メフィストフェレス 1
彼女を見舞って帰ってからの僕は、いつも、ほとんどまともではなかった。明日、見舞いに行く時に、変な心配だけはされないようにと、最低限シャワーを浴び、後は、見もしないテレビ画面を見つめ(テレビぐらい付けていないと気が狂いそうだったのだ)、どうにもならない事を考えていた。学校にも行っていなかった。
その声は、部屋の隅の暗闇の中から聞こえた。
「ーー君は運がいい」と。
窓は開いてないし、このワンルームマンションの玄関も開いた形跡はない。不審者がいるのか?と、考えたが、なぜか、体は反応しない。それぐらい、おかしくなっているのだ、どうでもいいと……。
「この部屋は、暗すぎないかい?」
暗闇の主はそう言って、カーテンを開け、夜の街の明かりを部屋に入れた。
ついに気が触れたな。と思った。
外の街の明かりで、その男の全体が見えた。細身の老人のような外見で、古めかしい黒いコートを羽織っていた。
にこにこと、笑いながら、
「運がいいね、君は。こっちの世界なんて久しぶりだからね」
と、そう言った。
だが、その言葉にも存在感にも、人とは思えないような、そんな存在だった。
僕は、頭の中は混乱していた。どうでもいいというのと、なんだ?こいつは?というのでだ。だが、
「ここは、僕の部屋ですよ?どちらさまですか?」
と、棒読みのように答えていた。
「まあ、人じゃないものかな?」
「なるほど……」
「驚かないんだね」
「そういうの、どうでもいいんで」
「そうか、なるほど。これは、こちらが悪かった」
と言った、その老人のような見た目の男は、
「私は、こちらの世界では、『メフィストフェレス』悪魔と呼ばれているものだ」
その言葉を聞いても、僕は、何も気が動転しなかったし、それが偽物だとも思わなかった。そう、どうでもよかったのだ。
「その、願い事を叶える代わりに、魂を寄越せというので有名な、メフィストさんは、本物ですか?」