第青白磁話 「ロシア式殺人術」
フィリップスの装備を回収していると、ポケットから一枚の写真が出てきた。7歳前後の娘と妻らしき人物とフィリップスの3人が笑顔で写っている。
ヘイは、塩辛い気持ちになりながらも、その写真をフィリップスの胸元に置いた。
その直後、弾丸の嵐が監視室の扉を貫通してヘイに襲いかかった。
反射的にデスクにある椅子の収納スペースに隠れやり過ごす。
(来たか...)
ヘイは相手を殺すこと以外の感情を払拭して、目の前の敵に集中した。
ホルダーからハンドガンを取り出し、安全装置を外す。
一瞬の沈黙の後、半開きになった扉からフラッシュが投げ込まれた。
突入する気らしいとヘイは感づき、フラッシュバンの角を狙ってトリガーを引いた。
弾が命中すると、フラッシュバンは勢いよく回転して部屋の外に吹っ飛んでいく。相手の目を眩ませようとして投げ込まれたフラッシュバンは、逆に自分の目を眩ませることになったのだ。
ヘイはダッシュで部屋の外へ向かい、決着をつけに行く。
地面に溜まった血を利用して、スライディングしながら外へ出た。
だが、そこに紅鳶の姿はない。ヘイは無駄に血塗れになって情けない体勢をとっていた。
(...?)
彼はふと廊下の上を見てみる。無駄に高いガラス張りの天井が見えた。
次に廊下の壁を見た。
すると、ひとつの通気ダクトが目に入った。
(まずい...!)
ヘイが背後を振り向くと、既に紅鳶がハイキックをかます直前であった。
咄嗟に腕で受け止めるも、急襲により体勢が崩れてしまう。
(通気ダクトを通って室内に潜り込んだのか...!?)
フラッシュバンはいわば囮。相手に「俺は外にいるぞ」と錯覚させるための罠だったのだ。
フラッシュバンを投げてからヘイが状況に気づくまで、監視室に潜入する時間は十分ある。
ヘイは自分の失敗を悔いながらも、紅鳶をどう攻略するか考えた。
ハイキックを入れられ、体勢が崩れたヘイだったが、不思議なことに紅鳶は追撃をやめた。
どうやら狙いは手に持ったハンドガンを蹴り落とすことらしい。
鉄製のそれは、鈍い音を立てながら廊下の隅へ転がっていった。
「貴様は俺に拳を掠めることすらできない」
紅鳶は虫ケラを見るかのような冷たい眼差しをした。
「...」
ヘイは黙りながらも、相手が肉弾戦を望んでいることを察した。
それと同時に、彼は自分の腕をもってすれば、この窮地から脱出できるとも考えたのだ。
ヘイはひとつ深呼吸をすると、全く構えない紅鳶に向かって右ストレートを繰り出した。
鳩尾を狙ったつもりだったが、次の瞬間にはヘイは地面に倒れこんでいた。
(何が起きた...?)
ヘイは顎と腹の痛みを感じ、自分の攻撃が相手をとらえる前に、相手の攻撃を2発喰らわされたことを理解した。
(システマ殺人術かよ...)
構えも無く、相手の技を巧く捌いて急所を狙う過去ロシアの殺人術だ。
腹を抑えながら立とうとするヘイの頭を、紅鳶は両手で掴み、膝蹴りをきめる。
頭の中でキーンという不快な音と共に、ヘイの歯が飛んでいった。
紅鳶は闘いに飽きたのか、ヨロヨロになったヘイを足払いで地面に倒し、隊員と連絡をとった。
「あぁ、終わった。...期待したものとは違ったようだ」
冷え切った声でそう言うと、違和感がある自分の足を見る。
ヘイが紅鳶の足を掴んでいた。
「何か用か」
「死ぬ前に...ひとつだけ聞かせてくれ...この世界に青は...あるのか」
しばらく間があいた後、紅鳶は髭のない顎をさすり、何かを考えているような表情をした。
ヘイは血の泡を吐きながら地面に頬をくっつけている。
しかしその手はしっかりとブーツを掴んでいた。
「...知らないな。俺も青を見てみたいものだ」
次の瞬間、サッカーボールのようにヘイの頭は蹴られ、彼の意識もそこで途絶えた。