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05. 意外に、本気だったりして


 私、佐藤麻美の朝は、それなりに早い。まず朝起きたら、洗顔して、保湿を手早く済ます。髪の毛を軽く櫛でとかしたら、朝ご飯を食べるためにリビングへ向かう。ちなみに、朝ご飯はパジャマで食べる派で、断然パン派です。ちなみにちなみに、パンにはバターだけ塗ります。たまにヨーグルトも一緒に食べたりするけど、基本的には食パン一枚で終了。


 そうしたら、歯を磨いて、前髪を軽くヘアーアイロンで巻きます。私の髪はもともと真っ黒で、髪質的に染まりにくいらしく。大学デビューをしようと、美容院で頑張って染めた髪は、いわゆる量産型女子大生の髪色に落ち着いてしまった。圧倒的モブ感……笑えない……。

 髪の長さは大体肩甲骨くらいまで。おしゃれ女子大生は毎日髪の毛をまいたりするのかもしれないけど、私はそこまで手をかけるのは面倒なので、基本的にはストレート。たまにおしゃれしたくなるときだけ、ワンカールしたりします。


 髪が終わったらお化粧です。入学祝としてお母さんに一式そろえてもらったコスメを、ぎこちなく使って顔をつくっていきます。とはいっても、下地を塗ってファンデーションをぱんぱんはたいて、アイシャドウを一色だけさらっと瞼におとして、マスカラを塗るだけっていう手抜きメイクなので、五分もあればメイク完了。きっと、おしゃれ女子大生はもっと手間暇かけて顔を作り上げるんだろうけど、私は初心者なのでとりあえずこのレベルを毎日こなす、っていうのを目標にしているわけです。


 さて、準備が整いましたところで、いざ、学校へ! 


 ……と、言いたいところですが。今日は授業のガイダンス兼サークルの活動発表の日。大学生活を楽しむためには、単位をしっかり獲得して、そしてサークルにいそしむべき、だと私は思っているので、今日はとっても重要な日なのだ。

 こんな重要な日を、さすがに一人で切り抜けるのは恐ろしい。そんなわけで、学校へ行く前に、お友達に連絡して、待ち合わせしようと思っている。


「もしもし、凛ちゃん?」


 私が電話をかけたのは、昨日も一緒に帰った親友、工藤凛くどうりんちゃんだ。彼女は私の友達にしては出来過ぎ! っていうくらい美人で、かつ多彩な人である。例のDVDの絵を描いてくれたのも凛ちゃんだし、自分で同人誌を出したりもしている――れっきとしたオタクさんでもある。もうだいすき。

 そんな凛ちゃんは、もちろん自分の顔を作り上げるメイクという才能も持っていて、とても情熱を持っているので、


「こんっっな朝の忙しい時間に電話してくる馬鹿はどこのどいつよ!? ぶっ飛ばすわよ!」


 こんな時間に電話をかけたらもちろん怒られます。彼女は今メイクという戦争中なので。


「まあまあまあ、落ち着いて。よかったら一緒に学校に行きませんかい」

「……八時四十五分に駅で待ち合わせっ、異論は認めん!」

「りょうかーい」


 なんだかんだで私に甘い凛ちゃん。私はツンデレを耳にしてにやにやを抑えられず、お母さんに怪訝な顔をされたのだった。



   *** *



 八時四十分。五分前に駅についた私は、手持ち無沙汰に凛ちゃんを待つ。凛ちゃんは遅刻はしないけど早めにも来ない人だから、きっと集合時間ぴったりに来るだろう。そんなわけで、あと五分は暇なのだ。

 この駅を利用する人はたいていうちの大学に通う人だから、ほとんどが元クラスメイトか元先輩。高校から大学がエスカレーター式だと、学内に知り合いばかりになるから、それはちょっと嫌だなあと思う。

 まあ、高校の時点でかなり大人数だったので、知らない人の方が多いのは確かなんだけれども。


 そんなことを考えながら、人間観察をしていると、ホームからやってきた人だかりの中に、花梨ちゃんご一行を発見した。王子たちは、みんな近所に住んでいて、花梨ちゃんもその近くに住んでいる。何って、そのあたりは高級住宅街で、王子たちはあだ名に恥じない貴族っぷりなのだった。

 ってなわけで、四人の王子と花梨ちゃんは、今日も仲良くご登校。高校生のときの私なら、すかさず携帯のカメラアプリを起動しているところだけれど、今日は素早く柱の陰に隠れる。ちょうど彼らの死角になるであろう位置。これなら見つからないだろう。

 

 昨日、私は決めたのだ……避けて避けて避けまくると! 有言実行する女なので、とことん避けさせていただきます! 観察できなくなるのは寂しいけど!!

