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リアルサウンド  作者: cline
7/15

四月   辻本 望

桜は満開で、気温は穏やかで。大欠伸をしながら一年生の私は高校生活に足を踏み入れた。

 一年A組。これが私のクラス。始まったか、高校生。何となく溜め息をついて、私は教室へ入った。

 中ではいろいろな所で早くもグループができていた。中学からの友達なのだろう。私はというと、残念ながら同じクラスに同じ中学の女子はいない。男ならいたけど、特に親しいわけではなく、お互いに顔を知っている程度。まぁもともと誰かとつるむのは好きじゃないからいいんだけどね。

 席は入学したてのため、取り敢えず出席番号順。男女別ではなく、入り乱れた番号。私の席は廊下から四列目の前から二番目。クラスは三十八人で私の番号は二十番。

 この学校の全校生徒数は約八百人。クラスはA~G組の七クラス。進学校だが文武両道がモットウで、部活動も盛んだ。文化部運動部とも、なかなかいい成績を出している。校風は自由な方だが、アルバイトは禁止。アルバイト、ねぇ・・・

 席に着くと、左斜めのの方から聞こえた名前、『前原さん』。

「前原さんて首席入学なんでしょ?」

「すごいよねー、頭いいんだ。」

女子二人に囲まれ、彼女は少し戸惑い気味に返事をしている。大人しい子なんだな。それが第一印象だった。

 彼女は昨日の入学式で新入生代表だったため、すぐに有名人になった。私もそれなりにすごいとは思ったが、彼女を囲む女の子たち程に興味はない。と、いうか私は元々あまり他人に興味を持つ方ではなかった。そのため折角始業早々に自己紹介をされても、隣の席の人間の名前さえしかとは覚えていなかった。

 授業以外の時間はヘッドホンで音楽を聴き、外の世界から離脱していた。

 

 校内レクリエーションも終わり、授業も大体一巡した頃。選択科目の美術の授業へ向かう時、教室の入り口で前原さんとぶつかってしまった。お互いに小さく謝ると、彼女は私の手元を見た。

「あれ、辻本さんも美術なんだ。」

私の手元には美術の教科書と道具一式。選択科目は音楽か美術を選ぶのだが。

だったら悪いのか、と心の中で呟く。

「うん、なんで?」

「だっていつもウォークマン聴いてたから、音楽取ったんだと思ってた。」

「あー、音楽はたるい・・・え。」

なんで、そんなこと・・・よく見てるなぁ。

「前原さんはなんでこっち?」

尋ねると、彼女は少しうつむいた。

「・・・なんとなく。」

首席が『何となく』って言うと、重みがちがうなぁ。

 適当に席に着き、授業が始まる。流れで何となく前原さんが隣り。で、今日はクラスメイトの顔を描こう、だ。隣同士で、という指示に私はスケッチブックを挟んで前原さんと向かい合う。何か変に照れる。

「一人余るよ。」

私たちの隣でふくよかな感じの目の細い子が、手を挙げる。

「じゃ、そこ三人で描きなさい。」

彼女は確か後藤さん。教室では私の隣の席にいた、はず。後藤さんは私たちの中に入り、私が後藤さんを、後藤さんが前原さんを、前原さんが私を描くことになった。

 軽い雑談をしながら描いていく。八割程描けたところで後藤さんが覗いてきた。

「へぇ、上手いもんだな。」

私の絵の自分を見ながら言った。自分で言うのもなんだが、美術の成績はいい方だ。下手ではないと思う。すると、後藤さんも自分の絵を見せてくれた。そこに描かれてあるのは・・・誰?と思うほどにピカソ的なよく分からない絵。二文字で言うと『下手』。崩された前原さんの顔はほんの少し哀れだった。

「前原さんのは?」

「あ・・・私のは・・・」

首席の絵がどんなものか見てみたかった。私よりも上手いのか、後藤さんよりも下手なのか。だが。見せてくれた彼女のスケッチブックには何も描いていなかった。さぼっていたわけではない。描いては消しを何度も繰り返した跡があった。たかが課題に、何をそんなにこだわるのか・・・

 

 その日の昼休み、ご飯を食べてからまた私は一人でウォークマンを聴いていた。ふと、横を見ると同じように一人の後藤さんを見つけた。手にはゲームボーイ。パズルゲームの様だ。私はヘッドホンを外した。

「あんたってさぁ・・・いつも一人だよね。」

「あんたもじゃん。大勢で固まるの苦手。」

「あぁ、私も。」

孤独が好きって訳じゃなくて。ただ団体になると自分がいなくなる気がして。合わせてしまうことが、私にはすごく息苦しい。かといって大勢の中で自分を貫くと浮いてしまう。この年頃の女の子達は特に自分と違うものに違和感と抵抗感を感じる。だから安心できる似たもの達が肩を寄せ合う。それが私には合わなかった。

 ・・・あっちはどうなんだろう? 

