第黒鳶話「大通りの決戦」
バイクで風を切り裂きながら走る2人はある作戦を考えていた。それはあまりにも危険だが、この状況を打破できる最善の方法である。
馬車の周りを走っているストロールマンがこちらに気づいて踵を返して迫ってきた。ミリオンはマシンピストルを取り出して彼らに鉛玉を浴びせる。
威力は弱いものの、自慢の連射速度で弾幕を張った。
「撃て!」
ミリオンの合図と共に、チェーカは彼の腰に据えてあった二丁のハンドガンを抜いて、上体を反らしながら後方から来るストロールマンを撃った。
「杜若。彼奴らが来たス」
虞蔵の言葉を聞いて杜若は後ろを振り返る。バイクの光が彼女の眼を照らした。
「何だ...あれは」
「馬鹿デカい音を立てて走ってきやす。恐らく儂らより速いかと」
「構わん。あんな小物ならひとつ攻撃を浴びせて終いよ」
彼女の思惑は間違っていた。貨物用の馬車は巨大なため、大通りしか走れない。対してミリオンのバイクは小回りも効き、相手を追尾するのにはうってつけなのだ。
馬車の中で、レイラは緊張を張り詰めていた。いよいよ対峙する時が来たのだと。
「そのぬいぐるみは...?」
「これがないと...不安なの」
いつの間にかイヴの手元にあったクマのぬいぐるみ。どうやら間に合ったようだ。人型の葉っぱはぬいぐるみの埋まった場所まで歩き、それを掘り起こし、近くにいたストロールマンに張り付いていたのだ。
ぬいぐるみを持った彼女は千人力だ。
彼女の頭の上では人型の葉っぱが寛いでいた。
(ご苦労様。本当に助かったわ...)
シートの隙間から光が差す。恐らくバイクの光だろう。レイラは後部に垂れているシートを開けようとはしなかった。彼女もベテラン。イヴがどこにいるかわからなくすることで、安易に射撃させない作戦だ。
ミリオンはバイクを速め、ストロールマンと馬車を抜かして100mほど走った。ここからは完全に運の勝負。
(さっきストロールマンの背後にイヴの縫いぐるみが張り付いていたな...なら、ユグドラシルの種で幾らかの衝撃にも耐えられるはずだ...)
バイクで走る中、ミリオンは貨物車両に潜り込むイヴのぬいぐるみを視認できていた。
「準備はいいかチェーカ!」
「...はいよ」
彼女が低い声でそう答えると、バイクは一瞬速度を緩め、その隙にチェーカがバイクから降りた。
転がるようにして地面に着地し、勢いを殺す。彼女は振り返り、迫り来る馬車に刃を向けた。
「頼むぞ...イヴ!」
寸前で馬車をかわし、後部車輪に剣を切り入れる。とてつもない衝撃が腕に伝わるが、彼女は歯を食いしばって車輪の部品を一部破壊した。
バランスを崩した馬車は横転し、近くにあった石造りの家屋に突っ込んでしまった。
馬の悲鳴と、車輪が回る音が路地にこだまする。バイクを降りてきたミリオンがチェーカのもとに寄って「やったか」と呟いた。
「イヴは...」
貨物車両の中、レイラは不思議な感触に包まれていた。森の香りと身体を優しく包む蔓が五感を刺激する。
「どうなって...」
彼女は球体になった蔓を掻き分け、外に飛び出した。
(そうか...!!完全に忘れていた!)
何故あれほど強烈だった体験を今の今迄忘れていたのだろう。
あれは博物館で、初めてイヴと戦闘になった時のことだ。彼女は確かにぬいぐるみの背中から種を取り出して植物を自在に操っていた。
(その気になれば...さっき私を殺せたのに...)
