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01. エイプリルフールの冗談だねぇ


 昔話にありがちなことなんだけど、お姫様を王子様が迎えに来て、悪役を倒して、二人はずっと幸せに暮らしました、めでたしめでたしってやつ。あれって、本当にその二人の生涯をずっと見てから言わないといけないよね。若い二人の、付き合った瞬間だけを切り抜いて、何がめでたしなのか。今後ほかに好きな人ができる可能性だって、別れる可能性だってあるんだから。

 ……もちろん、全世界における「二人」が「めでたしめでたし」なら、言うことなしだけど。

 そんなことがあり得ないからこそ、今私は、この恐ろしい状況を見ているわけだ。


「――僕、ほかに好きな人ができた。ごめん。別れてくれ、花梨かりん


 そう言ったのは、高校時代から絶大の人気を誇る男の子で。――彼は、私が知るところの、乙女ゲームの攻略者であり。


「……な、なぁに言ってるの? よしくん、熱でもあるのぉ?」


 そう返したのは、まるで少女漫画から出てきたかのような、ゆるふわツインテールの美少女。――彼女は、私が知るところの、乙女ゲームの主人公であり。


「気づいたんだ。僕は今まで、どうかしてた。……佐藤麻美さとうあさみさん」

「は、はい!?」


 そう名前を呼ばれたのは、――私が知るところの、私自身であり、乙女ゲームには全く登場しないただの脇役であり。……ドウイウコトデスカネ?


「好きなんだ。もしよければ、友達になってくれないかな?」


 魔法が解ける、音がした。



   *** *



 現実逃避もかねて、状況を説明しようと思う。


 今日は、大学の入学式だった。四月七日。晴れ渡る空に、散りかけの桜がいい感じに舞っていて、絶好の入学日よりだった。大学生ともなれば、入学式に親が来ていない人のほうが多く、かくいう私もぼっち参加。

 そもそも、うちは高校から大学がエスカレーター式になっていて、ほとんどが内部進学生なので、入学式といってもほとんど形式だけのものだ。私も一応スーツなんか着て、ぴっちり髪を整えてはいるものの、そんなに心躍るものではなく。あーあ、早く終わらないかな、終わったら待ち合わせしている友達とランチしに行けるのにな、なんて考えていた。


 そんな矢先のこと。式典が滞りなく終わり、会場にいた新入生がぞろぞろと出口を目指し始めていたとき。私は混雑した場所が苦手なので、席に座って人の波が過ぎるのを待っていたとき。

 視界の端に、きらきらしたものが映った。


 ひときわ高い身長。高校生のときから、染めていないのに色素の薄い、光に当たるとどこか桃色にも見える茶髪。女子がうらやむほどのさらさらの髪質を、清潔に切り揃え、清潔にセットした姿。切れ長の目とまっすぐ結ばれた口元は、どこか冷たく見えてもおかしくないのに、なんとなくひだまりのにおいを感じるような。頭のてっぺんからつま先まで、どこを見ても芸術作品のような男。

 名前を、桜井由伸さくらいよしのぶという。この男、乙女ゲームの攻略対象だ。桜王子とかいうふざけたあだ名までついている。


 あ、さっきから乙女ゲーム乙女ゲームって、何それ聞いたことないって方はさようなら。世の中には知らないほうがいいことも、山ほどある。……え、大好きだよ乙女ゲーム! っていう同志の方、いらっしゃい。ようこそ、この素晴らしい世界へ。

 そんな同志のあなた、「恋咲く秘密の花園 ~王子と内緒の物語~」(略して「コイゾノ」)っていう乙女ゲームはご存知? まあ知らない人も多いと思う。なんてったってマイナーな乙女ゲームだから。声優さんも、全然売れてない新人ばかりの、本当に知らない人の方が多いファンの間でもコアなゲームなのだ。その分、イベントとか選択肢とか、普通の乙女ゲームとは違う変わったものが多くて、はまると抜け出せなくなってしまうものなんだけど。

 私は特にその背景が大好きで。タイトルに花園ってつくくらいだから、攻略対象の名前には必ず花の名前入っていて、イベントが起こるとその背景には攻略対象のモチーフの花が描かれる。その絵がとても美しいのだ。それを見るためだけに、このゲームをやっていたほどに。


 で、単刀直入に言うと、この世界はその「コイゾノ」の世界なのだ。頭おかしいと思われるかもしれないけど、本当に本当に、ここは乙女ゲームの世界なのだ。どうやら、私には前世の記憶があったらしく、まあありがちな話なんだけど、その記憶っていうのが乙女ゲーム「コイゾノ」に関しての記憶であったわけ。

