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リアルサウンド  作者: cline
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十月    前原 朝子

 今時貼り出すか。

中間テストが終わり、しばらくした朝。登校すると、昇降口すぐの掲示板に上位成績者の名前がズラズラと並んだ紙が貼られていた。

今時、張り出すのだ。うちの高校は。

「今回も前原が一番じゃん。」

「真面目だからねぇ。」

前原朝子。紙の二年の欄の一番上に書かれた名前。掲示板の周りに群がる生徒達が色々と言ってる。前原はガリベンだとか。髪も染めないでとか。地味とか。そんなんで学校楽しいのかね、とか。

ほっとけ!っつーの。

下駄箱から出した上靴を無造作に床に落として、乱暴に足を入れる。足下を見たってルーズじゃない。ハイソよ。紺のハイソ。いいじゃない、好きなんだから。

朝一番から何となく苛ついて、私、前原朝子は登校したのだった。

「そんなに腹立てるんなら優等生の振りなんか止めればいいのに。」

 夏前で蒸し暑い教室。窓際で胸元までシャツを開けっぴろげた望が言った。辻本望。長いストレートの黒髪をうっとうしそうにバサバサ掻きむしる彼女は、美人のくせにそのものぐさな性格で損をしている気がする。

「振りなんかしてないもん。周りが勝手にそう思ってるだけで。」

反論すると、また容赦なく返ってくる。今度は違うところからの攻撃。

「だったら正体お見せなさいな。世間じゃあんたみたいなのを二重人格と言うのだよ。」

たくましい腕で下敷きを仰いで涼を得ながら言うのは後藤真紀。水泳の記録を伸ばすためなのか、ただの好みか、首が丸見えの短い髪が今は涼しげ。冬になると寒そうなんだけど。

 私たち三人は一年の時に同じクラスになってからの友達。きっかけなんてあまりどうでもよくて覚えてはいない。なんとなくフィーリングがあったのか、自然といつの間にか友達になっていたような気がする。二年生になって真紀とはクラスが別れたけど、今でもこうやって気兼ねなく容赦なく話す間柄。そんな相手、この二人しか私にはいない。

 「し、正体って何よ?」

その容赦ない間柄の二人に、私も頑張って反論する。確かに、確かに私は成績はとても優秀。先生に目を付けられることもなく、真面目に学校生活を送っているさ。このクラスの委員長もやらせていただいてます。でも。

「普通よ。普通の女子高生。」

ところが。二人はズズイと迫りながら舌をまくし立てる。

「ギャンブル好きでパチンコの常連。」

うっ!競馬も好き・・・最近は競艇もおもしろい・・・

「呑んだらザルで毎日宴会。」

・・・宴会まではしないけど風呂上がりのいっぱいは欠かせない。

「喋りだしたらサンマ舌。」

・・・・口が勝手に動く、だけ、です。

「そして東大合格圏のくせに──  」

・・・・・・・。

 そう。最高学府に行ける成績を出してる。先生たちも期待してる。親も期待してる。その進路が当然のように、周りが私を見ている。前に勝手に置かれたレール。私はただ運転手に操縦された電車。特に嫌って気はしてない。勉強は好きだし、それもありかなって思ってる。だけど・・・

「まだ夢を見てる。」

そう、夢を見てる。


 放課後、生徒達がバラバラと帰宅すると教室は人口密度が減る。

帰宅部の私と望が一緒に教室を出ようとした時だった。教室の入り口に、有名人を見つけた。有名人と言っても、テレビに出ているわけでも雑誌に載っているわけでもない。いや、載ったかな、もしかしたら。新聞の地方欄には載ってた気がする。

 そんなに高くない背。でもしっかりとした体格。短くさっぱりとした髪。スポーツする人ってみんな短くするのかな。彼がこっちを見た。

「あ・・・」

私か望を見つけて、教室に入ってくる。

告白か?なんて自惚れてみたけど、実際あまり私は興味がない。望もそうみたいだった。

「前原さん。」

用があったのは私だったみたい。隣で望が小さく舌打ちする。望もちょっとは期待していたな。

「あの、俺、C組の仲林って言います。」

「知ってます。」

だって有名人だから。あなたたちのおかげで私たちは遠距離バスに揺られ、真夏の炎天下に大声を出させられ、メガホンを叩かせれたんだから。


 あ、嫌なこと思い出した。


たどたどしいというか、初々しいというか。女の子とあんまり話さないんだろうな、仲林君。私はそんな印象を持った。

「あ、あの、前原さんに頼みが・・・」

その頼みを言い出そうとした時、教室の外から大きな声で彼の名前が呼ばれた。

「仲林!早く着替えろ!」

その怒鳴り声に、仲林君は慌てて返事をして走って出ていってしまった。

 は?