彼女の頭に疑問符が浮かんだ。何故自分を助けたのか。イヴの姿を探すと、彼女は横転した貨物車両の中で頭から血を流しながら倒れていた。
「馬鹿!何してんだ!何で自分を護らないんだ!」
レイラはイヴを抱きかかえて叫ぶ。
彼女はゆっくりと目を開けて微笑んだ。
「やっぱり...力が衰えていたみたい...もう森に頼らなくていいよって...あなたの傍にはあなたを護ってくれる人がいるよって...」
「もういいしゃべるな!」
レイラは急いで包帯を取り出し、彼女の頭に巻きつける。
「どこか痛いとこはないか?他に強く打ってないか?」
「うん...大事な所は蔓で護ったから」
「頭...護れてないじゃねーか」
「あ、ほんとだ...」
イヴがそう言うと、レイラは「ばか」と呟いて再び彼女を抱擁した。
一方、ミリオン達は驚異の瞬発力で馬車から離脱していた虞蔵と杜若と対峙している。
「あ〜あ、やってくれたなぁ。これからが本番って時に...」
杜若が頭を掻きながら言う。
「で、対戦カードはどうする?僕は全然華ちゃんとやってもいいんだよ?」
「野郎は野郎同士でやっててよ。虞蔵」
彼女が合図すると、虞蔵は髭の生えた顎をくいっとあげ、「場所を変えよう」の合図をした。
「え、めんどくせ。はぁー、めんどくせ。場所変えんのかよ〜。めんどくせ。くっそ、華ちゃんとやりたかった!華ちゃんと!」
ぶつくさ言いながら虞蔵についていくミリオンを見て杜若は呆れ顔をしていた。
「ミリオンか...」
彼女の一言は、何故チェーカがあの状況から生き残れたかという疑問に対しての言葉だった。
「イヴは」
「レイラが面倒見てるわ。まぁ、決着が着くまでは殺さないから安心して...それより、よくまた闘おうと思ったわね。私と。勝算はあるの?」
「ある。私の出せる全てをこの闘いに捧げる」
「ふふっ」
緊迫感と緊張感で彼女は押し潰されそうだった。圧倒的な実力を誇る者の威圧。ヘイですら身をボロボロにしながらやっとドローに持ち込めた相手だ。
だが、そんなことはこの際どうでもいい。問題は勝てるか否か。いや、勝つか否か。
「白軍第5位チェーカ。参る」
彼女は剣の鈎を回し、双剣にした。
元々、この剣は2つの剣がひとつになっているもので、いざという時には双剣として使用することもできる。
「白軍第3位杜若 華。よしなに」
杜若はそう言って【慚愧新月】を抜刀した。近くにあるガス灯しか明かりが無く、相手の顔すらはっきりと見えない。
誰もいない大通りで決戦が繰り広げられた。
...
......
.........
「何でストロールマンも付いてくんのかなー」
移動中、ミリオンは子供のように虞蔵に言った。
「当たり前でしょう。あちらの闘いは既に勝敗が決まっている。問題は主をどう攻略するか...」
「勝てる訳ねぇのに」
ミリオンが吐き棄てると同時に虞蔵が立ち止まって振り返った。
「その腰に据えてあるナイフ...」
「あぁ、ヘイのやつな。返すの忘れてたわ」
「面白い。これは面白い」
「いやおもんねーけど...」
「こちら、【康煕周月】はある中国の鍛冶屋が手掛けたものス。ここを」
康煕周月の肢には紅葉の欠けた紋様が入れられていた。
ミリオンもヘイのナイフを取り出して肢を見る。
「同じ...紋様」
「左様。全ての物を斬る刀。全ての物を斬るナイフ。使用者のことは全く考えられておらず、使用者がナイフに合わせた技術を磨き上げなければならない」
「これさぁ、刃交わしたらどっちが斬れるんかなぁ」
「だから言ったでしょう。...面白いと」
虞蔵がそう言うと、ミリオンは頭巾の裏側で口の端を釣り上げてニヤリと笑った。