 とか言っても、魔法とかあるわけじゃないし、ただ、一人の女の子がモテまくっていて、周りにいるのが超絶美形で、みんな名前に花の名前が入っていて、王子っていうあだ名がついていて、っていうレベルの話なんだけど。


 だから、ゲーム中名前が出てこないような私には何の問題もなく、高校生活は気づけば終わっていった。この世界が乙女ゲームの世界だって、一年生のときからずっと気づいてはいたんだけど。一番人気だった桜王子こと桜井君とは、クラスも三年間ずーっと一緒だったし。

 高校三年のクリスマスイベントで、主人公はついに桜井君とめでたく結ばれて。乙女ゲームもやっと終了、ここから先はラブラブな美男美女カップルが拝めるのだなあと、うきうきしながら大学へ進学した、ここまではおっけー?


 さて、私が記憶している乙女ゲームは、高校の卒業式がラストステージだった。卒業式までに誰か一人と結ばれるか、はたまた逆ハーエンドか、はたまたお友達エンドか、闇深エンドか。この世界の主人公ちゃんは、桜井君に狙いを絞ったらしく、彼とお付き合いをして終わるというまっとうなラストだったわけですが。

 だけど彼女は、完全に桜井君ただ一人に絞り切ったわけではなさそうで、ほかの攻略者たちと完全に縁は切らず、仲良しな男友達たーっくさん、でも大好きな彼氏もいるよ☆という、全女子がうらやむような(ねたむような)卒業をした。

 おかげで、女子の間での彼女の評判は右肩下がりである。恐ろしや恐ろしや。


 まあ、つまり。大学に入ってからの、このゲームの事情は、私の記憶にはなかったのだ。ここからは、予測のできない、知らない現実。今まではある程度、どこでどんなイベントがあるか、だれがどういう選択肢持ちかけてくるかを知っていたから、比較的たやすく傍観者として楽しめていた。

 とはいえ、もう私も大学生。高校三年間は、楽しい乙女ゲームの世界を見物していたら終わっていた。大学生こそ、彼氏が欲しい……リア充したい……!

 そんなわけで、もう彼らにはかかわらず(今までだって積極的にかかわってきたわけではないけれど)、こっそり大学デビューをして(髪の毛を染めて化粧を始めただけですけど)、素敵な大学生活がスタート!


 するはずだった。


「……えーっと、桜井君。何を言っているのかな?」


 長い現実逃避、終わり。

 今私の目の前には、真剣な目をして、私を見つめている、美しすぎる王子様――こと、桜井君。先ほどまで、主人公の花梨ちゃんと仲良く腕を組んで、遠くの方を歩いていたはずなのに。


 一瞬。一瞬だけ、目があったのだ。

 仕方ない。誰もが目を引かれるその容姿だ。私だって、つい目で追ってしまった。

 あぁ、見納めだなあ、とかそんなことを思っただけだ。だってもう、大学は同じでも、高校のときのように同じ教室にいられるわけじゃないんだし。

 ばいばい、綺麗な桜王子。三年間、素敵な目の保養をありがとう。

 そう思って、一目、見ていただけなのに。徐に、桜井君がこちらに視線を向けて。目と目があった、気がして。同時に嫌な予感もした。


 瞬時に目はそらした。見ていませんよっと。

 だけど、時すでに遅し。桜井君は、なぜかずんずん人をかき分けて私の前まで来て。その間、花梨ちゃんはわけが分からないといった顔で桜井君を見上げていて。

 そうして、私がもう一度、仕方なく桜井君と目をあわせると、彼が恐ろしい別れ話をはじめてしまったわけである。……勘弁してください、ほんと。


「わあぁっ、よしくん、面白いエイプリルフールの冗談だねぇ! あたし、びっくりしちゃったぁ。ね、佐藤さん、びっくりさせちゃってごめんね、うふふ、気にしないでいいからね、忘れてねっ」


 花梨ちゃんのちょっと無理やりなフォローが入る。うん、ちょっと無理があるのは否めない、否めないけど、乗ったそのフォロー!


「うん、ほんと、そんな心にもない冗談やめてね。桜井君、花梨ちゃん、お幸せに」

「うん! あたし達、ずーっとラブラブだから!」

「いや、僕は……!」

「それじゃ、私はこれで!!」


 これ以上余計なことを桜井君が言わないうちに、私はその場から抜け出した。三年間の傍観(盗み見とも言う)生活のおかげで、逃げ足だけは鍛えられたのであーる。

 ……さて、大学生活、一筋縄ではいかなさそうなにおいがプンプンしますなあ……。

 私は足を速めながら、がっくりと肩を落としたのであった。




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