03. ……まーじ?
「……佐藤さん、」
桜井君の声は、正直言ってあまりタイプではない(顔をタイプでないと言い切るにはイケメンすぎる)。私はもうちょっと低い声の声優さんが好きだったから、コイゾノでの推しも椿君だった。
……でもでも、真正面から目と目を合わせて、自分の名前を呼ばれる破壊力たるや!!
顔から火が出そう、ってこういうことを言うんですね。耳まで赤い自覚、あります。ありますんで、そこ、冷やかすのやめてくださーい。
「な、何かな、桜井君。あ、さっきの冗談についてなら、ほんと、全然気にしてないんで……!」
「いや、冗談じゃないから、それについて説明したくて」
「あー、うん、わかってるわかってる! エイプリルフールだよね、ちょっと遅いけど!」
「いや、だから……」
言葉とともに少しずつ近づいてくる桜井君。同時に、一歩ずつ後ろへ下がる私。
気づけば、さっきの定位置――自販機の影に後戻りしていた。ていうか、つまり、私の背中には壁があるわけで。これってもしかして、ピンチってやつ、ですかね?
桜井君が何を勘違いしているのかはわからない。私のことを好きって、信じる方が馬鹿だと思う。ついこの間まで、高校でやたらめったら恋愛的修羅場を繰り広げていたのに。
……うん、やっぱり冗談だよね。あんな美男美女のカップルいないもん!
「佐藤さん、僕……」
「あっれー、由伸じゃん!」
桜井君の猛攻にストップをかけたのは、明るく間延びした伊原木君の声だった。その声に、ほっと胸をなでおろす。とりあえず、一難は去った……と思いたい。
でもでも、伊原木君に気づかれたってことは――
「えぇ? よしくん? ……と、佐藤さん? ……なああにしてたのぉ?」
デスヨネー!!
花梨ちゃんにも、ばっちり気づかれてしまった。最悪な状況になってしまった。
目の前には、またも微妙な表情の桜井君こと桜王子(あれ、逆か、桜王子こと桜井君)。その後ろには、驚いた顔をした伊原木君、梅田君、椿君。と、笑顔だけど目が笑っていなくて怖い花梨ちゃん。
……悪寒がするのは、気のせいかな。なんでかな。がくぶる。
「……花梨、僕のことをあだ名で呼ぶのはやめてくれないか」
「ええっ、どおしてぇ? 大好きなよしくんのこと、一番近い名前で呼びたいな?」
花梨ちゃんの上目遣い。きゅるんっ、みたいな効果音が入りそうなくらい、すごい目力。まぶしいです、はい。
そんな花梨ちゃんに目もくれず、桜井君はなぜか私をガン見している。いやいや、イケメンにそんな見られても何も出ないですけど。ていうか、気まずいんですけど。
「……え、何、さっきの噂ってまじなん? 由伸が別れたいって言ってるって……まーじ?」
ぽかーんと口をあけながら、ちょっと間抜けな顔で言う伊原木君。まじじゃないです、冗談です。
それを言えたら苦労はないけど、伊原木君とは一度もクラス一緒になったことないし、初見の王子様に平民の私がそんな口たたけない。桜井君はあくまで、三年間同じクラスという経歴があるから、多少なりともお話できるわけであって。
それを考えると、クラスが違っても果敢に彼らを落としにかかった花梨ちゃんって本当にすごいな。アグレッシブというか肉食というか。いいぞもっとやれって感じです、ごちそうさまです。
っておちおちそんなことも考えていられない。王子が四人そろっているのだ。広い大学構内とはいえど、周囲の視線はがっつり集めてしまっている。
その視線の大半は、「王子や花梨ちゃんと一緒にいるあの子誰?」っていう私に対する奇怪の視線だけどもね!! はっはあ!!
