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青ノ概念  作者: Suck
第ニ章 月色の食人鬼
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第紅碧話 「あの時の賭け」

その日、浅黄(あさき)杜若(かきつばた)の住居に連れて行かれ、ヘイは1人で隙間風の吹く家へと帰ってきた。


任務報告の後、日が出ている内に死んだように眠る。

馬車の中で医者に手当をしてもらったが、やはり肩がかなり痛んだ。


その夜、疲れていた筈なのに夢を見た。


少し昔のことだ。


自分の恩師が死ぬ瞬間が蘇る。


手には愛用のシースナイフ。目の前には白い道場着を着た老人。


彼は胸を刺されたのだろうか?噴水のごとく噴き出る血を手で押さえながら何かを言っている。


だが、耳からはゴワゴワした錯聴しか聞こえず、彼の死に際に放った言葉がわからなかった。


ヘイは全身に汗を噴かせ、目を覚ました。


「ハァ...ハァ...くそっ...」


ヘイは、こんな時隣で浅黄(あさき)が寝息を立てていたらどんなに楽になれただろうと考えた。


何故だか彼は、酷い疎外感を覚えた。

彼女には杜若(かきつばた)がいて、紅鳶(べにとび)には白軍隊がいて、誰もが誰かに必要とされている。


ふとアルバートの顔を思い出す。

彼の大きく見開いた瞳はどこか虚ろで、寂しさを纏っていた。


(俺も...あいつと同じなんだろうか...)


ヘイは感傷的になる夜の特性を嫌って、無理やり眠りについた。



____















森を想起させるような檜の香りと、プールと見紛うほど広い湯舟から立ち込める湯気が浴場に満ちている。


(うっわぁ、広い。浅黄(あさき)の家の50倍はある...!あ、浅黄(あさき)の家お風呂なかった!)


浅黄(あさき)は半強制的に杜若(かきつばた)の豪邸へ連れ込まれていた。


(腕の傷は大したことなかったけど...まだ痛いかな...)


彼女は檜でできた湯舟の端に腰を下ろした。少し熱いお湯が白い脚を温める。


そのままゆっくりと、肩まで湯に浸かった。自分の身体が水面越しに歪んで見えるのが面白い。


「はぁ〜極楽極楽」



中年のおっさんのようなセリフを吐く反面、やはりヘイを置いてきたことに罪悪感があった。


彼は無事だろうか。寒い自分の家で何を思っているのだろうか。そんなことを考えつつ、腕の怪我に湯が染みるのを忘れて湯に顔を沈める。








顔が少し火照ったのを感じた頃、風呂から上がり、浴場を出て屏風絵のある襖を開けると、杜若(かきつばた)が身体を横にして待っていた。


部屋には異様なほど甘い香りが漂っている。


「し、失礼します」


浅黄(あさき)はぺこりと頭を下げた。


「そう固くなるな。此方に来てお座り」


杜若(かきつばた)の表情はどこか違和感があり、目を開けているのに何も見えていないかのようだった。


浅黄(あさき)は緊張しつつ、杜若(かきつばた)の隣に正座する。


木製の香皿から漂うそれは、鼻の中へ入り込み、脳を掻き回されるような気分にさせた。


(これひょっとしたら危ないやつ...?)


浅黄(あさき)の額に汗が滲む。



真琴(まこと)...あなた。大和を変えたいと思う?」


単刀直入な質問だ。浅黄(あさき)は答えを間違えないように、当たり障りのないそれを無い知恵を振り絞って考えた。


例え近しい間柄と言えど、白軍3位のオーラは凄まじい。ひとつ答えを間違えれば、先程のように首を刎ねられてしまうかもしれない。


「えと、浅黄(あさき)はまだ、実力不足で...それは、大和国が復活すれば、この上ない喜びなのですが...」


彼女は膝に置いている自分の握りこぶしを一心に見つめながら答えた。


「そうね。そうよね...わかったわ。寝室を用意してあるから。もう寝なさい」



「でも」


「ヘイのことなら心配ないわ。私が認めた医者を当たらせたから」



「はい...」


それ以上食いさがることはできずに、彼女は茶の間を後にした。


(お姉様は大和の復活を望んでる...でも、それにはまだきっかけが足りない...大和が新漢を倒すきっかけが...)








