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青ノ概念  作者: Suck
第ニ章 月色の食人鬼
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第深縹話 「私が護ってあげる」

果てしなく長く、深海の底を歩いているような気分になる通路に一筋の光が見えた。


どうやら浅黄(あさき)の勘が当たったらしい。


地上へ出た蝉のように太陽の陽射しに目を細め、辺りを見回す。白い建物から少し離れた空き地に出てきたようだ。


浅黄(あさき)はすぐ近くに逃走用の馬車へ乗ろうとするコンラート宣教師を発見した。


(ダメだ間に合わない...!確かこの路地を通っていけば...)


コンラート宣教師が逃げようとしている大通りは、一方通行で岐路がない。


彼女は近くの狭い路地へ走り、コンラート宣教師を先回りしようと考えた。





「鉄道でハイデルベルグまで逃げるぞ!白軍相手はまずい!」


コンラート宣教師は声を荒げて御者(ぎょしゃ)に言った。

馬車は右に左に揺れながら通行人を押し退けて駅へと向かう。





その時だ。目の前に現れたのは細身の女性。黒のセーラー服に赤のスカーフ。黒髪のポニーテールを靡かせて日本刀を構えていた。






「あいつはなんですか!?」


「構わん!轢き殺せ!!」



御者は馬を鞭打ち、更に馬車を加速させる。





(馬は斬ったら可哀想かな)


浅黄(あさき)は呑気なことを考えながら、向かってくる鉄の馬車に居合いの構えをした。




蹄が石畳にめり込むほどの勢いで馬車が迫る。


そして馬にぶつかる寸前。


彼女は右に転がりそれを避けた。


すかさず右手で腰の左側に据えた日本刀を抜刀する。そのままの勢いで馬車の車輪に刀を食い込ませた。


浅黄(あさき)の腕には車輪からくるとてつもない衝撃が加わるが、そんなこともお構いなしに、彼女は横一線に刀を振るう。


鉄の車輪を真っ二つに裂き、車体にまで刀が鉄を切り裂く。


馬車の勢いを利用して、彼女は車体ごと居合斬りしたのだ。



金属の擦れる鈍い音をたてながら、後輪を真っ二つにして、やっと刀を一振りした。


バランスを崩した馬車の車体は、そのままガラス張りの店に突っ込んだ。


馬車から転げ落ちて、道の上で悶えてるコンラート宣教師の前に浅黄(あさき)が立つ。



「あ、あがぁあ...!!脚が折れた!!やめてくれ!!やめてくれ!」


彼は唾を飛ばしながら自分の命を乞い惜しんだ。


禿げ上がった頭と額に現れた皺と脂汗、見開いた目が悲壮感を更に増している。


「青い鳥という話があります」


浅黄(あさき)は澄んだ声でコンラート宣教師に言う。


彼は自分を殺しにきた刺客が訳のわからないことを言っているので驚きに顔を顰めた。



「な、なんのことだ!私を殺すと信仰者が黙っていないぞ!もう既に手はうってある!」


「そんなに青が見たいなら、どうぞ自分の中を見たらどうですか?」


「話を聞かないのかお前はぁぁー!!」


冷酷な言葉を放った後、浅黄(あさき)は刀で彼の臍の下から胸の辺りまでを掻っ捌いた。


腹直筋がぐちゅぐちゅと千切れ、胸骨が割れる音がする。


痛みのあまり彼は手を震わせ、目をかっと開けながら絶命した。





辺りに静寂が戻る。




「終わった...御者には悪いことしたかな...」


浅黄(あさき)は紐と長柄(馬を停めておく棒)を断ち切り、馬を逃した。


丁度そのとき、よたよたと通路を渡ってくるヘイの姿が見えた。



「大丈夫ですか!?アルバートは?」


浅黄(あさき)は血塗れのヘイを見て口を押さえて驚く。




「ハァ...ハァ...殺した。子供は置いてきたがまぁ大丈夫だろう...まずは、コイツらを何とかしないと」



ヘイが睨んだ先には、ソダ派の信仰者が何十人も血相を変えて立っていた。


彼らは明日からのライフラインを無くした浮浪者の集まりだ。


ナイフやバットを握ってヘイ達にじりじりと近寄ってくる。



「構えろ」


ヘイの合図と共に、2人は武器を抜いた。例え白軍に所属する実力者であっても、体力が消耗した今、何十人もの暴徒を相手にするのはかなり厳しい。



だが、他に選択肢がない2人は、血に濡れた手でナイフと日本刀を握る。



「貴様ら...!!貴様らが悪魔か!」



どうやらコンラート宣教師に吹聴されたらしい。大方、悪魔がソダ派を壊滅させにくるとでも言って不安を煽ったのだろう。


「信仰は見返りを求めて行うもんじゃないって昔誰かが言ってたな...」


神とは、見返りがなくても姿が見えなくてもただひたすら祈るだけのものなのだ。


「う、うるせぇ!この悪魔を殺せ!」


目を充血させた暴徒が束になってヘイたちを襲った。






__

____

______





「おい、齧るんじゃねえよ。痛ぇだろ」



白い建物内。もはや死んだものとして齧っていた男の子は驚きのあまり尻餅をついた。


「え!?何で?」


アルバートは血の泡を吐きながら、再び目を開けて喋りだした。


「完全に負けると思ったからな。死んだふりで騙したわ」



「いや!そうじゃなくて!何で生きてられるの」


彼の下には明らかに致死量を超える血が溜まっている。


「あぁ。そのことか...まぁ話は後だ。ところで少年、お前は俺に似ている」


「似てないよ。お兄ちゃんは天パ、僕はマッシュルームカットだもん」



「だぁあそういうことじゃねえ。お前の父親はお前をほったらかして神に祈祷するような屑だ。お前は今日から1人で生きていかなきゃなんねぇ...こんな薄汚れた近郊から離れるんだよ」




