04. ストーカーとかいったやつ
どたばた色んなことがあった入学式が終わり、私は「家まで送る」と言い張る桜井君を振り切って、友達と一緒に寄り道をしてから帰宅した。もし桜井君に我が家の場所を知られたら、毎朝迎えに来そうで怖いので。……っていうのが冗談にならないくらいには恐ろしい、くわばらくわばら。
私の家は大学から遠いとは言えないが近いとも言えない。地下鉄に三十分乗らなければならないし、駅から家までも十分くらい歩く。そもそも、おそらく桜井君の家とは全く別ルートであろう。彼氏でもない人に家まで送ってもらうとか、申し訳なさ過ぎてできません。
そんなこんなで、帰宅してから私は、冷静になるために……というか、自分を落ち着かせるために、パソコンを開いているわけです。うん、何でパソコンかって、気になりますよね。
なぜかというと、私には撮り貯めしてある動画があるから、なのでした。なんの動画かっていうのはもちろん、花梨ちゃんと王子様たちの愛憎劇場……もとい、リアル乙女ゲームの様子。なんてったって、前世の私はこのゲームを擦り切れるほどプレイした猛者なのである。どの場所でどのタイミングで誰とイベントが起こるのか、知り尽くしていたわけで、携帯をもってうきうきデバガメしにいっていた。
その集大成が、この一本のDVDに収められているのであーる! ストーカーとかいったやつ、あとでぶっとばーす!!
さてさて、それではさっそく、DVDを見るとしますか。
パソコンにDVDをセットして、これでおっけーっと。ちなみにDVDの表紙は、手描きの乙女ゲームの絵がプリントされている。この原画を描いてくれたのは私の親友で、めちゃくちゃ絵がうまいのだ。まあ彼女ももれなくこちら側の人間なのだけれども。
『はじめまして、咲坂花梨です』
お、はじまった。最初は、花梨ちゃんが転校してきたシーン。
このシーンは、私はクラスが違ったから、親友に頼んでこっそり撮ってもらったんだっけ。最初のこの自己紹介のシーンは、大して重要ではないんだけど、私にとってはかなり意味のある場面だった。ここで、乙女ゲームとそっくりそのまま同じセリフを花梨ちゃんが言ったら、花梨ちゃんは正確にゲームを辿っていくだろうと思ったわけである。
逆に、まったく違うセリフを言ったら。とても残念だけど、この世界でリアル乙女ゲームを観察するのは無理そうだと判断するつもりだった。
『好きなものはお花で、この学園にはきれいなお花がたくさんあって、嬉しいです。みなさん、よろしくお願いします』
結局、この花梨ちゃんの自己紹介は一字一句原作と違わなかったので、私としては小躍りして喜んだわけなのでした。
この二年生のときに、花梨ちゃんと同じクラスだったのは椿君。でも、このDVDにはさすがに椿君の姿はうつっていない。友達には「すっごいかわいい転校生が来るらしくてどうしても気になるから動画撮っておいて!」とだけ頼んであったので、椿君まで撮ってはいないのだ。
だから、この時点で椿君が花梨ちゃんに興味があったかは、わからない。
っと、とりあえず早送りして、三年生になったときの映像を見てみよう。二年生のころの少ない映像は、ほとんどが友達を通じて撮ってもらったものだから、本当に花梨ちゃんしか映っていないんだよなあ。
そんなことを考えながら、私は早送りボタンを押す。少しして止めたのは、クラスが変わる新学期の朝のシーン。
ここで起きたイベントは――
『わあぁ、満開の桜だぁ。とっても綺麗……!』
『……桜、好きなんだ?』
『っ、え?』
もちろん、桜井君との出会いイベント!!