目線の先には窓際の席に座る前原さん。何やらノートを広げて悩んでいる顔。すると、近くを通りかかった女の子達の話が耳に入った。

「よくやるよね。昼休みにも数学の勉強してるみたい。」

「やっぱ首席は違うってことよ。」

尊敬の言葉ではない。それは嫌みと少しの蔑みを含んだものだった。゛私たちとは違う゛、だから彼女がおかしいんだと。でもそういうのって・・・

「ひがみっぽい。」

私の心の声が口から出てしまったかと思ったが、出所は私ではなく隣からだった。ゲームをしながらそうはっきりと言ったのは後藤さんだった。それが聞こえたその女の子達は、後藤さんを誘って教室を出ていってしまった。・・・なんかやばい雰囲気。私はこっそり後を着いていった。普段ならしないことだが、この時はどうにも心配で。

 案の定、後藤さんは校舎裏に連れられて二人に壁際へ押しやられていた。私はどうしていいかわからず、ただオロオロと見ているしかなかった。当人はといえば、二人にボロクソに責められているのにもかかわらずその表情を一切変えない。性格的なこと、身体的なことを悪く言われているのに、彼女はただ聞き流している。まるでその悪口をすぐさま忘れて行くかのように。私はただ見ているしかできない。正直関わり合いたくないというのもあった。そしてこういうことに、私は結構臆病でもある。しかし。

 「聞いてんの?」

女の子の一人が後藤さんの足を蹴った。これには私も頭が来た。そして何かが切れて、出ていこうとした。すると

「ちょっと。」

私の背後から迫力のある三人の女性が現れて、彼女たちを睨むと、

「うちの部員に何か用?」

と凄んだ。

「あ、部長。どーも。」

本人はケロリとして挨拶。しかし睨まれた彼女たちは、真っ青になって逃げ出していった。残された後藤さんを囲む三人。一年生ではない。名札の色が違う。

 うちは名札の色で学年がわかるようになっている。今の三年生は黄色、二年は青色、私たち一年は緑。それぞれの色は卒業するまで変わらない。つまり私たちは三年間緑の名札ということ。

 黄色の名札を付けた二人が両側から後藤さんのほっぺをつねる。

「あんた無愛想だからね、鼻につくんだよ。」

「はぁ。そうは言ってもねぇ。」

「かっわいくないなぁ。」

すると、青色の名札を付けた先輩がこちらを指さした。

「あれ、誰?綺麗な子だね。」

そういう先輩も、美少年と見まごうまでの綺麗な顔だ。すると後藤さんと後の先輩達もこちらを見た。

「あ、辻本さんだ。」

見つかった。格好悪い・・・


教室に帰る道すがら、後藤さんはケラケラと笑った。

「心配してついてきてくれたんだ?」

「・・・まぁ。でも結構神経図太いのね。見かけ通り。」

思ったことを口にできた。偽りのない言葉。嫌われてもいいと思ったわけでもないが、彼女にはこういうことを言ってもいいと感じた。だって彼女も

「そーゆーあんたも細くは見えないけど?」

と、太々しく返す。彼女は私に容赦ない。いい意味で。私に好かれようなんて思っていない。だから気が楽なのかも知れない。

 教室に戻ると、窓際ではまだ前原さんがノートを見つめていた。そういや全ての元凶はこいつだ。後藤さんはズカズカと彼女の所へ行き、机に手を置く。

「ちょっと前原さん。休み時間くらい勉強なんて・・・」

と、彼女から言葉がなくなった。その原因はノートにあるらしい。前原さんのノートを見ながら彼女は固まっていた。気になって私も覗いてみると、何やら数式のようなものが乱雑に書かれ、◎とか△とか×とかを頭に乗せた十数個の・・・名前?

 ワイルドヤンガー

 レツゴースター

 ステイゴールド

ツガルランナー

 ライジンハツヒノデ

 ロイヤルホースト

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 馬!馬の名前?

 え?何?競馬?競馬だよね、このセンスのない名前たちは・・・

「ま、前原さん・・・?」

訝しげに、ゆっくりと前原さんを見ると、彼女は特にまずい物を見られたという顔はしておらず、むしろキョトンとしていた。

「単勝か枠か迷っちゃって。」

それで今までの成績や、倍率でいくら戻るかなどを計算していたと言う。唖然としていると、前原さんはいけしゃあしゃあと続ける。

「競馬はね、芸術よ 。あの馬の美しさと言ったら・・・それに賭としてもスリルあるし、スポーツとしても感動するの。あとね最近はパチンコも始めてみたんだけどこれがなかなかおもしろくて・・・・」

彼女のギャンブルトークは昼休み中続いた。


 それから何となく仲良くなった三人は、気を使わない友達としてよく一緒にいる事が多くなった。そんなある日・・・

 

