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青ノ概念  作者: Suck
第三章 灰色の狼
18/53

第水浅葱話 「ビッチと呼ばないで」

18:00 大和国


海上に異変が起きた。


巨大な泡が浮かび上がったかと思えば、60m超えの灰色の潜水艦が姿を現した。


赤く染まった海から突如として出現したそれは、朱色の海水を飛び散らせ、周囲を威嚇するかのようにごうごうと唸る。


ハッチが開くと、中からグリブニックとルスカーヤが姿を見せた。


ブラックマスクと見張りを交代していたチェーカは他の3人を呼ぶ。


「狼のお出ましだぞ」


紅鳶(べにとび)は通商人に仕掛けた盗聴器で彼らの会話を聞いている。


「待て、鳩のモザイク画を頼んでおいたはずなんだが」


「悪いな。金工家が加工をしくじりやがって納品できねぇわ」


ルスカーヤの威圧的な声が聞こえた。

だが、通商人の放った言葉は、紅鳶(べにとび)たちを芯から驚かせた。


そして同時に、盗聴器の電源が落ちて付かなくなってしまう。


「イカれたか。それより、鳩のモザイク画と言ったな」


「待って。ただの偶然かもしれない」


チェーカが珍しく冷静な見解を述べる。


「ヘイ。パンチャー山田に連絡を」


「駄目だ。電子機器がダウンしている」


彼は通信機器を手で振ってみせた。


「EMPか...ちょこざいめ」


紅鳶(べにとび)は舌打ちをして腰につけたホルダーにハンドガンをさした。


「まさか行くのか」とヘイが眉を(ひそ)めて言う。


「あぁ。それが例のモザイク画だろうがなかろうが、一度確認しなければならない」


自動発信器も使えない今、【灰色の狼】を取り返すためには敵陣に乗り込むしかない。


皇帝のコレクション、それも全ての青の探求者が望む鳩のモザイク画が載っているのなら尚更だ。


「元々商業用の船じゃねぇ。モノを外に出すのに時間がかかるはずだ。日が沈んでから行動するぞ」


紅鳶(べにとび)はいつもより気合いの入った声色で言った。






...

......

.........


ひとつ、またひとつとキャンバスの入った木箱が外に出されていく。


ルスカーヤは金工家のせいにしていたが、紅鳶(べにとび)はそれが嘘だとわかっていた。


かつて戦艦を取り戻そうとした時も、奴はそうやって嘘を吐いていたのだから。


時刻は夜の7時を回り、ポツリぽつりと星が空に散らばりだした。


紅鳶(べにとび)は、この4人に協調性などないことがわかっていたので、艦内侵入後は各々鳩のモザイク画を捜すことした。



夜の仄暗い海面に浮かぶ一隻のホバーボード。上には白軍屈指のエリート4名。


戦艦から絵画を取り出す作業はひとまずストップしていたが、港側ではライトを使って工事が行われていた。


ボーリングと石を切断する音が空気を伝い、ホバーボードの音を掻き消す。


ブラックマスクはホバーボードを操縦し、ゆっくりと戦艦へ近づける。


ハッチの近くに見張りが4人、少し離れた所に左右に2人。計6人。

風が吹き出して波も少し荒れてきた。


チェーカは布を被ったボルトアクション式の軍用狙撃銃を取り出した。


全長110cmほど、銃口径は8mm未満と言ったところか。白いフォーテンドに黒のバレル。光学照準器を搭載している。


(こいつ...スナイパーライフルも使えたのか)


腰に据えた剣だけを扱うと思い込んでいたヘイは少々驚いた。


彼女は逆V字のバイポッドでライフルを固定し、波に揺られるホバーボードの上で敵を狙う。それはもはや人間を超えた離れ業であった。


トリガーを引くと消音された弾がマズルから飛び出し、左端に1人でいる見張りの頸椎(けいつい)を撃ち抜く。


飛び散った骨と肉片と共に、男は戦艦の上辺部に倒れた。


それに気づいたハッチ付近の見張り達は、ホバーボードに向かって射撃を開始する。


だが、サーチライトでとらえた彼らの姿も一瞬見えたと思ったらまた闇に消えた。


そんな中、暗闇からはチェーカの凄まじい命中率の弾丸が襲いかかった。


前頭筋と脳を飛び散らし、また1人葬る。見張り達は突如夜の海から現れた化け物に足を震わせた。



「この波と風のなか当ててきやがるのか...!?」


そう言い放った男も、開けた口の中に銃弾がめり込む。


荒れ狂う波と風の中、一発も外さずに敵を撃ち抜く。チェーカのそれは常軌を逸した業だった。


ホバーボードは旋回し、スピードを上げて戦艦の近くにあるちょうど飛び台のような形をして岩礁に突っ込んだ。


岩礁に擦られながらホバーボードは戦艦の高さまで飛び、同時にチェーカのスナイパーライフルから放たれた銃弾が右端の見張りを撃ち抜く。今度は空中で敵を射抜いた。


生き残った2人の見張りが見たものは、飛びながらこちらへ突っ込んでくるホバーボード。そこからジャンプしてシースナイフを構えるヘイだった。


彼は空中から滑降すると同時に、ナイフで見張りの首を切り裂いた。


更に胸のナイフホルダーから瞬時に投げナイフを取り出し、滑らかな動きでもう1人の見張りの胸にナイフを投げる。


それはホバーボードが戦艦の上辺部に着地する間の早業であった。


「急ぐぞ」


紅鳶(べにとび)の掛け声と共に、スムーズにハッチから艦内へ潜入する。


梯子の端だけを持って、落下するように降り、辺りを見渡すと、艦内が想像以上に広いことがわかった。紅鳶(べにとび)とヘイは左側から、ブラックマスクとチェーカは右側から鳩のモザイク画を捜すことにした。


