

「僕も嫌だ。こんな女。」

私たちのやり取りに、女の子達は言葉を失っていた。

 井倉君は確かに格好いい。頭もいいし努力家だし。人を試すような目や物言いは性格の悪さがにじみ出ていて、それも気に入っている。だけど彼氏にはしたくない。たぶん彼も同じ様な理由だろう。

「けど、前原さんてもっと取っ付きにくい人だと思ってた。」

隣りに座っていた子がそう切り出すと、他の子達も次々と喋り出す。

「うん。大人しいと思ってた。」

「あ、でも一年の時望の停学騒ぎ抑えたりしたよね。」

 一年生の時、望はバンド活動が学校にバレて学校か音楽のどちらかを選ぶことを迫られた。その時私が強引に先生を説得し、条件付きで許可をもらったという話。以後、他の校外活動についても先生との話し合いにより許可をもらえるようになった。まぁ全て私のお陰よね。

 開始から小一時間程経って、大分A組とC組が入り交じってきた。館君は女の子に囲まれ鼻の下のばし放題。

「なぜもてる?」

「さぁ?」

望と私は首を傾げてその様を遠くから見ていた。私たちは彼と仲がいい。二年の真ん中くらいに試験勉強を見てあげたことがきっかけで、彼と彼の相棒の仲林君と友達になったのだ。特に望と館君は何だか仲がいい。恋人みたいとかじゃなくて、お互いに五分、な力関係というか。なんとなく似ている。

「んじゃ、千円ね。」

私はバトミントンのラケットをギュッと握りしめた。そう、今から私と望はバトミントン対決をする。ただ遊ぶだけでは勝負師としては物足らない。そこで賭けたのは夏目漱石を一枚。まぁ、この勝負勝つな。だって望は運動音痴だ。

 渋々、望がサーブする。受けて、軽く返す。

「大学どうするの?」

返すついでに一緒に質問も送ってみた。そういえば聞いたことなかったから。

「新学期早々に嫌なこと聞かないでよ。」

望は少し慌てて羽根を拾って返した。

「あんたは?」

と、私への質問を乗っけて。

「・・・まだ親が、ね。」

 私は去年の秋、それまで我慢していた自分の進路を親や先生に打ち明けた。私の親は私が美大に行くことに反対している。そんな所へ行って何が残る、と。いい大学へ入って、いい相手を見つけて、いい結婚をして、いい家庭を持て、と。悪い選択では無いと思う。だけど、それが私の望む未来とは限らない。そのことを、両親はなかなかわかってくれない。

 私と望は羽根を行ったり来たりさせながら、会話もそれと同じリズムで続けた。

「真紀ちゃんは体育大でしょ?」

「うん。でもまだ頭が足りないって嘆いてたわ。」

「で、あんたは?大学行くの?」

「んー別に音大行きたい訳じゃないからなぁ。」

望の打った羽根は当たり損ないで、フラフラと宙を泳ぐ。落ちてくるのを待って、私は芯を掴んで打ち返した。

「どういうこと?」

「未来が見えなくて迷ってるってこと。」

そう言って打ち返した望の羽根は、明後日の方向へ飛んでいった。

 みんな何かが欠けている。

 確認だったり、大切な片割れだったり。

 この未来に足りて欲しいものに限ってどうしても足りなくなる。だって私たちは・・・


 「家の人と上手くいってる?」

お花見終了後、全員で公園の清掃をした。来たときよりも美しく。小学校の頃からの教えだ。私は井倉君とゴミを拾いながら、尋ねてみた。

「唐突だな。」

実は井倉君は養子で、名前を注がせるために親戚の家に入ったと言う。その家で彼は母親と上手くいっていないらしい。母親を振り向かせるために、彼は優等生を頑張り続けている。

「ま、相変わらずかな。俺の前じゃ笑ってくれないよ。」

平然と答える彼の横顔は、愁いを帯びていた。夕焼けのせいだけではない。とても、寂しそうな目をしていた。

「これからどうすればいいのか、これからどうしたいのか・・・少し、迷ってる。」

「・・・みんなそうだよ。」

慰めではなく、思わず口からでた言葉だった。きっと私も何かを迷ってる。そして私だけではない。みんなみんな何かに迷って躓いてる。三年生ならなおさらかも知れない。

    みんな何かが欠けている。

 この未来に足りて欲しいものに限ってどうしても足りなくなる。だって私たちは、これから大人になっていくから。今のままじゃいられない。だから、それが少し不安で怖いから、迷うのだろうか。

  願わくば来年の春は・・・・・



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