場所は校舎裏の満開の桜の木の下。それはわかっていたから、もう朝早く起きて、茂みに隠れて待っていたのであった。懐かしい、あの頃の情熱にあふれた私……。
ここでは、まだ校舎の構造を覚えていない花梨ちゃんが、体育館に行こうとしていたら校舎裏に迷い込んでしまうんだよね。そこで、うちの高校で一番満開の桜の木に見惚れる。この花梨ちゃんと桜のツーショットが本当に美しくて、一時期私のパソコンのデスクトップ画像になっていたレベルだ。……気持ち悪いのは自分でわかってるんで、指摘はなしでお願いします……。
で、桜に見惚れている花梨ちゃんに、桜の世話をしていた桜井君が話しかけるっていう、重要な出会いの場面なわけだ。ちなみに、桜井君は花梨ちゃんにほぼほぼ一目ぼれであったと思う。桜井君は花の中でも桜を一番大切にしていて、その桜を見つけてくれた花梨ちゃんを好きになった、というのがオタク界でのもっぱらの定説であった。
ここで、原作では、桜井君が花梨ちゃんに名前を聞いて、花梨ちゃんがにっこり笑って答えて――で、そのとき桜が風で舞うんだよね!! もうそこの背景が素晴らしすぎて!! あぁ、思い出しただけでよだれがでそう、じゅるり、なーんて。
ところが、やっぱり現実とゲームは必ず一致するとは限らないみたいだった。
『君、この前転校してきた……咲坂さん? だよね。有名だから、知ってるよ』
『え……あ、う、うん、そうなのぉ! 咲坂花梨です、よろしくね!』
そう、原作では名前を知られていなかった花梨ちゃんは、現実世界では「花梨ちゃんブーム」のせいで、桜井君にまで名前を知られていたのだった。そんな小さな違いがあったせいか、桜は風に舞わず……私は盗み見している分際だけど、すごくがっかりしたんだっけ。
『僕の名前は、桜井由伸。よろしく』
ここでパソコンのスクリーンに、王子のさわやかなほほ笑みがドアップ。うわああ、画面越しでもきらきらしてらっしゃる……。さすがというかなんというか。
嫌でも同時に思い出してしまったのは、今日の桜井君のこと。あああ、考えるだけで頭が痛い。……というか、この映像見てたら、どう考えても花梨ちゃんに恋に落ちてるよなあ。
うーん、はたして、これは乙女ゲームの魔法だったのか。でも、ただの魔法と言い切るには、映像が確かすぎる。
私は、早送りボタンを押しながらぼんやりと画面を眺めた。他の三人の王子とのそれぞれの出会いイベント(椿君はもう去年出会っちゃってるとはいえ、恋愛的な意味での初対面はまだだったので)、体育祭イベント、試験イベント……。私が次に再生ボタンを押したのは、夏休み前の最終登校日での場面だ。
『よしくーん、あたし、夏休みは海に行きたいなぁ!』
おおっと。花梨ちゃんの呼び方がいつの間にか「よしくん」になっている。さすが乙女ゲーム主人公……侮れない。えーっと、それに対する桜井君の反応は……
『海か。花梨の水着姿、可愛いんだろうね』
王子の天然スマイルー! っていうか、やっぱり好きじゃん! 普通に花梨ちゃんに落ちてるじゃーん!
おっと、思わず心の中で突っ込みを入れてしまった。おほん。取り乱しているわけじゃない、全然。私はこの光景を一年間そばで見てきたんだし、っていうかむしろ、さっきまでの桜井君がやっぱりおかしかった。やっぱり、体調が悪かったんじゃないかな!!
『よしくんは、どんな水着が好きなのー?』
『えっ。そ、そんなこと、考えたこともなかった……よ』
花梨ちゃんの質問に、目が泳いでいる桜井君。考えたこと、あるんですね。あれですか、白色フリルの王道タイプが好きなんですかね、王道王子としては。
彼らのプライベートな海イベントは、さすがにどの海水浴場で行われるか予測できなかったので、花梨ちゃんの水着姿の映像は手元にない。原作通りなら、あーんなことやこーんなことを、あっちの王子とこっちの王子と繰り広げているはず。……ああ、やっぱり無理をしてでもどうにか付いていくべきだったか!?
とはいっても、イベントが必ず原作通りに行われていたかといわれると、……そうでもないかなあ、っていう一言に尽きる。なんてったって、桜井君との大事な出会いイベントでは、あの綺麗な背景を見ることはできなかった(花梨ちゃんブームが起こったせいだと考えると皮肉なものである)。
この夏までのイベントでも、事故チューとか、事故ぎゅーとか、そういう過激なタイプのイベントはすべて何らかの形でなくなっていた。私の観察によると、花梨ちゃん自身はそういったイベントを積極手系に起こそうと企んでいた気がするけれど。
まあ、たとえそのイベントがなくても、王子たちが花梨ちゃんにメロメロになっていったのは真実なんだから、結果としては些細なことであろう。もっと親密になった二学期からのイベントでは、そういったR12くらいの行動は、王子たちはほとんどみんながやっていた……と思う。そう考えると、逆ハーパワー恐るべしって感じだ。
『ふふっ。じゃあ、よしくんに気に入ってもらえるよう、一生懸命選ぶね!』
いたずらに笑う花梨ちゃんは、画面越しでもやっぱりかわいい。天使というか、むしろ小悪魔というか――やっぱり、主人公はちがう。
どう考えても、桜井君が私のことを好きなんてことはない、と思う。頭の中で結論をそう位置づけ、私は動画を停止させた。DVDを取り出し、パソコンを閉じる。
明日からは――花梨ちゃんや、桜井君や、王子とは無縁な生活を送ろう。何が何でも無視、を貫こう。
目が合って話しかけられたら、イケメンパワーにやられてしまうだろうから……徹底的に避けよう! そう心に誓う、入学式の夜なのだった。