(貨物用に艦内を改造したのか...手間なことを)


ヘイが周囲に気を配りながら思う。


司令室には誰もおらず、コルクの抜かれたワインの瓶や、缶詰が転がっている。


司令室を出て、廊下に入ると、艦内を見張っていた部下が銃撃を開始した。


ヘイはすかさずフラッシュバンを投げ、敵の目を眩ませる。


その隙に、紅鳶(べにとび)がFALで坦々と敵の急所を撃ち抜いた。


単発式で、威力の強いこのアサルトライフルは、上級者が使うと弾の消費も抑えられるのでとても便利だ。


彼はサイレンサーを使うことなく、金属音を鳴らしながら銃弾を放った。真っ向から勝負する気だ。


ヘイも紅鳶(べにとび)の背後をカバーし、彼の後ろに現れた兵士を投げナイフで仕留める。



ヘイは紅鳶(べにとび)の闘いを見て、どこか復讐をしているような、怨みを晴らしているような感情を感じ取った。


彼の弾丸は、一発一発悲鳴のような音を上げながら敵の身体に食い込んでいく。



一方、チェーカとブラックマスクは、派手に敵兵を血祭りにあげていた。


ブラックマスクはショットガンのAAを構え、ドラムマガジンをくるりと回してセットする。


そして一度トリガーをひくと、32連発もの散弾が銃口から火花と共に繰り出された。


前方にいた敵はもはや蜂の巣となり、太鼓を叩いているような音と連射で彼らをなぎ倒していった。


ブラックマスクは何事もないようにゆっくりと前へ歩きながら相手を吹っ飛ばしていく。血液と内臓が壁や床、天井にまで飛び散った。



「人間兵器じゃん。あいつは敵に回さないでおこう...」


チェーカは爪を噛みながら呟いた。しばらくブラックマスクの背中を追って行き、前居住区まで来ると、横の通路の途中にある部屋から声が聞こえることに気づいた。



ブラックマスクはどんどん戦艦の前部に向かって進んでいく。


チェーカは「ト」の字になった通路の横へ歩みを進めてみた。


声が聞こえる部屋の、灰色の扉を開けると、少し大きな生活スペースが目に映る。



壁面は鉄製とゴムだが、他はベッドや食器など、生活する上には困らない内装である。ふと奥にあるソファを見ると、横になって寛いでいるグリブニックを発見した。



「暇潰しがてら聖書を暗唱してみたよ。本当にくだらない」


彼はこの戦禍にいるのにも関わらず涼しげな表情で趣味に興じていた。客が来て改るかのようにソファに座り直す。



「ブラウグラウの幹部か。前期の白軍を半壊させたらしいな...セル暗殺兄弟」


チェーカは頬に緊張の汗を伝せながら言う。白軍を追いやった謎の組織。それは、組織というほど大それたものではなく、2人の兄弟の仕業であった。


「よくわかったね。博識な僕でも君がセル暗殺兄弟を知っているとは推測できなかった」


人差し指を立てながらグリブニックはねっとりとした声で言う。


「ちょうどお前らをぶっ殺すっていう任務があってな...いろいろと調べさせてもらったんだ」










「そうかい。調べるってのは罪なもんだよ。そんな罪を犯しながら僕は息をしている。そうだ、お礼に僕の知識を披露してあげよう」




すぐに戦闘に入るかと思いきや、彼は余興をするかのようなことを口にした。


チェーカは万一に備えて、右手を腰に据えた剣の柄に触れさせておく。




















「チェーカ・デ・フェオ。第三次世界大戦に関与した科学者の末裔。だがその権力は没落し、産まれた時から既に奴隷として扱われていた。だが君は女性でも強いということを示すため、当時古代ローマを模して人気だったコロッセオの剣奴として働く。...さぞ辛かっただろうな」







グリブニックは一息ついてからこう言った。















売女(ばいた)よ」






「...!!」



チェーカの背筋に冷たい感覚が走った。その言葉は彼女の怒りの血管を切るのには十分な威力を持っていたのだ。



グリブニックの手口、相手のトラウマを探り冷静な判断ができないほど怒らせる。それさえ成功すれば、もはや勝ったも同然であった。




「おい。殺すぞ」



チェーカが眉間に皺を寄せ、低く呻るような声で脅す。










「剣を買おうとも女という理由で売ってくれない。初めて身体を売ったのは15歳。武器屋の主人。その後闘いに負けては相手に犯され買っても仲間に犯され、やっとここへ辿り着いた...そして僕の手で八つ裂きにされる。...悲惨だな、女というのは」








チェーカの脳裏には、かつてのトラウマ描写が克明に浮かび上がってきた。


ただひたすら、自分の性別を恨んだ日々。身分階層を恨んだ日々。そして男を恨んだ日々。



「お前だけは絶対に殺す!!!」


怒りで我を忘れたチェーカは、腰から鍔のない剣を抜き、グリブニックに斬りかかった。


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