第藍鉄話 「脛をしゃぶり尽くして」
石畳を叩く蹄と、馬車の揺られる音で目が覚めた。
意識が明確になっていくにつれて、切れた口と顎に激痛が走る。
「...っ!なんだここ...」
死ぬのを覚悟していたのか、まだ自分の体が動くことに驚いている様子だ。
鉄の手錠と、足枷を嵌められて身動きがとれない。
向かい側には、見慣れない服装を身につけた女性が座っていた。
彼女は、黒光りする日本刀を抱えてこっくりこっくりと眠っている。
「おい、おい女。起きろ」
ヘイは小さく渇いた声で彼女に呼びかけた。
女性は後ろで括った長い髪を揺らしながら、重い瞼を開けた。
「あ、どうもおはようございます。私は白軍8位、浅黄 真琴と申します」
彼女は国柄に似合わない黒のセーラー服を着ていた。胸にある赤いスカーフを見て、ヘイは紅鳶を思い出し不満を感じる。
「あ、どうも。じゃねぇよ...お前俺をどうするつもりだ。あの雀斑はどこに行った?8位って何だ...?」
唇が切れて血が出るのもお構いなしに、唾が飛びそうなくらい勢いよく言った。
「浅黄が聞いたのは、あなたを白軍に招くってことくらいですよ?」
浅黄はキョトンとした顔でヘイを見つめた。
「なんだと...?」
「その案内係こそ、今は亡き大和国出身の私、浅黄なのですよ」
ヘイは自分の控えめな胸に手を置いて語りだす彼女に苛立ちを覚えたが、深呼吸して落ち着きを取り戻した。
「大和国...」
かつて列島として存在していた国。今は新漢という国の保護国となっている。
「ちなみに紅鳶隊長も大和国出身ですよー」
「奴の名前か」
「はい。紅鳶隊長は白軍の中でも最も青に近い男と言われているんです」
(青に最も近い...?何を言っているんだこの変人は)
状況を飲み込めない中、ヘイの頭にある言葉がよぎった。
俺も青を見てみたいものだ。
「奴も青を探しているのか...?」
「探しているも何も、白軍は青を求める組織ですよ」
聞いていた情報と違う。ヘイはそう思った。
本来、白軍は「青」に関する事件を解決する組織だが、その裏の目的は、誰よりも早く「青」を手に入れることだった。
「白軍は青を求める荒くれ者の集まりですからねえ。あ、でも紅鳶隊長が指揮する軍隊はよく統率がとれてますよ」
どうやら紅鳶の持つ軍は白軍から独立しているようだ。それを統率する者が白軍に籍を持っているというだけのこと。
(なるほど...青が絡んでる事件をしらみ潰しにあたっていけば、青を見つける確率も高くなるって訳か...)
ヘイにとっては悪くない話だ。
旅の資金も尽き、明日の宿さえない彼には白軍に入る他ない。
「あのー、浅黄がルームメイトなんでよろしくお願いしますね」
「は?」
「ルームメイトです。どうせ宿がないんでしょう?あなたはしばらく浅黄の家で厄介になるんですよ」
(厄介になるとか自分で言ったよコイツ。まぁいい、青を見つけるまではコイツの脛をしゃぶり尽くして命を繋ごう)
どんどん考えが卑屈になるヘイであった。
馬車が止まると、ヘイは浅黄に首元を掴まれて外へ放り出された。
見た目と違って随分乱暴な真似をする彼女に、ヘイは若干の恐怖を感じる。地面に叩きつけられた腕が悲鳴をあげた。
「ここが浅黄の家です」
彼女が誇らしげに見せつけたそれは、廃墟と見紛うほどのボロ屋であった。
屋根の瓦は剥がれ、土造りの壁にも亀裂が走っている。ヘイは唖然とした。
「違う違う。これは廃墟。これは廃墟だ」
「失礼ですね!浅黄は稼ぎが少ないのでここで暮らしているんです」
「め...めしは?」
「その辺の草を食べて腹をくだしていました。たまにある炊き出しは重宝してますよ」
ヘイは気づいた。この女の脛は齧り付けるほどの肉がないことを。
(何だよコイツ...宿のあるホームレスじゃねぇか...)
負傷の痛みなども忘れるほど、ヘイは茫然自失してしまった。
「明日、会議があるんで。そこで仕事を見つけましょう。ところで...あなたの名前は?」
「ヘイ...ロウ」
行き場のない無念さが彼の声を包んだ。