第黒橡話「放課後ショケータイム」
先程まで明るかった空は黒ずみ始め、夜のカーテンが引かれる。寂寞と恐怖が校内を支配し、今にも精神が狂いそうだ。
子供たちは極度の緊張状態が続いたからなのか皆青ざめた顔をして親に擦り寄っている。屍の足音と唸り声が頭に響く。
(ブラックマスクは大丈夫なのか...?まだ公園にいるはずだが)
チェーカは暗闇越しのガラスに映る自分の顔を見ながら考えた。
その時、外から聞こえるひたひたという足音とは違う下駄と床がぶつかる音がした。
全員が息をのむ中、教室のドアが吹き飛び、金髪のポニーテールの子にのしかかる。
「おやおや、恐怖に震える針鼠達よ。最後のクラスはここだったか...」
「華!!」
思わずチェーカが叫んだ。杜若は少し驚いた顔を見せ、その後に口の端を吊り上げた。
「おや...チェーカ、それに...イヴ...。我が懐かしの友よ」
杜若は両手を広げて大袈裟に言ってみせ、チェーカを煽る。彼女は杜若の白々しい態度に苛立ちを感じながらも、子供らを護るために先頭へ出た。
「こいつらは何だ?またお前が絡んでいるのか!」
杜若の隣には彼女の傘下であるかのようにストロールマンがずらりと並んでいる。息を荒げながら肩を上下させ、突っ立っていた。教室内には張り詰めた空気が漂う。
いつ彼らが気を立てて襲いかかってくるかわからない。そうなればここにいる子ども達は全滅だ。
もしかしたら外で起こった惨劇がここでも起こることを頭で考え、チェーカの背中に冷たい汗が滲む。
「ふふ。貴方達が平和に逆上せている水面下で私達は時を待っていた...大和を復活させる時を。その手始めが貴方達元白軍を始末することだ」
「元白軍...?」
「あぁ。私を含め...元白軍は世界的にもかなりの実力者だ...。それが国防に回ると厄介だからね。貴女方には死んでもらうわ」
「待て...私だけでいいだろ。この子らは関係ない」
嫌な汗が頬を伝う。杜若を刺激しないように、腫れ物に触るように言う。
杜若は片方の眉を顰め、不敵に嗤いながら口を開いた。
「いいだろう。チャンスをあげるわ...貴方達、ちょっと端に寄りなさい、危ないわよ」
彼女はそう言うと子ども達を散らせ、教室の真ん中に円を作った。
「何をするつもりだ...」
「来なさい。元白軍なら武道くらいいくつかできるはずでしょ?ここで私を殺せれば子ども達を救えるわよ」
彼女の提案。それはチェーカにとって悪くないものであった。
(ヘイによれば華の武器は日本刀と光学迷彩の大蛇...でもこの好条件なら徒手格闘だけで勝負がつく)
白軍3位と正攻法で闘う余裕などない。チェーカは条件を飲み込んで腕を構えた。
「お、おねぇさんが闘うの...?」
「うん。危ないからさがってて」
震えながら聞く男の子にイヴが冷静に答える。彼は足で地面を蹴って後ずさった。
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「ケルンのアメリゴとシュシュから暴徒による住民殺害が相次いでいるとのことだ」
「暴徒...?ヨーゼフ教父を逃すためか?まぁシュシュちゃんがいるなら問題なさそうだけど。僕も行ったほうがいい?」
コブレンツにある安いレストランで、2人の男が会話をしている。片方は白髪でオールバックの中年、もう1人は帽子を深く被った屈強な身体の男だ。
帽子の男は咀嚼物を口の中で見せながら無駄話に耽るが、中年のほうは彼の下品な態度に眉間に皺を寄せた。
「ったく...もう少し行儀良くできないのか」
まるで子どもに説教をする父親だ。
「うっせぇな老害、とりあえずこれ食ったらケルンに向かうから、シュシュちゃんによろしくねぃ」
剽軽な帽子の男は、半分残っているステーキを丸めて口に詰め、レストランを出て行った。
彼の去った後も、中年は何もない空間を煤れた瞳でみつめた。
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割れた窓から冷たい風が流れ込む。外はすっかり暗闇に包まれ、窓には自分の怯えた顔が写る。
「68...69」
「...あぁっ!」
教室の床に飛沫する血。派手に倒れる白い髪の女性。彼女の唇は切れ、内臓をやられたのか腹を抱えて蹲っている。
「情けないな。神ローマ帝国随一のグラディエーターがこの程度...惚けるのも程々にしろ」
「...この野郎!」
鋭い目で杜若を睨みつけ、痛みに軋む足で何とか立ち上がり彼女に向かう。
チェーカは左のフックを仕掛けたが、それをかわされ、胸と頬に掌底打ちを食らった。
「ほれ70...野郎?無粋な女だ」
半目で彼女の動きを見極め、余裕の表情で反撃する。チェーカはまるで相手にされていなかった。
呼吸を損なわれたチェーカに杜若は足払いをして地面に倒す。
骨と床がぶつかる音と共に激痛が彼女の身体に迸る。
「どうやら、勝敗は決まったようだな...」
彼女は他のストロールマンよりも一際体格の良いスターガールの洗骨から日本刀を受け取り、抜刀する。
「ここで切り刻まれるがいい...」
刃を彼女に向け、突き刺そうとしたその時、金髪でそばかすのある男の子が杜若の懐に飛び込んだ。
「...?」
「やめろ!もうやめろ!!」
人の殴り方もわからない純粋な子が見せた小さな勇気。それはかつて自分を圧迫する敵に、無邪気に刃向かう自分の姿に似ていた。
「...小僧...」
「うぅ...」
「天晴れだ」
少しの間の後に、杜若は刀を鞘に収め、少年をどかしてチェーカの髪を掴んだ。
そしてそのまま教室の窓を開け、彼女の身体を外に放る。2階から落ちた彼女の身体は地面に叩きつけられた。
「メアリー」
杜若がスターガールに合図を送ると、彼女は指をくいっと振って洗骨と堯骨を動かした。
「さぁ、彼らは今チェーカを八つ裂きにしに行きました。それじゃあ、イヴ、貴女ともう既に捕らえているブラックマスクの処刑を執り行うわよ」
(...!?ブラックマスクが捕まった?)
