第二話
ガルーダは森のなかを歩いていた。
行き先はわからない。
カーマはただ、西に向かって行けとしか言わなかった。
カーマ自身も、蛇族がどこにいるのかわからないのだ。
ガルーダは汗をぬぐった。
雨季とはいっても、まだ完全な雨季ではない。雨は降ったりやんだり。今はからりと晴れていた。
歩くたびに腕輪足輪、首飾りの類が音をたてる。
腰衣しか身につけていないのに、ガルーダの顔はほのかに上気していた。
それでも、ガルーダは歩を休めようとしない。
カーマの役に立ちたい。ただ、それだけを願っていた。
「スメールの山だ」
ガルーダは海中にそびえ立つ山を見下ろした。
途中から道らしい道も消え、断崖のすぐ横を歩いている。
崖下はおそろしいほど深く、暗澹としている。落ちたら命はない。
吹き上げてくる風は、ガルーダの下軽い体を持ち上げてしまいそうだ。陽は肌にひりつき、痛いとさえ感じる。
―――カーマ
ガルーダは心中で泣き叫んだ。
―――こわい・・・!
「あっ」
なにかが、手に、足に絡みついた。
蛇。
何千何万という蛇の大群が、一匹の大きないきもののようにガルーダの肢体に纏いつく。
「あ、あ、あ」
『おぞましや』
『おぞましや』
『醜い大鷲の子よ。怪鳥の子よ』
『憎や、憎や』
口内の真赤な色が目の前にひろがり、きらりと光る白き蛇牙が襲いかかる。
ざわりと皮下が波うった。
肚の底で燻る、激情に似たなにか。
あ。
暗黒の風が舞う。
空が、絶壁が、頭のなかで回りつづける。
雲が遠くなる。
落ちて死ぬ。
そう思ったとき―――
背に感じた熱さにつづいて、ばさりとひろがる黒き翼。
飛んでいるのだ。自分は今、飛んでいる!
ガルーダは黒暗々とした谷間に向かって下降した。
開けた視界に飛び込んできたのは、天界に迷いこんだのかと思えるほどに美しい、緑の地。
河はどこまでも清く、吹きわたる風さえも蒼く染めてしまうほどの木々にあふれている。
ガルーダは地に降り立った。
「アムリタ・・・」
ここが、カーマの言っていた蛇族の住まう土地ならば、不死の薬を探さねばならない。
「何者だ!」
ガルーダを取り囲む数人の男たち。軽装で腰に剣をつるしている。
ガルーダはくらりとした。
先ほどから、体がおかしい。
肌が熱く火照り、長く伸びきった手足の爪が疼く。
「おまえは神鷲族!出あえっ、敵が侵入したぞ!」
声を聞きつけ、何人もの蛇の民が殺到する。
ガルーダは大きく息を吐いた。
「・・・たい」
「なに?」
「おまえたちを、喰らいたい!」
天を覆いつくすほどに広げられた両翼。まさに魔鳥のようだ。
喰らいたい。
なぜ今まで平気だったのだろう。
自分はこんなに、蛇の肉に飢えていたのに!
凶器と化した双手の湾爪は、次々と蛇族の肉を切り裂いてゆく。
「あっ・・・」
一本の矢が、ガルーダの足をかすめた。
ぐらりと体が傾いてゆく。
地に倒れ伏したとき、ガルーダにはもう、意識はなかった。