第白縹話 「誰かのお肉」
ードイツ削器で削った小指の肉を食べた時 初めて生きた心地がしたー
アルバート・オルコは旧イギリスで産まれたが、人生の殆どをこのゲルマン帝国(旧ドイツ)で過ごした。
2歳の時にフランクフルトへ移り住んでいる。
彼は幼い頃から酒に酔った父親に虐待を受け、母親からはネグレクトされ育った。
常に誰かから疎外され、彼は自分の存在意義を見出せないでいた。
ある日、彼は机に置いてあった父親のドイツ削器を見つけた...
...
.........
...............
「うわぁぁあん」
「ん?」
ヘイと浅黄はソダ派のイベントに潜入する途中、迷子の男の子に遭遇した。
歳はイヴくらいで、マッシュルームカットの黒髪、右の目の下にある泣き黒子が特徴的だ。
「どうした?父親か母親はいないのか?」
ヘイは男の子の頭をワシワシして言った。
「お父さん、今日の朝からいないの。机に手紙があったけどわからない」
男の子は時々嗚咽を混じえて目を擦りながら言う。
ヘイが手紙を貰い、読んでみる。
『私の中に青が存在することを。もし無ければ 私の全てが あなた方の中に 眠ることを願う。』
まるで意味がわからない。前半は、男の子の父親がソダ派ということを表していたが、後半はめちゃくちゃだ。
「何かの暗喩か?」
ヘイは顎を擦りながら考えた。
「僕、ランチはまだ食べてないの?」
浅黄がしゃがんで男の子に聞くと、彼はこくりと首を縦に振った。
「彼をソダ派のイベントに連れて行きましょうよ。お肉も食べれますし、お父さんもいるかもです!」
「そうだな。つっても3時間説教を聞くなんて耐えられんぞ」
「途中参加でも大丈夫ですよ!私は暖炉のある場所で寝たいので最初からいますが」
乞食め。とは思えなかった。彼女がここまで深刻に貧困だったことに、ヘイは驚いた。
(まぁ雑草食ってるしありえなくもないか)
「わかった。行くぞ坊主」
「うん」
彼は再び男の子の頭を撫でて、歩みを進めた。
時間は正午を跨ぎ、丁度いいくらいに腹が鳴いている。
家族連れのように、3人並んで道なりに歩いていると、巨大な立方体に近い真っ白な建物が現れた。
「ここがソダ派の拠点らしいですね」
浅黄が建物を見上げて言う。
窓にはガラスや戸が付けられておらず、空気孔のようになっていた。
真っ白な壁の中央に、赤い絵の具で羊の頭が描かれている。これがソダ派のシンボルだ。
浅黄が先導し、小さな入り口から中へ入る。
内装は教会のそれとほとんど同じであった。
違う部分は、腰をかける椅子がない・中央に盛り上がりがあって段差になっている、という点だ。
建物内には既に20人ほどの浮浪者が集まって、段の上に立つ宣教師エドガーの説教を聞いていた。
ヘイたち3人は、異様な臭いのなか、浮浪者の後ろでエドガーの言葉を聞き流した。
「青とは神!神は世界の折り返し地点と呼ばれる紀元を作ったイエス・キリストのことだ!彼の末裔の身体にこそ青が宿る!我々は彼の末裔を見つけ出さなければならない」
どうやらソダ派はキリスト教のアタナシウス派の影響も受けているらしい。
...
.........
............
「それでは、我々が青に生かされていることに感謝して」
エドガー宣教師がそう言うと、奥の部屋の扉が開き、サービスワゴンに乗せられた料理が運ばれてきた。
(何だあれ。素朴なもんだと思ったが...まるでレストランのレアステーキじゃねぇか)
ヘイは、想像と180°違った料理に一握りの違和感を覚えた。
鉄板の上に乗せられた厚い肉の脂が弾け、食欲を唆る香りを放つ。
浅黄は唾を飲み込んで肉に釘付けになっている。
(週2でステーキが食えるなら、そりゃ来るよな。俺でもまだ旅の途中なら来てただろうな...)
全員に皿がまわされ、浮浪者のミニパーティーが始まった。
それは甘美な響きとは裏腹に、欲に満ちた衝撃の光景であふれ返っていた。
肉が渡されるやいなや、彼らは獣のように齧りついたり、肉汁を味わうために肉の表面を舐め回したのだ。
ヘイが横目で浅黄を見ると、彼女も手で肉を掴み、食らいついていた。
「おいおいみっともねぇぞ...」
「肉とは!!豪快に食べふものへふ!!」
「食ってからしゃべれ」
呆れかえっているヘイの隣では男の子が美味しそうに肉を頬張る。
「少しかたいけどおいしい!」
彼の言葉を聞いて、ヘイの感じていた磨りガラスの裏を見るような感覚が確かになっていった。
(まさかな...だが、ありえるかもしれない)
彼は少年の頭を撫でながら思った。
全員が肉を食べ終え、帰路についた頃、ヘイたちだけは建物に残っていた。
「すいません、この子のお父さんを探しているのですが」
浅黄がエドガー宣教師に尋ねる。
白髪で彫りの深い目をしたその男は、厳しい表情を変えずに、男の子をじっと見つめた。
「お父さんから何か言われなかったのかい?」
「あ、これ」
男の子がエドガー宣教師に手紙を渡すと、彼は口の端を釣り上げて笑った。
「ハハハ、なんだ。君のお父さんはさっき出た肉だよ」
「!?」
凍結した空気。
常軌を逸した言葉に、男の子は目を見開いて固まってしまう。
それは浅黄も、もちろんヘイも同じである。
誰が想像しただろう。
今朝出て行った自分の父親がランチになっていると。
エドガー宣教師は「冗談だよ」とも言わず、無言でヘイたちに背中を向けた。
「我々は、ユダヤ系の民族からイエスの末裔を探そうとしている。まさしく君のお父さんは、その対象だったのだよ...」
彼は詫びる表情もせず、情けをかける表情もせず坦々と語った。
雑草すら食べる浅黄も、ヘイの隣でえずいている。
「解体後、青を発見できなければ後ろ盾を作るためにイベントの料理に使っているんだ」
男の子は鳩尾を打たれたように声もあげられなくなっている。
すると、奥の部屋の扉が軋みながら開き、人影が現れた。
「やはり来たか...ヘイ・ロウ」
「アルバート!!」
浅黄が声をあげる。アルバートは白い服を真っ赤に染めていた。彼の目は血糊でべったりと垂れ下がった前髪で隠れている。
「何だ...?クソザコ女も一緒かよ。てめぇはギムナジウムにでも通ってろ」
アルバートは中指を立てて浅黄を挑発した。
「うぅ...」
浅黄が小さく呻る。
(こいつが...6位のアルバート・オルコ...)
体型はヘイと同じくらいで、筋肉質だが引き締まっている。身長はヘイより少し高い。
ヘイの腕には力が入り、青白い血管が浮き出た。
彼のインパクトのある登場は、自然とヘイにあの時の緊張を与えた。
紅鳶戦のあの緊張を。