 と思いつつ、我慢できなくなって、そっと柱から顔だけのぞかせてみる。花梨ちゃんを囲うように歩く伊原木君、梅田君、椿君の三人とは対照的に、桜井君だけはちょっと離れたところを歩いていた。花梨ちゃんは時折桜井君に話しかけているようだけれど、桜井君は暗い表情。……うーん、どうやらまだ桜井君には謎のバグが起こっているらしい。

 伊原木君がちゃらちゃらと花梨ちゃんに絡み、梅田君がにこにこしながら花梨ちゃんと腕を組み、椿君がそっと花梨ちゃんの肩に手を添える。彼らのスキンシップはいつも通りで、いつもなら桜井君が、「……僕の花梨だよ」とか言って手を握る、くらいのアクションはするのに!!!


「もう、何してるんだか桜王子は!」

「あんたが何してるんだかだよ、ばか麻美が!」


 ぽかん、といい音がして、私の頭に衝撃が走る。っていうか痛いんですけど。

 後ろを振り向くと、そこには待ちに待った凛ちゃんがいた。私の頭をたたいたのはおまえかー!!


「凛ちゃん! おはよう痛いよ!!」

「おはよ。なんかこそこそ隠れて独り言言ってるきもいあんたが悪いわ。早くいくよ」

「ええっ、凛ちゃんを待ってたのに! ひどい!」

「うざい、置いてくよ」

「まってええ」


 一見冷たい凛ちゃんと追いすがる私という構図だけど、なんだかんだでこの掛け合いが心地よかったりするんだから不思議である。ほどほどに突き放してくれて、でも最後は拾い上げてくれるこのツンデレ感。

 そんな凛ちゃんのファンは多い。どっちかっていうと隠れファンって感じで、モテるというより、遠くから拝まれてるっていうのがあってる気がする。それはそれでどうなんだって思うけど。


「で、桜王子がどうしたって?」

「……そこ、突っ込んじゃいます?」


 できればそこは親友のよしみで聞き逃してほしかった、なんて言えません、はい。

 でも、昨日の一部始終を見られている上、花梨ちゃんの隠し撮りなどに協力してもらった過去があるからこそ……凛ちゃんには、それなりにいろいろ話しておかなければなあとも思うわけで。

 

 だけど、いきなり私が「実は前世の記憶があって」「この世界は乙女ゲームで」「なんかバグが起きて桜王子が私のこと好きとか勘違いしちゃってるみたい」とか言い出したら、病院に即送り込まれるだろう、間違いない。凛ちゃんはスーパークールなのだ。

 オタク仲間だからこそ、ついに頭がおかしくなって二次元に目がくらんだか、と思われる。っていうか私でも思うもん。

 そんなわけで、凛ちゃんには真実を言うことは、できない。でも、まあ、多少説明はしておきたいわけであーる。


「うーんと、昨日、なんか、桜井君が私のこと好きとか言ってたじゃないですか」

「そうね、言ってたわね」

「まあそれはたぶん、桜井君が何かを勘違いしていて、気のせいなんだよ。だから、早く花梨ちゃんと仲直りしてもらうために、私はとりあえずかかわらないスタンスでいこうと思っているわけさ」

「……ふうん、賢明な判断ね」

「でしょ?」


 残念ながら、世間一般的に私の存在はモブ中のモブ。容姿も十人並みであり、際立った性格とかもなし。平凡オブ平凡、凡人オブ凡人なのだ。

 そんな私が、モブに紛れて過ごすことなんてたやすいと思う。桜井君とは、幸運にも学部が違うし、授業もそこまでかぶらないだろう。かぶったとしても、大教室で受けるような授業だろうし、それこそ隠れるのは簡単だ。

 ……よし、避けて避けて避けまくる作戦、なんとかなりそうな気配がしてきたぞ。


「でもさ、麻美」

「ん? なーに、凛ちゃん」

「もしかしたら――意外に、本気だったりして」


 速足で歩いていた凛ちゃんが、急に立ち止まった。そのきれいな横顔の、視線の先。思わず目で辿ってから、ものすごく後悔した。見なければよかった……。

 そう思っちゃうのも仕方ない。だって、私たちの十メートル先に、今一番会いたくない顔があったんだから。


「おはよう、佐藤さん」


 すっごいさわやかな笑顔、ありがとうございます……できれば見たくなかったです……。

 目の前には、整った顔をくしゃくしゃにして笑う桜井君。――意外に、本気とか、ありえない……ですよね??




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