白軍内でも随一の戦力を誇る彼が捕らえられたという事実を聞いて、イヴは動揺の色を顔に浮かべた。誰もがどこかで思っていた。ブラックマスクがいれば何とかなると。イヴの【ユグドラシルの種】があれば戦況を変えられると。
だが現実は甘くなかった。2人は杜若に連れられ、体育館のステージの上に手足を縛られて座らされた。
クラスの子たちはストロールマンに連れられてステージの前に並ぶ。
「も、もういやだぁ...」
「誰か...助けて...」
放課後の処刑タイム。クラスメイトがステージの上で殺される。
(ブラックマスク...外傷は少ないけど...どうしたんだろ...)
イヴは横に座る彼の顔を見て思った。
クラスメイトたちは皆死人のような表情をしている。体育館が嫌に静かに感じた。
「さて、観客も罪人も揃ったことだ。処刑を始めよう」
杜若がステージの真ん中にあるスタンドマイクに向かって言い放つ。
端には難しい顔をしたレイラ・ヴェル・ガネスと虞蔵大次郎が立っている。
杜若は脇差を抜くと、イヴの口を無理矢理こじ開け、刃を薄紅色の舌にねじ込んだ。
「あっ...があっ...ごふっ」
口の中が切れ、血が口から溢れる。
「貴女も、種が無ければ只の小娘...もう何の価値もないわ」
彼女はそう言うと刃をイヴの頬の裏に押し当て、それを思いっきり引いた。
金属の冷たい感触と共に肉が切り裂かれる気持ち悪い痛みがイヴの表情筋に伝わる。
「...っ!!」
更に脇差を振り上げ、彼女の脳天めがけてそれをおろした。
しかしその切っ先は、黒い布に覆われた腕に突き刺さり、鈍い音を立てる。
「姐御...!!もう只の子供なんだろ!?やり過ぎだ!」
あまりの非道な行為にレイラは思わず声をあげた。彼女は刃がイヴの頭に刺さる直前に腕で庇ったのだ。ハンカチを取り出し、裂けた頬から夥しい量の血を出すイヴを労わる。
「うぅ...」
見るも痛々しい、頬の裂けた少女。
まだ10歳そこらの子だと勘違いしていたレイラにとって、この状況は堪え難かったのだろう。
「レイラ...女子供関係なく依頼に応じて人を殺してきた貴女が何を言うの?」
「この娘は私に任せてくれないか...?頼む姐御...」
しばし沈黙が続く。
「いいだろう。なら、貴女が殺めてあげなさい。逃がそうものなら...貴女もこうなるわよ」
「...」
レイラは息を飲むと、深く頷いて片腕でイヴを持ち上げ、ステージの端から外へ出た。腕に突き刺さった脇差もそのままに、血を撒き散らしながら。
「それに...私の本命はあなたよブラックマスク」
杜若の目はどんよりと黒ずみ、彼を見下ろす。何の反応もない彼の顔に膝蹴りをいれ、地面に倒すと腹を踏みつけて唐傘の先端を彼の顔の前に向ける。
「炎は恐ろしいか?愚鈍よ」
その瞬間、子供らを含め体育館は熱風に包まれた。唐傘の先端からは火炎放射器のように真っ赤な業火が吹き出し、ブラックマスクの顔を焼いた。
手足を痙攣させる彼に構わず炎は彼の頭部をステージごと焼き尽くす。
炎はステージから幕に移り、高く赤いゆらゆらが昇っていった。
子供らの目からは涙が溢れる。
それは火炎の熱によるものか、それとも無惨に散る命を見たからか。




