第孔雀青話 「シースナイフと日本刀」
風が吹けば倒れてしまいそうな家の中を、ヘイは傷の痛みも我慢しながら掃除していた。
箒で埃をはき、濡れた雑巾で軋む床と壁を拭く。
(年頃の女の部屋とは思えないな)
一仕事の後に出た汗を拭きながらヘイはそう思った。見たところ彼女は二十歳にも及んでいないだろう。そんな生娘がホームレス紛いな生活をしているとは感慨深い。
部屋の中には家具らしい家具も少なく、古びた木製の机と椅子が佇んでいる。
「草と水と空気で生きてるのか?仙人じゃあるまい」
セーラー服の洗濯をしている浅黄に問う。
「月曜と木曜にソダ派のイベントに参加してお肉を貰ってます。あと、水曜日と日曜日には浮浪者の炊き出しに混ざってスープをいただいてますよ?」
浅黄はそれが当たり前のことであるかのように言った。
ヘイは面食らってしまい、頭をぽりぽりとかく。
「なんですかーその目はー」
(仕事が貰えるまで俺も混ざらないといけないのか...)
先が思いやられ、不安の色が顔に浮かぶ。その一方、ヘイにある疑問が浮かんだ。
「ソダ派のイベントってなんだ?」
「説教を最後まで聞いたら猪の肉をただで食べられるんですよ!3時間くらいありますが寝てれば余裕です」
何とも胡散臭い話だとヘイは思う。
会話が途切れ、少しの沈黙が漂い、ヘイは妙な気まずさを感じた。久しく女性とは話をしていない。というよりは人と会話をしていなかった。
「その民族衣装はなんなんだ。大和国のか?」
ふと、彼女が何着も持っているセーラー服に興味を持った。
「これですか?これは大和国の伝統衣装、言わば公務における正装ですね。きっと流行りますよ」
「流行るかどうかは置いといて、機能性は良さげだな。それにその...」
ヘイは馬車に乗っている時から気になっていた日本刀を指さした。
浅黄は黒い光沢のある鞘を掴み、抜刀してみせた。
「片刃に長い刀身...突くのも斬るのもできるのか...これは...素晴らしい」
今まで見たことのない美しい反りを見せる日本刀を目の当たりにして、ヘイは生唾を飲んだ。
「鉄鬼三日月...浅黄の家に代々伝わっている日本刀です。噂では絶対に折れないとかなんとか」
浅黄はまるで自分が褒められているように頬を紅潮させて言う。
「絶対に折れない...?」
ヘイは彼女の最後の言葉に反応をみせた。
「えぇ、まぁ噂ですよ?」
「俺のこの二又のナイフはどんなものでも斬り刻めるぞ...。修行していた道場で貰った貴重なものだ。あれ、俺のナイフ...」
太腿のナイフホルダーには、主を失った空間だけがポツリとあった。
「ない...どこだ...」
ヘイは顔面蒼白になって辺りを見回す。
「あぁ〜、あの最悪なナイフですか?刀身は重いわ扱いずらいわで最悪でしたね」
浅黄は肩を竦め、掌を上に向けてみせた。
「てめぇシースナイフどこにやった!?」
ヘイは浅黄の肩を掴み目を充血させて言う。
「馬車に乗る前にアルバート・オルコが持っていきましたよ?明日の全体会議で会えると思います」
豹変したヘイに狼狽えながら浅黄は答えた。
「殺す」
「物騒ですね...。まぁでも、私も鉄鬼三日月が誰かに使われたら、その人殺しちゃうかもですね」
「あれは俺の宝だ。絶対にそいつを殺して冷たい手からもぎ取ってやる」
怒りに満ちた顔つきで言うヘイを見て、浅黄は下手くそな口笛を吹きながら洗濯に戻った。
(私がナイフで遊んでたらアルバートに奪われたとは言えない...)
彼女はいつもより念入りにセーラー服を洗ったのだった。