取り残された私たちはただポカンと口を開けるだけ。何だったんだ、あいつ?


 彼は学校のヒーローだった。野球部のピッチャーで、二年生ながらレギュラー。特別強いわけじゃなかったうちの野球部を甲子園に連れていった英雄。

この夏、学校総出で応援に行ったばかり。残念ながら三回戦で敗退したけど、それでも学校全体を感動の渦に撒いた。


 嫌なことを思い出した。


 家に帰って、そそくさと自分の部屋に下がる。机と本棚くらいしかない、何てシンプルな部屋。女の子らしくぬいぐるみ、なんてもの義理にも置いてはいない。あ、ハズルはちょっとあるかな。全体はブルーで揃えている。ピカソの『青の時代』が好きで、その影響だろうか。

 木製の本棚には小説や参考書、漫画やビデオテープなどが無茶苦茶に並べられている。整理は正直苦手。面倒なことが好きじゃない。その中でも一番場所を取っていたのが美術史の本や画集、そして何冊ものスケッチブック。その中から一冊のスケッチブックを引っぱり出した。広げて現れるのは、球児達の姿。甲子園の後描いた何枚もの絵。中には仲林君もいる。

 焼けるかと思う程の日差しと、観客の熱気。風は土を巻き上げる。スタンドは声を上げる。吹奏楽の音色。応援団の叫び。駆けるスパイク。軋むグローブ。ベースを踏むその足に、歓声を上げ、チームも、球場も、敵も味方もひとつになって。中心の彼らは、誇らしげに笑い、誇らしげに泣き。

あの日。負けたあの試合の日。

高く響いた金属音が胸を貫いた。

白球は笑顔と泣き顔に見送られていった。

夏の空へ。

あの日。負けた試合の日。

それでも彼らは清々しく、誇らしく。

羨ましいと感じるほどだった。

「思い出した・・・私嫌いだったんだ。」

マウンドの中央に立つあいつが、嫌いだった。好きなことを好きと言える、あいつらが嫌いだった。

だって私は───── 


 次の日は休みで、私は昼まで寝ていた。特にすることもない。望はバンドの練習で、真紀は水泳部の練習。絵を描く気にもならなかった。暇だから因数分解でも解こうかと机に向かってもみた。だけど思ったように解けない。昨日から引きずっているイライラが、私の脳味噌の数学回路を邪魔している。全部、仲林の所為だ。

 ・・・こんな日はやっぱりあれよね。

すかっと。一発。パァーッと。

あぁ、遠くで軍艦マーチが私を呼んでいる!


 今日はお父さんは仕事。お母さんがいたので、一応『散歩』と言ってみた。玄関にわざわざお母さんがやって来て、ニコニコ笑う。

「昨日先生からお電話あったのよ。」

ギクリ。まさかこれから私がどこに行くか、皆様にばれた?履いた靴の紐を結ぶ手が、思わず凍り付いてしまった。

「中間テスト。また一番だったんですってね。偉いわ。」

あ、そっちか・・・。でも何だか完全にホッとした安堵感は得られなかった。この後の母の常套文句が待ってるから。

「でも、女の子なんだから。良い大学に入って、良い所に就職して、良い人と結婚できれば言うことないのよ。」

言うこと有りまくりじゃん。これ、うちのお母さん。女の幸せは結婚が一番だと思ってる。そりゃそう考える人もいるけど、仕事を幸せだと感じる女の人だっている。別に私は仕事至上主義ってわけじゃないけど、安全パイを選びたい訳じゃない。ないのに・・・

「行ってきます。」

私は、笑顔を母に残して出ていった。


♪ジャンジャン、ジャンジャカジャンジャンジャン♪豪快な音の鳴る世界へようこそ。銀色の玉達が流れる、落ちる、回る、貯まる!ビバ!パチンコ!

やっぱこういう時はギャンブルでしょ。スカッとね。

 さて、どこにしようかと台を探す。一応若い女の子だから、怖いおじさんの隣は嫌なんだよね。すると、ちょうど女性と若い男の間が空いていた。回転数を見てみると、なかなかいい数字。よし、ここにするか。

「っしゃ来た!」

と、私が座ろうとしたとき。その隣の若い男が声を上げた。げっ、当てやがった。隣り出しやがった。しかも確率変動突入した。ムカツク・・・何か昨日からムカツク!

