第水縹話「二又のナイフ」
ガラス張りの天井から太陽の光が廊下を照らす。スカーフをしていても、血の乾いた臭いが紅鳶の鼻を突いた。
彼は忍者のように、慎重に廊下を進む。ライフルを構え、ハンドガードを握る手に自然と力が入った。
久々に殺り合う。彼の言葉は、善悪に関係なく命の駆け引きを楽しんでいるように捉えることができる。
久々の大物だから俺に闘わせろ。と訳すのが正解だろう。
監視室の付近まで着くと、彼は観葉植物の陰に身を隠した。
(2人とも室内でやられてやがる...)
紅鳶の鋭い眼光が半開きのドアの奥に倒れている死体をとらえた。
4分前。ヘイ・ロウは室外に何か異変を感じて扉のすぐ脇に控えた。
直後に、勢いよく扉が開き、隊員が突入する。ヘイは躊躇わずに右太腿にあるナイフポーチから二又のシースナイフを取り出した。
ジェイルが横目でヘイをとらえたその瞬間、彼の頸動脈はナイフで裂かれていた。夥しい量の血液が彼の首からリズムを刻んで流れ、床に倒れこむ。
それを見た後方のフィリップスは前蹴りでヘイを突き飛ばし、ライフルを構えた。
しかし、銃口から弾が出ない。
フィリップスがふとフロントサイトを確認すると、丁度銃の真ん中にナイフが突き刺さっていたのだ。
フィリップスの蹴りを喰らう傍ら、ヘイは愛用のシースナイフとは別の投げナイフを放っていた。
それは元から軌道が決まっていたかのように、まるで弾丸のようにフィリップスのライフルを切り裂いた。
彼は使い物にならなくなったライフルを捨て、腰に据えたダガーナイフでヘイとのタイマンへ持ち込んだ。
体格だけなら、ヘイよりもフィリップスのほうがうんと大きい。
だが、用心すべきはヘイの瞬発力とナイフ術だ。傭兵の中でも、トップクラスの腕利きとなれるだろう。
2人は一定の距離を保ちながら、やたら広い監視室で円を描くように足捌きをした。
先手はフィリップス、間合いを詰め、右手に構えたナイフを横一線に振るう。
しかしヘイはそれを楽々とかわし、フィリップスの太腿に、逆手で持ったナイフを突き刺さした。
「ぐぁぁっ...」
フィリップスは腹の底から低い呻き声をあげる。ヘイはナイフを太腿から抜くと、そこに蹴りを加えて膝を崩させた。
体格で勝るフィリップスでも、これにはお手上げだ。
隙をつくったフィリップスの頭に、ヘイは足を挟むようにかけ、地面に押し倒す。
袋をピンでとめているような形になり、フィリップスは完全に自由を失ってしまった。
ヘイは彼の頭を抱え込み、力のかぎり捻った。ミシミシと頸椎が捻じ切れる音がした後、彼は痙攣しながら絶命した。
「これがあの白軍の一員か?拍子抜けだな」
息絶えたフィリップスの死体を放る。
血の池を作って倒れているジェイルと、首を明後日の方向に曲げたフィリップスを横目に、ヘイは監視モニターを操作する。
モニターの映像を切り替えると、そこには既に鎮圧されたヴェンデーレ派のメンバー達が映った。
「おいおいなんだよ...やっぱり先払いにしてもらえばよかった」
彼は栗色の髪の毛を掻き毟り不満を表す。それも無理はない。この時点で彼の報酬は消え、ついでに命さえも危うくなってしまったのだから。
「おっと、誰か来るな。...白軍の大将か。こいつを狩って旅の続きをさせてもらうぞ」
そう呟くと、彼は二又のシースナイフをひと撫でしてから戦闘準備にとりかかった。