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リアルサウンド  作者: cline
6/15

三月   後藤 真紀

昔は今より大分太っていた。

 部活にお約束の『追い出し会』である。卒業式当日は謝恩会があるので、前日にそれは決行される。例に漏れずこの水泳部も・・・

「に、してもあっという間だったねぇ。」

部室には女子水泳部が集まっていた。部室と言っても更衣室だが。うちは屋内プールなので、年中泳げる。だからなのか、うちの水泳部は県内でも強い方だ。

「真紀、来年こそは個人でインハイ行けよ~」

先輩からの叱咤激励。今年は個人自由形で予選落ちをした。団体メドレーは全国出場したのだけど。

「へーい。」

照れもあり、適当に答えると先輩達の一斉制裁が。

すると、部室の扉が開く。

「もう始めてるね。」

スッキリした顔と髪。涼しげな目と柔らかい物腰。彼女、三船実和先輩は水泳部の前部長。水泳部でも憧れのエース。かく言う私も憧れていた。彼女の様に、速くなりたい。

 先輩は私の隣りに座った。私はジュースを注いで渡す。

「タイムはどう?」

「あ、個人は下がってます。」

「個人はぁ?」

「リレーとかの自分のタイムはいいんですけどねぇ。」

「負けて悔しくないわけ?」

「あんまり・・・」

先輩は、お菓子をひとつ摘み上げて口へ入れる。

「マジになってないってことじゃないの?」

「え?」

「リレーになるとチーム、つまり他人に迷惑がかかるから本気になる。でも個人は迷惑にはならないから気を抜くのよ、あんたは。」

なんて鋭いところをついてくるのか、この人は。でも、少し違う。迷惑がどうのとか責任がどうのってわけじゃない。

「性格ですよ。」

そう、笑ってみた。すると三船先輩は笑って言った。嘲笑いだ。

「それじゃただの負け犬ね。」

ズキンと刺さる言葉を置いて、先輩は席を立った。

 性格・・・そう、プレッシャーに弱いってことだ。リレーは一人じゃないから、気持ちが楽になってリラックスする。それが逆に好成績に繋がっていた。一人でなんて戦えやしない。

 私は子供の頃から太っていた。今でも細い方ではない。でも昔は今とは比べ物にならない肥満児だった。小学生というのは残酷で、デブがいればそれを攻撃してくる。心ない言葉で、一気に切り刻んでくる。運動会ではこの巨体が揺れ、水泳では太い足を出し、遠足では死ぬほど息を切らした。笑われ、蔑まれ、馬鹿にされ。そんな毎日をクリアするには忘れるしかなかった。怒る気持ちも悔しさも全部忘れて流してしまえば、そうすれば涙は出ない。

怖かった。人の目が。

自分がどんな風に思われているか。

怖くて怖くてしょうがなかった。

スタート台に立つと、観客の目は私に集中する。それが私には多大なプレッシャーになったのだ。

「どうかした?」

同学年の千里が隣りに座ってジュースを注いでくれる。

「んー。何でタイム伸びないのかなって。」

「なに、やっぱ悔しいんだ。」

悔しい・・・って、なんだっけ。

「まぁインハイ出るには三船先輩のタイム抜く気で泳がないとね。」

千里は笑っていうが、それはかなり難しい課題だった。そんな発破をかけられても、いまいちピンと来ない。

 すると、三年の誰かが立ち上がった。

「では!プールに行きますか!」

その号令に、みんなは騒いだ。毎年恒例。最後のひと泳ぎ。私たちは水着に着替え、プールに飛び出した。

 プールではすでに男子部が泳いでいた。先生も、プールサイドに座っていた。水泳部全員が揃ったわけだ。

 三年生達はお互いに゛おつかれ゛と声をかけながら、なんだか卒業を実感しているようだった。うちは男子部と女子部は仲が良く、本当に別れを惜しんでいた。

 すると。

「ちょっと上がってもらっていい?」

三船先輩は、すでに水に浸かっていた男子部員達をプールから上げた。

「真紀。」

察しのいい男子部の部長が、コースロープを伸ばす。

 四、五コースにコースロープを張る間、先輩はキャップとゴーグルをセットする。まさか・・・

「あんたも早く準備しな。」

おぉ、新旧部長対決!

って!周りが勝手に盛り上がるな!

慌てる私をよそに先輩は準備運動を始める。

「な、なんで今更っ。何度も一緒に泳いだじゃないですか!一度も勝てなかったけど・・・でもだからって別にこんな時にっ・・・」

ゴーグルを付けた横顔は、真剣だった。

「今日だから。今日しかないからよ。あんたはこの部を引っ張っていく人間だって事、わからせてあげる。」

・・・・・

何も言い返せなかった。

 コースロープができるまで、私もアップをして準備する。そして全ての用意が整い、私はゆっくりとスタート台に立った。

 視線だ。

「ここはあんただけの戦場よ。」

並んだ隣から、深い声で語りかけてくる。

「個人だろうが団体だろうが、まず勝つ相手は自分。自分に勝てない奴が他人に勝てるわけない。」

 ホイッスルが鳴って、私は台を蹴った。

 先輩の言葉を何となくわかった私は、やっぱり勝ちたかったらしい。この人にも。そして自分にも。

 必死に水をかき、足をバタつかせ、前へ前へ!水の中で、私は必死になっていた。馬鹿みたいに。必死になって進んだ。

 プールに上がって、私たちは並んで仰向けに寝転がった。結果は三船先輩の勝ち。当然か。でも、僅差。

「惜しかったねぇ。」

「先輩にブランクあったからですよ。」

ヘトヘトになって、ヘラヘラ笑った。すごく、爽快な気分だ。

 疲れ切っていると男子部の高梨がやって来て、私の手を取って起こした。

「お互い新キャプテン同士、頑張ろうぜ。」

「おう。」

すると、一年や二年も私を取り囲む。

 そんな様子を見て、三船先輩も体を起こして言った。

「戦うのは一人でも、その後は一人じゃないってこと。覚えてな。」

すごく素敵な笑顔で、教えてくれた。

 私はこの日を忘れない。戦うことを、悔しさを思い出させてくれた先輩を。初めて自分と向き合った自分を。


 卒業式が終わり、在校生は学年末試験を迎えた。そして、結果が返ってきたのだが。

「赤点・・・ですか・・・」

生物担当でC組担任で水泳部顧問の東谷先生に呼ばれ、私は冷や汗を流した。

「お前よりにもよって私の教科だけ赤点取りやがって。文句でもあるのか?」

女性らしからぬ言葉遣い。若いのに迫力がある。

「そんなの今更ですよ。」

「進級したくないのか。」

売り言葉に買い言葉なやり取りをしていると、先生は引き出しから日誌の様なものを取りだして私にくれた。

「あんたに渡し忘れてたって。」

開くと、私の泳ぎに関する注意書きがズラズラと並んでいた。いや、私だけではない。女子メンバー全員のデータが書き込まれていた。特徴、タイム、苦手箇所、克服方法など、事細かに。

「あの子たちの置きみやげってところかね。」

最後のページには、寄せ書きがあった。その中で、三船先輩を見つける。

『インハイ行けよ!』

だって。言われなくても、やりますよ。

進級できたら、ね。


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