 隣の男に罪はないが、とにかく誰かにこの苛立ちをぶつけたくてその男を思いっきり睨んでやった。

「・・・・え。」

睨んだ目はたちまち丸くなる。

「あ。」

男も私を見てアングリと口を開けた。

 だって私たちは共に十八歳未満。しかも片や学年首席、片や甲子園のヒーローじゃあ、驚く。


「野球部のエースがあんな所いたらヤバイでしょ!馬鹿じゃない?」

「いや、つい、出来心で・・・初めて入ったんだ。」

 私と仲林君はあの後すぐに店を出て、ハンバーガーショップに入った。お昼ご飯ついでに、この際対話してみよう。

「前原さんこそ、何で?」

「私は常連よ。」

きっぱりと言い切った私の態度に、仲林君はまた口を大きく開けた。

「何よ。」

「ま、前原さんて真面目で大人しい印象があったから・・・」

はっ!しまった。ついイライラしてたから地で喋ってた。べ、別に不都合はないけど。でも何かやりにくい・・・

「ごめんなさい。面識ほとんどないのに、こんな偉そうに・・・」

「いや。俺は前原さんのこと知ってたし。」

え?成績優秀者で毎回一番上に張り出されるから?でも、そういうニュアンスじゃなかった、今のは。

「図書室でさ。」

「?」

「夏休みの補習の時。図書室で絵描いてたじゃん。一人で。」

あ・・・甲子園の後だ。

「その時初めて『噂の前原』をじっくり見たんだ。一年の時は校舎違ったし。二年に上がっても別にA組に用もなかったし。」

「えっと・・・?」

「甲子園の絵、描いてただろ。チラッとしか見えなかったけど。それ見てちょっと感動したんだよな。」

・・・あのスケッチブックだ。甲子園の後、思わず描いた。何枚も何枚も、描かずにはいられなかった。

感動した?

「すごいよな。頭いい上に絵も上手いなんて。やっぱ好きなことは楽しいでしょ?」

チクっ。

「羨ましいよな。一番になれるものがあって。」

ズキズキ。

いちいち仲林君の言うことに、胸が騒ぐ。槍を持った赤血球が内側を容赦なく刺していく。そんな風に、何だか痛い。苦しい。悔しい。

思わず持っていたジュースのコップをへこましてしまった。

「・・・めてよ。」

なんとか絞り出した声に、仲林君が表情を変えた。あぁ、駄目。止まりそうにない。

「やめてよ。あんたにそんなこと言われたくないわよ。あんたこそ好き勝手好きなこと好き放題やってんじゃない。あんたみたいなのに羨ましがられたくない!」

「ま、前原さん?」

ヤバイ、泣きそう。

「気が付いたらレールの上走ってた。軌道はもう変えられない。好きな物を好きと言えない気持ちわかる?羨ましいのはあんた達の方だよっ・・・」


思い知らされた夏。

金属音と共に胸を貫いたのは、私の 本音。


「・・・レールって誰が敷いた物なの?」

「え。」

思わぬ台詞に、変な声を出してしまった。顔を上げると、そこには穏やかに笑う仲林君がいた。

「自分の進む道は誰に何を言われたって、最後に決めるのは自分しかいないよ。例えば親の言う通りになったとしても、そうしたのは自分だ。」

「・・・」

何も言えなかった。私は親に言われたまま生きて、これからもそうだと思ってた。そしてそれに不満を覚えていたにも拘わらず、こうやって苦しいのも全部親の、周りの所為にしてなかった?

「実はさ、俺も野球やるの反対されてた。でも戦って認めさせた。結果も出した。」

仲林君は自慢げに、それでも当然だと感じるようなにこやかな笑顔でピースして見せた。

そうなんだ・・・好きなことやるためには努力が必要だったんだ。私は自分で枕木を置いて道を作り、逃げていたのかもしれない。そう、レールを敷いたのは自分自身なんだ。『女だから』途中で終わるって、きっかけは母の言葉だったとしても、努力する前にそれを理由に諦めたのは私だ。

 例えば、ホームランコースの打球。フェンスぎりぎりで高く飛んで、千切れる程に体を伸ばして、怪我をしてでも、その手にボールを掴めるかも知れないように。頑張れば、抗えば、決まった軌道も代わるかも知れない。声を出してみよう。私は絵が描きたい、と。

 

「記念誌の表紙?」

私の泣き言が一段落して、仲林君から出された話題だった。野球部の三年生が卒業する時に記念誌を作るから、その表紙の絵を描いて欲しいんだって。ははぁ。それを頼みに来てたんだ、昨日。でもどうして美術部に頼まなかったんだろう。

「図書館で見たとき、これだ!って胸に来たよ。」

屈託のないかわいい笑顔で答える仲林君。あぁ、人気あるのがわかった気がする。私は興味ないけど。

 仲林君とは、ご飯を食べ終わってから店の前で別れた。私は彼の背中を見ながら呟く。

「どこまで軌道を変えられるか、やってやる。」


次の週、進路調査のプリントから私の戦いは始まった。

   『第一希望 帝東美術大学』



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