プロローグ
約2600文字
白銀の世界が光を放つ。歩道の上で首に巻いたマフラーを鼻上まで持ち上げ、兎月夕は三年間通う学校へと向かう
黒い髪が眉毛と耳を隠す野暮ったい髪型をした十八歳の青年。彼は窶れた頬に、無気力な黒目をしている
進学先も決まり、随分と軽い鞄を持った彼は、残り少ない学校行事の為だけに登校していた。見るからにユウの足取りは思い
夕はクラスに上手く馴染めてはいない。というよりも彼の事を良く思っていない生徒との衝突が多いのだ。イジメとはいかないまでも言い争いは絶えない
言い争っているのは数名の生徒と、ユウの友達なのだが。自分の所為で友達が争っているのが申し訳ないのだ
そんな思いでため息を吐いた直後、左の肩に積もる雪を払われる
「や! おはよ」
「ああ、光陽か。おはよう」
「相変わらずしみったれた顔してんな」
左肩に続き左の肩に積もった雪も払われ、流れるまま肩を組んでくる茶髪の青年
彼はユウの友達である峰光陽
身長が百七十半ばの夕よりも更に五センチ高い身長を持ち、爽やかな笑みは整った顔を栄えさせた
ユウが光陽と並んで歩くこと数分、遠目に二人の通う高校が見えてくる
「あと少しで卒業だな〜。まあ、僕らは同じ大学だからあんまり関係ないけど」
「この学校へ一緒に行くのはもう数えるくらいだけどな」
カラカラと笑う光陽は三年間通った高校への思い出が少ないのか、特に感傷に浸っている様子はない。それはユウも同様で、抑揚の無い平坦な話し方で会話を続ける
「ユウとしては気が楽なんじゃないのか? 芦川さんとか一輝とかと離れられるしさ」
「俺は別に気にしてないんだけどな」
「まあ、ユウならそう言うか。……お? あれは千代じゃないか?」
「確かにあれは千代だね」
二人の視線の先に、艶のある黒髪を先端付近で一つに束ねた女性が歩いていた。名前は菊永千代、彼女もユウの友達である
人形のような瞳に、雪も真っ白になるほどの張りのある肌。背筋を伸ばして歩く姿は、男女隔たり無く振り向かせるほどの可憐さを持ち合わせていた
そんな美女がユウ達に気がついて振り返った。無表情ですら可憐の文字が似合う顔が、微かに微笑みを加えれば、恋に落ちない物はいないだろう
「おはよう。ユウ! あと、光陽」
「ああ、おはよう」
「おう、おはよって僕はついでかい!?」
この二人以外は
ユウ、光陽、千代の三人は幼稚園の頃からの付き合いで、物心が着いた時には並んで歩いていた。そんな子供の頃からの知り合いだからなのか。二人は特に千代の可憐さに惹かれる事はなかった
三人が校舎の中を歩く。ユウを中心としたこのグループは特に目立つ
学園一の美少女である千代に、背も顔の偏差値も高く。運動もできるイケメンの光陽に挟まれ、どこまでも無気力な男がいるのだから。どこまでも目立つのだ
「もう! さっきの反応はなに? 二人は私みたいな美少女に声をかけられても嬉しくないの!?」
「「別に」」
「ノータイムで答えないで!? 乙女心に傷が着くから!」
騒がしい三人が同じ教室に入り各々の机に非常に軽い鞄を置いた。ユウは鞄を置いたあと、自分の席に座る。座った彼は視界の中で光陽と千代がこちらに来るのを眺めていた
そんな視界に一人の女子が割って入ってきた。セミロングの金髪に少しキツい目をしている
「芦川さん」
少女の顔を見てユウが呟いた。芦川結女。ユウ自身も気がついていないが、何かとユウに突っかかってくる学園一のお嬢様だ。可愛さでいえば学園二位
そんな彼女が机の上に両手を置いて睨みを利かせる。特に目を背ける事もせずユウはしっかりと結女の目を見続けた
「何かよう?」
「特にないわ! ただアンタが気に入らないから睨み付けているだけよ!」
なんという気持ちのいい答えだろうか。心の中で呟くユウは短い鼻息を一つしたあと、鞄の中から筆箱を出して教室の外を見ていた
「こっちを向きなさいよ!」
またやっている。だとか、どうしてあそこまで突っかかるのか。だとか、声がでかすぎる。だとか。そんな声がユウの耳には届いた。結女には届いていないのかユウから一切目を逸らさない
睨み殺さんとする彼女を落ち着かせるようにとある男子が、結女の肩を叩いた
「やめろよ結女。お嬢様らしくないぞ」
「……一輝」
結女が男の声を聞いてやっと振り向いた。ユウも男の方を見る
そこにいるのは、ユウと身長のほとんど変わらないうなじまで隠せるほど長い髪を一つに束ねた、垂れ目の男だ。名前は小鳥遊一輝。ユウの『元』親友
「淑女なんだろ? こんな事はしない方が良いぞ」
「……でも!」
「気にするなよこんな無気力なヤツ。相手にするだけ時間の無駄さ」
「良い事言うね一輝」
「む! 私の一輝を軽々しく呼ばないで!」
「それはゴメン。じゃあね。一輝君」
一輝は返事をすること無くユウの席から結女の手を引き離れる。その時、光陽と千代がすれ違う。視線が交差し四人は足を止めた
光陽が振り返り二人に声をかける
「一輝さ。いい加減、芦川さんの手綱を握れるようになってくれないかな? 学校に来る度、すっごく迷惑なんだけど」
「ふん! 黙ってなさいよあんな男の腰巾着風情が! 私の一輝に命令しないで!」
直ぐさま反応し、際限なく吠える結女を無視して光陽は一輝を見る。声をかけられは本人は振り返ること無く答えた
「結女の手綱を握るなんて俺にはできない。そう言う所が好きなんだからな」
半分答えになって、半分答えになっていない返答に光陽は肩をすくめた。そんな反応が気に食わなかったのか、結女が更に吠える
ユウはそんな光景を尻目にクラスを見渡していた
百九十を有にこえる筋肉の塊みたいな同級生が豪快に笑う姿
大きな三つ編みを持つクラス委員長はいつもの光景に頭を抑えながら首を横に振る
結女の腰巾着である二人の女子がユウを睨み
他の同級生は久々にあった友達との会話を楽しんでいる
そんな中、いつもとは少し変わった物が目に入る
ユウ達が入ってきた扉とは逆側の扉から、不登校と言っても良い生徒が入ってきた
正確には不登校ではなく、家庭の事情で出席を免除にされていたのだが。このクラスの中にその事を知る者はいない
彼女の名前は日影弥景。ベリーショートの黒髪に眠たそうな目をした少女
自然と教室に入ってきてユウと目が合った
まるでそれが鍵だったかのように、何か硬い物を劈く様な音が教室を包む。次いで教室に目を開けて入られないほどの強烈な閃光が起こる
誰もが耳を抑え、目を閉じる
この時、天才・兎月夕は世界を越えた
今回は三人称始点で進めて行きます。のんびり投稿して行くのでよろしくです
なんて大人しい後書きだろうか