「本当だよ。僕は、花梨と別れようと、」
「うっわああああ!! 桜井君、二人で話そうか!!?」
私はあわてて桜井君の口を強制的にふさいだ。もちろん手で、です。もごもごと私の手の中でしゃべる桜井君を、これまた強制的に押しながら、その場から逃げ出すように走る。
これ以上彼を放置していたら、大衆の真ん中で、また恐ろしいことを言いかねない。これ以上敵は増やしたくない……! そんなわけで、猛ダッシュで私は駆け出したのでした。
*** *
静かな場所を探して、たどり着いたのは、使われていない小教室。先ほどまでいた校舎からは一番離れた校舎まで、とにかく走って、一番上の階まで走って、廊下の一番奥の小教室に入ったというわけです。大学って広い、すごい。
私は逃げ足は速いけど、肉体派ではないので、もうすでに肩でぜえぜえと息をしている。桜井君はというと、あ、余裕そうですね、むかつきます。汗ひとつかいちゃいねえよ、このイケメン。けっ、涼しい顔しやがって、これだからイケメンはイケメンなんだから!(あ、誉め言葉じゃないよ)
「さ、さくらい、君……! わた、おねが、ある、んだけどっ、……」
「いいよ、しゃべるのは息が整ってからで。僕は急いでないし、それに、」
おっ、優しいところもあるじゃないか。
そう思ったのもつかの間――
「僕は、佐藤さんと二人きりになれて、嬉しいから」
…………えっほん。むせ返るかと思いましたよ、おねえさんは。
走った疲労と、人工的疲労とで、真っ赤な顔をしているであろう私は、桜井君からじんわりと目をそらした。気恥ずかしいというか、なんというか。
あ、今私、ちょっと乙女ゲームの主人公っぽくない? ……あ、黙ります、すいませーん。
恥ずかしくて恥ずかしくて死にそうになりながら、脳内現実逃避をしながら、そっと桜井君を盗み見る。こんなこと、王子はどうせ言い慣れてるんでしょうねー。いや、こんなセリフ、ゲームにはなかった気もするけども。
桜井君は予想に反して、私から目をそらし、口元を自分の腕で抑え込んでいた。……あれ、なんか、耳が赤くないっすか? え? 気のせい?
ってか、自分も恥ずかしいなら言うなよ! そんなセリフ! と思いつつも、恥ずかしさが伝染して、私もまたまた恥ずかしい。ううー、やめて、キャラじゃないんだから!!
「えーっと、それで、桜井君。私から、お願いがあるんだけど」
「うん。今後近づかないでっていうお願い以外なら聞くよ」
「…………お見通しってわけですか、さいですか」
「あ、やっぱりそういう感じのこと言おうとしてたんだね」
そういって、さわやかな王子スマイル。うわあ、目がやられる……じゃないっちゅーねん!
「あーのーねー! さ、桜井君が何を考えているのか、わかんないけど……っ、迷惑なんだから! 花梨ちゃんにはすごい怖い目で見られるし、ほかの人の視線も怖いし!」
「うん。花梨はすごいにらんでたね」
「わかってんならするなっ……すよ!」
今は良くも悪くも二人きり。王子は、どこか笑みすら浮かべている。こうなったら、今しか言えないこと、全部言ってやる!
そう意気込んだものの、出てくるのはへっぴり腰の言葉ばかり。
だあって怖いんだもんー! 相手は学園一の王子様で、学園一のお姫様と現在進行形でお付き合い中で。彼を敵に回すっていうのは、この大学での居場所がなくなるということだ。
高校ほど、スクールカーストはひどくないんだろうけど。大学にだって、格っていうものはある。王子は一等級で、私は凡級。そんなの、一目瞭然でわかっていることなんだ。
だからこそ、平民の平凡な生活に、王子様がかかわってくんな! って思っちゃうのは仕方ないですよ、ね!?
「信じてもらえないかもしれないけど、ずっと好きだったんだ。佐藤さんのこと」
「だーから、そのアメリカンジョーク、ほんっとうにいい加減にっ、」
「冗談じゃないよ。……この一年間、というか、花梨に出会ってからの自分の行動を考えたら、信じてもらえないのも仕方ないと思う。でも、ずっと好きだった」
「っ、」
私を見るまっすぐな目。透き通るような色素の瞳は、絵みたいに綺麗で。……吸い込まれそうな目って、まさにこんな目のことだ。そんなことを思ってしまった。
すべてのパーツが完璧な王子様。何でそんな人が……今私に、こんなことを言ってるのか。
「証明したいんだ。僕に、チャンスを与えてほしい」
「チャンスって……」
何を言ってるんだ! と馬鹿にできないのは、彼があまりにも真剣な表情だったから。
到底信じられない。あれほどまで、花梨ちゃんに愛をささやいていたのを、私は一年間、この目で見てきたんだから。……だけど。
「君を好きでいるためのチャンスがほしい」
――っこんなこと言われて、赤くならないオタクがいたら教えてほしいわ!
「……勝手にしてください……」
こうとしか言えない私は、その場に崩れるようにして座り込んだ。頭上から、ふっと笑うような声。あー、降参です、降参です。
私は桜井君の声は好きじゃないけど、顔は一番タイプだったりするんだから。ちくしょうめ。
「ありがとう。……まずは、花梨と正式に別れることから始めないと、だけど」
どうやら、私も王子も、先は前途多難らしい。せいぜい頑張ってくれ、と思うばかりである。……いや、頑張らず、どうかそのままくっついていてくれ、って願うほうがよさそうだな……まーじで、ね。