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思い出ショウカ  作者:
2/3

女王の告白

 真原佐友里まはらさゆり――それが彼女のフルネームだ。

「『さゆり』なんて、響きが可憐すぎてわたしには似合わない」との本人の主張により、親しい者たちは彼女の名前をつづめて「佐里さり」とよんでいる。

 もっとも、氷の女王に対して「佐里」と軽々しくよびかける勇者は多くはなく、磨人は数少ない勇者のうちの一人だった。

 その勇者の頭を飛び越えて「つきあわない?」なんぞとぬかす身の程知らずは、蠱惑的な悪魔の微笑みを浮かべている。西日に照らされた相馬秀介は、まるで映画のワンシーンのように完璧だった。

 しかし磨人の女王陛下は、蚊を叩き落とすのと同じく寸分のためらいもなく、相馬の申し出を却下した。

「ええ即答? ちょっとぐらい考えようよ。」

「考えても結論は同じ。つきあわない。」

「どうして?」

「理由を教える義務はない。」

「だけど僕は振られたんだから、理由を聞く権利はあると思わない?」

「思わない。」

「そこまでばっさり……失礼すぎやしない?」

「何を言ってるんだか。まず、好きでもない相手に『つきあわない?』なんて言うほうが万倍失礼だと思うけど?」

「うわあ、取りつく島もないな。」

 相馬と佐里の会話を聞いていた磨人は、ぽかんと口を開けてしまった。

 ――好きでもない……相手? 

 腑に落ちたとたん、カッと腹が燃えるように熱くなった。

「相馬、おまえなあっ!」

「ストップ、ストーップ! 磨人、勘違いしたおまえの頭はカワイソウだけど、ふつう気づくとこだよ? クラスも委員会もいっしょになったことのない、接点がどこにもないのに、なんで僕が彼女のことを好きになったと思ったの。」

「なんでって、つきあいたいとかぬかしてたのはおまえだろーがっ!」

「そりゃ、真原さんとつきあってるって言えば、みんな納得してあきらめてくれるでしょう? 相手が女王様ならしょうがないな、って感じで。」

 熱烈すぎるファンがいるって、けっこう煩わしいんだ――と、聞く人が聞いたならはらわたが煮えくり返りそうなセリフを爽やかにつぶやき、あらためて、佐里ににこりとした。

「だから、フリだけでいいんだ。どうかな?」

「どうして、今の話を聞いたらノーだった答えがイエスになると思えるの。」

 佐里の声は、磨人でさえ息をのむほど冷たかった。

「つきあわない。以上。」

 さっさと歩きだす佐里を追いかけた磨人と同じように、相馬も後をついてきた。

「真原さん、もしかして好きな人でもいるの?」

「その人のことしか考えられない――という人がいる。」

 氷のように固い佐里の声と答えに、磨人の思考は凍りついた。

 予想もしていなかった。

 氷の女王が、だれかを、そんなふうに熱烈に想っているだなんて。

「だからわたしのことはほっといて。フリでつきあってあげられるような余裕なんてないの。」

 さすがにただならぬものを感じたのか、そこで相馬は足を止めた。

 たたずむ相馬を残して、佐里と磨人はだまったまま、ひたすら坂を下った。アスファルトの焼けるにおいが鼻につく。日がかたむいてもまとわりつくような蒸し暑さはあいかわらずで、お湯に潜っていくような息苦しさを感じていた。

 バス停にたどり着いてみれば、ちょうど出たばかりのところだった。あと二十分は来ない。

 それでも屋根がある分、西日にじりじりと焼かれながら歩いていたことを思えば快適だ。

 ベンチに腰を下ろした佐里のかたわらに立った磨人は、おそるおそる口を開いた。

「佐里……好きな奴、いたんだ。」

「奴とか言わないで。」

「ごめん。」

「…………」

「…………」

「…………」

「え、と、どんな人? 年上?」

「うんと年上。でも、考えようによっては同じ年。」

「わけわかんねー……。」

「わかんなくていいよ。」

「気ぃ、悪くした?」

「わたしがムカついてるのは、ぜんぶ相馬のせい。藤春は悪くない。」

 ――よかった……。いや、よくはないけど。

 佐里の表情をうかがおうとすると、ちょうどこちらを見上げていた彼女と目が合った。

 佐里はベンチのとなりをポンポンと叩く。

「座んなよ。」

 あと十八分。

 磨人が腰を下ろすと、佐里は小さく息をついた。

「藤春は、由良からなんにも聞いてないんだね?」

「由良? なんでここに由良が出てくるんだ?」

 苑井由良そのいゆらと磨人は、小学校一年生以来の幼なじみだ。

 中学の時分まではソフトボール部で活躍し、生徒会長も務め、口でも拳でも男子にまったく引けを取らず多くの武勇伝を母校に残した由良。

 そんな彼女だが、高校入学と同時に、まるで生まれ変わったかのようだった。

 ソフトボールをやめてから伸ばした髪をなんとツインテールに結わえ、それがまたしっくり似合っている。拳をうならせることもない。由良の過去を知らない男子たちからは、畏れではなく好奇とあこがれの目を向けられている。

 由良と佐里は入学早々馬が合ったようで、由良に引きずられるかたちで磨人は佐里と親しくなった。ダンス部に所属している由良は、文化祭に向けての練習がピークの今、佐里や磨人と帰る機会はほとんどないのだが。

「由良には話してあるんだ。……好きな人のこと。」

「なんで、由良ばっかり。」

 思わず、拗ねた本音がもれた。佐里は唇をゆがめて笑った。

「なんでって……聞いたら、引くよ?」

 氷の女王らしからぬ、泣きそうな笑い方だった。

「藤春はきっと引く。」

「決めつけるなよ。由良は、そんなことなかったんだろ? だったら俺だってケチつけたりしねーよ。」

 生温かい風が吹き、佐里の髪を遊ばせた。顔にかかりそうな横髪をかきあげて、佐里は磨人の目を、またしてもまっすぐにのぞきこんだ。

「うん。ま、引かれたっていいかな……。」

「よかねーだろ。」

「うん、よかないね。――日ノ宮先生、なんだ。」

「は?」

 あまりに唐突で、磨人は聞き返してしまった。

「なんだって?」

「ほら、やっぱり豆鉄砲くらったみたいな顔してる。」

「ちがう! これは、よく聞こえなかっただけで……」

「だから、うちの担任。」

「二のEの、担任。」

「そう。日ノ宮玲子ひのみやれいこ先生だよ。」

 女王陛下の告白は、たしかに青天の霹靂だった。


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