男の子はしばらく沈黙した後、


「お兄ちゃんよくしゃべるね」


と言った。


アルバートは気づいた。この男の子も自分と同じで何か欠落していると。そして何か狂気を司る才能があると。


戦闘が始まった途端、男の子は慣れたように建物の隅に避難した。


そして猟奇的とわかっていながら父親の敵の肉を喰らうという復讐心。


「どうだ?俺がお前に生き方を教えてやろう」


勧誘する価値はある。アルバートはそう考えていた。


「んー。お腹も空いたしそうしようかな」


「よしっ。じゃあまず俺を起こしてくれ。あの野郎靭帯を破壊しやがって...」


アルバートがヘイの愚痴をこぼし、男の子は彼に肩をかす。




「お前、名前は」



「ルイヒ・シュテル。この国出身だよ」



男の子は目の端に皺を作って笑顔を見せた。


アルバートはそれを見て、ひと粒の恐怖を感じた。この状況下で笑える彼は精神的に何かおかしいと、アルバートは思った。父親の件で精神が狂ってしまったのか。或いは、元々秘めていた何かが目覚めたのだろうか。



______

____

__




茜色に染まっていた空は今やどんよりと黒い雨雲が地面にのしかかっているようだった。



間も無く雨が降り出し、大通りで刃を交わす人達の体温を奪う。



「くっそ!」


シースナイフで相手の喉を掻っ切ったヘイは不満を漏らした。


近くにいた火炎瓶を持つ男にナイフを投げて動きを封じる。


ナイフは元から軌道が決まっていたかのように男の胸部に突き刺さった。


男は空気が抜けるような声を出してその場に倒れ、落ちた火炎瓶で炎上する。



浅黄(あさき)も刀を相手の足の甲に突き刺し、怯んだ隙に他の相手の腹部を斬って応戦した。


雨は土砂降りとなり、2人の体温を急激に下げた。


大量の血を流してるだけあって、これ以上戦いが長引くと、命の危険もあり得る。


「やられるなよ浅黄(あさき)!!」


「...ベッドが届くまでは死ねませんっ!」






その時、浅黄(あさき)の目の前にいる汚れた面をした浮浪者が突然吹っ飛んだ。


「!?」


彼女はヘイの攻撃かと思い、彼を見るが、どうやら違う。


その間にも次々と暴徒達が血祭りにあげられていく。



首を引きちぎられる者、突然吹っ飛んで壁に身体を打ち付ける者、まるで全身をナイフで刻まれたかのように出血死する者。



あまりの超常現象に、浅黄(あさき)の手は完全に止まってしまった。



「何が起きてる...こいつら突然ぶっ倒れて...」


背中合わせになっていたヘイのほうにもこのおかしな現象が起きたらしい。



2分もしない間に暴徒の死体で山ができた。



雨でできた水溜りは、先ほどの空のように真っ赤に染まっている。


そして、突然死体の山が、モーセの十戒の如く左右に押しのけられ、一本の道ができた。



その奥にいたのは、恐らくこの数十人もいた暴徒をものの2分で平定してしまった張本人だ。




朱色の唐傘をさして、薄紅色の着物を着ている。下駄と石畳がうちならす音と共に、その女性は浅黄(あさき)らに近寄った。





「あら?意気揚々と出かけた割には、血塗れ泥塗れではしたないじゃないの?」


「お姉様!」


浅黄(あさき)がお姉様と敬称で呼ぶ人物。杜若(かきつばた)(はな)だ。





(まさか...今のを1人で...?)


どんなカラクリかわからないが、細身の花魁姿の女性が死体の山を築いたのは確かだ。


何をどうやって彼らを殺害したのか。

ヘイの頭にはその疑問がこびりついていた。


「ヘイ・ロウ...」


状況を飲み込めないヘイは身体を硬直させた。


杜若(かきつばた)はゆっくりとヘイに歩み寄り、耳元でこう言った。




「もし真琴(まこと)が死んだら、あなたを挽肉にするわよ」


吐息の混じった色気のある声は、ヘイにとって恐怖でしかなかった。


(何だこいつ。こんな超常現象が罷り通るのかよ...しかも、これで3位なのか...?)



彼が危惧したことは、杜若(かきつばた)の上にブラックマスク、紅鳶(べにとび)が控えていることである。




この事件は、ヘイが己の実力不足を知った転換点にもなった。





「さぁ、帰るわよ」


その後、にっこりと微笑む彼女は、浅黄(あさき)を馬車に連れ込んでケルンへと帰った。


浅黄(あさき)の心配そうな顔が忘れられない。


止血剤を飲んだ後、ヘイはしばらく雨にうたれながら、これから自分がすべき事、自分に足りなかった事を考え、彼女が用意していたもう一つの馬車に乗り込んだ。

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