 「おや?」

休み時間、雑誌を見ていた真紀があるページを見つけた。『インディーズ・ボックス』というコーナーの今月の注目ボーカルの欄。そこに写真付きでのっていたのは・・・

「望じゃん。バンドやってたんだ。どうりで。」

「どうりで?」

横から雑誌を覗く朝子の言葉にオウム返しをすると、

「音楽いっつも聴いてるし、声綺麗だもんね。」

と、恥ずかしげもなく当然のように答えた。すると真紀も頷く。

「あぁ、そういえばそうだな。あ、今度ライブ呼んでよ。」

特別なことだとは捕らえない。『すごい』とも『格好いい』とも言わない。そんな二人が、私は・・・

「辻本さん!」

勢いよく駆け込んできたクラスメイトは、血相を抱えていた。クラス中がその子に、私に注目する。

「雑誌先生達に見られたみたいで、停学だ何だって話してたの!」


うちは進学校。アルバイトは禁止。

だから誰にも言ってなかったんだけど・・・


 放課後職員室に呼ばれ、担任と向かい合う。担任は雑誌を広げ、トントンと指で押さえた。私はこの担任があまり好きではなかった。神経質な表情と、面白味のない言葉使い。

「うちの学校ではこういう活動及び無断アルバイトは禁止しています。あなたもわかっててこんな雑誌に載ってどういうつもり?」

私はただ黙って聞き流すしかなかった。きっと何を言っても大人に子供の主張は通らない。それが学校だ。

「歌を辞めるか学校を辞めるか、どちらかですよ?」

なぜ選択肢が二つしかないのか。これが担任の独断の意見なのか、それともここに巣くっている大人達の意見なのかはわからない。だけど、あまりにも狭い。この部屋は、あまりにも窮屈だった。

 すると、朝子が日誌を持ってやって来た。担任にそれを渡すと、朝子の舌が滑り始めた。

「時に。彼女の成績いかんではバンド活動を許してもらえないでしょうか?」

なっ・・・。

私も先生も目を丸くした。まさか、朝子がこんなこと言いに来るとは思ってなかったのだ。

「さっき規律の先生にも聞いたんです。バイト禁止の校則は進学校生徒として相応しい成績を修めるためだと。つまり、成績が上位であればどちらも辞める必要は無いと思いますが。」

一気に捲し立てた朝子の言葉に、私も先生も声が出なかった。抵抗したのは、私ではなく朝子。もがいたのは、私ではなかった。私は彼女の助け船が嬉しくて、また少し悔しくもあった。

 その学期の期末順位は学年で十番、クラスで二番を獲り先生達は私のバンド活動を条件付きで許可してくれた。条件、つまり常に成績上位者であるということ。大人だって話せばわかってくれる。向き合えば何とかなる。だって相手も人間だから。そのことを、私は知った。

 あんなに必死で勉強したのは初めてだった。もともと成績はいい方だったが、それでも自分がやりたいたいことのために一生懸命になった。


  守るために、がむしゃらに。

  

「おい。」

頭をポコッと何かで叩かれ、目を覚ました。どうやらサボって逃げてきた屋上に続く階段で、そのまま眠ってしまっていたらしい。目の前には朝子が何枚ものプリントを抱えて仁王のように立っていた。

「寝るの、入学式の準備終わってからにしてよね。館君と真紀探してたわよ。私クラス違うんだから。」

怒りながら、朝子は行こうとした。すると、思い出したように足を止めてこちらへ戻ってきた。そして寝ぼけ眼の私の前に、さっき私を起こしたであろう丸めた一枚の画用紙を差し出す。

「さっき美術室から返却してもらったんだ。あんたにあげる。」

そして

「とっとと持ち場に戻りなさいよ。」

と最後通告をすると、階段を下りて行ってしまった。

 私はポリポリと頭を掻きながら欠伸をし、貰った画用紙を広げてみた。

「・・・あ。」

そこには、確かにあの頃の私がいた。

大事な事を守るために必死になった、私がちゃんといた。

描いては消しを繰り返した画用紙。

少し色のあせた画用紙。

二年前の画用紙。

 私は階段を下り、持ち場である一階の一年生の教室へ向かった。しかし、すでに誰もおらず教室は空っぽ。次の作業に向かったのだろうか。仕方ない、一度自分の教室に戻ろう。と、教室の窓が一枚開いていた。一応誰もいなくなるので閉めておこうと窓の方へ行くと、窓際の席に桜の花びらが落ちているのを見つけた。淡いピンクの花びらは、また風に吹かれてヒラヒラと舞う。私は机をそっと撫でて微笑んだ。

 あれから色々な人と出会ったり別れたりして、それはこれからまだまだ長く続く人生で言えばきっと小さな事なのだろうけど、今の私たちにとってかけがえのないものだと思う。そして


  私たちは高校生三度目の春を迎える。


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