終わりのない歌(4)
気づいていたんだ。
全てがおかしくなっていくことに。
それでも、僕にとってはどうでもいいことだった。
いつしか僕にとって、少女の歌こそが全てになっていたのだから。
だから、この場で彼女の歌が聞けたこと、それが何よりも嬉しいのだと。
けれど、穴の下に居るであろう少女は、僕の声に返事をしてくれることも、歌を歌ってくれることもなくなった。
僕は、これまでと同じように、この大穴の前に通い詰めた。
これまでと違っていたのは、少女の代わりに僕が歌を歌うようになったこと。
彼女が歌わないのなら、僕が歌う。
幸い、少女の歌を毎日のように聞いていた僕は少女の歌を覚えていた。
とても上手に歌を歌っていた、少女のように歌うことは出来ないけれど、歌い続けることで、少女も歌い出してくれるのではないかと思ったのだ。
……毎日、毎日、歌い続けた。
けれど、少女が歌を歌ってくれる気配は無かった。
それどころか、あの時以来、少女が話す声さえも聞いてはいなかった。
あの時の少女の声は、僕が聞いた幻聴だったのだろうか。
いいや、そんな事は無いはずだ。確かに僕の耳は、少女の歌を、声を、聞いたんだ。
だから僕は、歌い続ける。
きっと、少女が僕の歌に応えてくれる時が来ることを信じて。
――突然、轟音と共に地面が大きく揺れた。
僕は、その場で立っていることさえ出来なくなった。
揺れはどんどん大きくなり、地面に手をついているのに、飛ばされてしまいそうなほどだった。
それでも必死に地面に縋り付いていると、やがて大きな揺れは小さくなり、そのうちに完全に揺れが収まった。
一体、今の揺れは何だったのだろうか。そして穴の下に居るであろう、少女は平気だっただろうか。
そんな感情が僕の中でぐるぐると巡っていた。僕の意識は、どこまでも少女に始まり、少女で終わっていた。
――揺れが終わったというのに、地面から鳴り響く轟音は、ずっと鳴り続けている。
この音は、どこから、鳴っているというのだろう。
いいや、この音は目の前にある大穴から鳴っているじゃないか。
少し注意して耳を澄ませば、分かることだった。
……気づいたのが遅すぎたのだろう。
僕は足元から崩れ落ちる地面には、気づくことが出来なかった。
僕の体は、真っ逆さまに、大穴の中へと吸い込まれていく。
突然起きたことだけれど僕の心に恐怖は無かった。
やっと、少女の元へと行く事が出来る。
少女と共に、永遠の歌を歌う事が出来る。
僕の心は、深い深い闇の中を落ち続ける中でさえも、喜びに満ちていた。
そんな光さえも届かない闇の中で、少女は笑いながら、語りかける。
「ねぇ、私の歌、好き?」
僕は、少女の語りかける言葉に、目一杯の笑顔で。
「僕は君の歌が、人生で一番、悲しくなるほど好きになれたよ」
僕が答えると、少女は優しく微笑んだ。
それが闇の中で、少女と僕が交わした最後の会話だった。
――少女は歌う、もう誰も聞く者のいない歌を。
――誰の為でもない、いつか終わりを迎えるその時まで、歌い続ける。
――僕が、大好きな歌を。




