第紺碧話 「八人の探求者」
翌日、怒りでよく眠れなかったヘイの目の下にはアイシャドウを引いたかのようなクマができていた。
「ひとつ約束してください。絶対に暴れないと」
軋む扉を開いて外に出ると、本部への馬車が既に到着していた。御者は黒いスーツを着て威圧感があった。
神妙な顔をしてそう言う浅黄を尻目に、ヘイが馬車に乗り込むと
「ちょっと!待ってくださいよ!勝手に動かれると困るんです。例えルームメイトでも身の安全は保障できませんよ?」
と浅黄が言った。
「言われなくても暴れる訳ないだろ」
脚を組んで寛ぐヘイだったが、心中は穏やかではなかった。手も足も出なかった相手が同じ組織の中にいる。そしてそれは、自分が青を探すにあたっての障害になることをヘイはわかっていた。
(座席がある馬車なんて久しぶりだ...)
旅の途中、移動手段は貨物列車に乗り込むか家畜を移動させる馬車の後ろに乗るかだった。
彼は無意識に席の生地を撫でていた。
しばらく、生暖かい風に吹かれ、馬車に揺られていると、白軍の本部が見えてきた。
見上げてしまうほどの巨大な建造物。
ゴシック様式のそれは、高い尖塔と多くのステンドグラスがヘイたちを圧巻した。
「凄いですよね。昔は教会として使われていたらしいです。あの多くの尖塔は天井を支えるためにあるらしいですよ」
浅黄がヘイの顔を覗き込んで言う。
(ここはケルン大聖堂か...てことはメルヘン街道からケルンまで連れてこられたのか...)
ここゲルマン帝国(旧ドイツ)の皇帝は、何千年前かに倒壊したケルン大聖堂の修復を試み、見事当時の美しさを蘇らせた。
馬車から降りると、石畳の道が聖堂まで延びている。
ヘイは自然と身体に力が入ってしまった。
(恐らく紅鳶クラスの連中が何人もいるんだろう...下手な真似はしないほうがいいな)
「緊張してるんですか?大丈夫です!浅黄がついてますから!」
心の中を見透かされたのか、浅黄が控えめな胸をドンと叩いて言った。
随分上から目線だなとヘイは思ったが、身体の強張りが解消されてることに気づく。
「あぁ、たのむぞ」
「あれ、何だか素直ですね?」
「早く行くぞ」
ヘイは恥ずかしさから頬をかくと、聖堂へ足を動かした。
____
強烈な没入感を覚えさせる大聖堂の内部。祭壇の奥には会議用の石造りの机が設置されていた。
美しい音色のパイプオルガンが鳴り響く中、ヘイたちよりも先にここへ来ている青の探求者たちがいた。
空気は殺伐としており、今にも突発的な殺人が起こりそうである。
ヘイと浅黄の姿が見えると、坊主に白いパオを身に纏った男が「遅刻です」と呟いた。
男は生真面目な雰囲気を放っており、常に手を後ろで組んでいる。
「あ、すいません!すぐに座ります」
浅黄はさっきまでの威勢はどこにいったのか、低姿勢で硬い石造りの椅子に腰をおろした。
ヘイも続いて浅黄の隣に座ると、パイプオルガンの音色が突然止んだ。
一番奥に座っている黒いコートを着た男が、白い顎髭を触ってから始めるかと呟いた。
「それでは白軍の諸君、欠席者2名を置いて会議を始めよう。ヘイ君。君は今日からだったね?私は取締役のパンチャー山田と申す者だ。よろしく」
静まった聖堂に間の抜けた名前が響く。パンチャー山田は再び顎髭を触りながら口を開いた。
「欠席者は紅鳶とアルバートだ」
(なんだと...?じゃあナイフ取り返せねぇじゃねぇか)
愛用のシースナイフを持ち逃げされたヘイの怒りは頂点に達そうとしていた。
ところで、青を求める者達の順列は、殺人能力・任務遂行能力などを総合的に判断され、決められる。
最も順位が高い者には、皇帝が所有している「鳩のモザイク画」を見る権利が与えられる。
そのモザイク画は、今や絶滅されたとされる青が使われており、その事実は皇帝と白軍以外知らない。
しかし白軍のなかでは、自分たちを動かすためのデマではないかという噂が広がっており、順位はあくまでも戦闘能力を誇示するものに変わってしまった。
8位 ヘイ・ロウ(旧 中国)
7位 浅黄 真琴(旧 日本)
6位 アルバート・オルコ (旧 イギリス)
熱心な「青」のソダ派信仰者で、過去食人鬼として国民の畏怖の対象となった男。身勝手な行動が目立ち、順位は低め。
5位 チェーカ (旧イタリア)
神ローマ帝国(旧イタリア)のローマで名を馳せた戦闘狂。古典主義のもと復活したコロシアムで実力を磨いてきた。
真っ白なボブカットの髪の女性、腕には小手を付けている。
4位 イヴ (不明)
見た目12歳の少女、ダッフルコートを着てフードを被っている。髪はブロンドで、長い前髪のせいで表情が見えない。紅鳶からはシャロットと呼ばれる。
3位 杜若 華(旧 日本)
和装に日本刀を携えた女性。落ち着きがあり、黒く長い髪と美麗な容姿は目を引く。
2位 ブラックマスク (不明)
黒い覆面をした大男。拷問専門で、紅鳶が連れてきた捕虜を拷問にかける。言葉はあまり発しない。
1位 紅鳶 (旧アメリカ/旧 日本)
現在最も青に近いと言われる男。自らが率いる「白軍隊」を武器に、様々な事件を解決している。
「と、まぁこんなところ」
浅黄はイマイチ現状を把握しきれていないヘイに耳打ちで説明した。
「なるほど、それであのハゲは」
「あの人はパンチャー山田さんの護衛さんです。というかパンチャー山田さんもハゲですね。紛らわしいです」
浅黄は目を真ん丸にして言う。
(紅鳶は当然一位...だが組織の半分が女か。4位はガキだしよくわからん)
ヘイは、屈強な男達の集団とばかり想像していたので、期待を削がれてしまったようだ。ツヤのある机の上を人差し指でコツコツと叩いた。
「とりあえず、パンチャー山田さん。俺と浅黄に仕事をくれ」