第勝話 「最弱の女」
「とりあえず、パンチャー山田さん。俺と浅黄に仕事をくれ」
ヘイがそう言うと、凍りついたような嫌な沈黙がその場を支配した。パンチャー山田の護衛はスキンヘッドの頭に血管を浮かべ、今にも殴りかかってきそうだ。
しばらくして、これはまずいと思ったのか、浅黄が助け舟を出す。
「あの、彼はまだ新人なので浅黄が一緒に仕事につきます!」
くすくすと、チェーカから嘲笑の声が聞こえる。
少し間があいた後、パンチャー山田はこくりと頷いて口を開いた。
「一週間後に開かれるコブレンツ公会議の先議を行った結果、ソダ派を異端とすることになった」
唐突な宗教の話は、ヘイ達の任務と関係していた。
彼の話はつまりこういうことだ。
ここゲルマン帝国は、何百もの諸侯が州を支配している。昔、その州の諸侯が信仰する宗派が、州の宗派となっていたが、それだと信仰が違う国民の争いが起きてしまう。
皇帝はコブレンツ公会議を設け、
リザヴァ派を国教とすることにした。本来なら、リザヴァ派もヴェンデーレ派も認めたいところだが、ヴェンデーレ派は商業主義を目指すという政治的思想も絡みついているから厄介なのだ。
更に、穏和な宗教政策をとるにしても、どうしても認められない宗派がある。
ソダ派だ。彼らは人々の血肉の中に「青」はあるとして、たびたび他宗派の信仰者を殺害して遺体を解体していた。
ヴェンデーレ派は国内でも多くの人々が信仰しているが、ソダ派はかなり少数派だ。
ヘイと浅黄は彼らの弾圧を任ぜられた。
「奴らは狂信者だ。どんな者であろうと徹底的に潰せ」
パンチャー山田は錆を帯びた太い声でヘイと浅黄に念を押した。
仕事を貰って喜ぶヘイとは対照的に、浅黄はあまり乗り気ではなかった。
なぜなら彼女は月曜と木曜にソダ派のイベントで食料を得ているからだ。だが、それで仕事を躊躇していては本末転等。ひとつの依頼で半年は遊べる報酬が出される。炊き出しなど不要だ。
「山田さん。浅黄のような雑魚にソダ派を任せてもいいのですか?ソダ派は炊き出しで浮浪者たちを従えてます。奴らの反乱だってあり得ますよ」
可憐な顔とは裏腹に、チェーカが辛辣な言葉を吐いた。何故ここまで彼女を虐げるのか。
ヘイの頭に小さな疑問符が浮かぶ。チェーカは言葉の裏に何か含んでいるのかもしれない。
浅黄はチェーカが苦手なのか、俯いてしまう。
「まぁ、そこで死ぬようならそこまでの者。青には届かないということだろう。緊急時は華ちゃんに任せよう」
「華ちゃんと言わないでください」
杜若華に釘を刺されたパンチャー山田は毛のない頭皮を撫でた。
「それにチェーカ。いくら神ローマ帝国の覇者であっても、真琴を侮辱するのはやめなさい」
彼女の黒くツヤのある髪と、民族的な髪飾りが揺れる。
「はいはい」
鋭い眼光で睨む杜若に、チェーカは目を瞑って気怠げに返事をした。
空気は最悪だ。
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帰りの馬車で、ヘイは浅黄と一言も話せなかった。
重い空気のまま、ボロい我が家に着こうとした時、浅黄が口を開く。
「順位みてもらったらわかるように、浅黄は白軍で最下層の実力なんです」
「俺のほうが下だけどな」
ヘイは外の過ぎ行く景色を眺めながら言った。
「多分、浅黄のほうが下ですよ。実力は...」
彼女は眉の端を下げて苦笑いを見せる。また少し気まずい空気が流れた。
(そうか、こいつは会議のたびに自信喪失してんのか)
「アルバート・オルコも浅黄のルームメイトだったんです。みんなは浅黄に新人研修の役割を押し付けて...結果浅黄はどんどん新人さんに抜かされていくんです」
彼女は今にも消えそうな暗い声で言った。ヘイは黙ってそれを聞いている。もしかしたら何と返せばいいかわからないのかもしれない。
「でも、嬉しかったです」
「何が」
ヘイは浅黄のほうを向いた。
「俺と浅黄に仕事をくれって言ってくれました」
「あぁ、まぁ」
ヘイは再び頬杖をついて外を眺めた。
太陽の光に照らされた古びた土造りの建物が近づいてくる。
「弱いなら強くなればいいだけだろ。俺は嘆く暇さえ惜しいと思っている」
彼女はハッとした顔をしてヘイを見る。ヘイは、昔の自分と彼女を重ね合わせ、自然とその台詞が溢れたようだった。
「そうですね。頑張りましょう...頑張りましょう!」
「まずは、仕事で金貯めて家具を買わないとな。麻の寝床じゃ寝つきが悪い」
彼が苦笑しながら言うと、浅黄もつられて笑った。