_____



その後開かれたコブレンツ公会議の結果。青を絶対的に保護するリザヴァ派がゲルマン帝国の国教とされ、青の売買を推進するヴェンデーレ派は重商主義政策と引きかえに妥協する形となった。


簡単に言うと、「青」ではなく他の特産物で儲けようという訳だ。


そして言うまでもなくソダ派は異端とされ、弾圧の対象となる。政府に対する浮浪者の一揆が何件か起こったものの、紅鳶(べにとび)率いる白軍隊がそれらを全て鎮圧した。


こうして、ゲルマン帝国の宗教問題は一旦の落ち着きを見せたように思われた。




翌週の白軍の全体会議では、除籍された6位のアルバートの地位にヘイが任命されることとなった。


チェーカは、「コンラート宣教師を暗殺したのは浅黄(あさき)だろ?」と態度を変えて浅黄(あさき)を援護するような発言をしていたが、パンチャー山田は、白軍きっての狂者に立ち向かったヘイの方を評価した。


チェーカは浅黄(あさき)を嫌っているはずなのに、なぜか終始歯切れの悪そうな顔をしている。







「凄いですね...ものの一週間で浅黄(あさき)より昇進してしまうなんて」


彼女は称賛と寂寥(せきりょう)を混じえた表情でヘイに微笑んだ。


聖堂から帰りの馬車の中は、少しくすぐったい空気が流れている。


「お前はまだ17だろ?身体も精神も成熟してないんだ。寧ろ白軍にいるだけで驚きだよ」


ヘイは髪を切ったのか短髪を逆立てていた。浅黄(あさき)はその新鮮な姿に思わず見惚れてしまう。


「あ、あは、髪切りました?」


変に緊張したせいか、上ずった声が出てしまった。


「話聞かねーのかお前は」


「いや、ちょっと恥ずかしかったので...へへ。ところで、列車の中でした賭けのこと覚えてます?」


ヘイは眉間に手を当てて「覚えてる」と言った。


「楽しみですね。でもまだ怪我治ってないんですから。無理しちゃダメですよ?」




「そうだな」


なんだかんだ言いつつも、浅黄(あさき)が側にいると妙に落ち着くヘイであった。











...

.........

...............



「あの男...やはりヘイ・ロウか」



アンティークな雰囲気の書斎で、男が机に手をついて独り言を放っていた。

本棚には、彼とその師が撮られた写真が飾られている。




「私の師匠を殺した男...許さない」



男は怒りに任せて机を強く叩く。

窓の外を睨む眼光は、獲物を見つけた虎の如くギラついていた。

読んでいただいてありがとうございます。

第2章「月曜日の食人鬼」は完結です。

今回、ヘイの前に立ちはだかった敵アルバート・オルコは、私のお気に入りのキャラでもあります。


アルバートは実在した食人鬼で、オルコは「鬼」という意味の単語からとりました。


さて、旧ドイツのゲルマン帝国の宗教問題が一応の収束を見せた訳ですが、白軍内においても自らの野望を果たそうとしている輩が現れてきます。


現時点では杜若(かきつばた)が大和国の復活を目論んでいますね。

多分、一番初めにキャラもストーリーもできた杜若(かきつばた)編は一番の見所だと自負しています。


結果的にこの章では、アルバートが白軍としててはなく、食人鬼として生きていくこととなり、野望を持つ白軍のメンバーに大きな影響を与えることになりました。


さて、ヘイが白軍6位となり、8位が空席となりましたが、そのことは次章で。



暇潰し、流し目でも読んでいただいて本当に嬉しいです。これからもよろしくお願いします。

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