第十話
「やめて、おじさん。なにかのまちがいだ」
「どけ、ガルーダ」
ナーガの両目を縁取る紅蓮に、ガルーダは一瞬たじろいだ。
「どかない。そんなにカーマを刺したいのなら、いっそのこと、ぼくを刺して!おじさんにそうされるのなら、本望だ」
ナーガは、ゆっくりと剣をおろした。
カーマは頬の筋肉がひきつるのを感じ、おのれの内で、なにかがねじれるのがわかった。
なんなのだ、あの瞳は―――。
ガルーダがナーガに向ける、なんとも言えぬ表情。互いのあいだに流れる、ゆるやかな波長。
「危うきかな、蛇族よ。おまえたちの有する軍事力。禍の芽は早々に摘まねばなるまい」
カーマはさっ、と手を上げた。
ナーガはガルーダを横へ突き飛ばすと、カーマの軍勢を迎え撃った。
なんという強さ!
たったひとりで、百もの兵に引けを取らぬとは―――。
「ちっ」
カーマは舌打ちした。
「ナーガよ!おまえが抗えば抗うほど、民は死んでゆくのだぞ」
「なにっ」
ナーガの顔に、はじめて怯えの色が浮かんだ。
そこへ兵たちが、今とばかりに飛びついてくる。
「私とて争いは好まぬのだよ。本来ならば―――な。さあ、聖水を渡してもらおうか」
ナーガは兵に押さえつけられながら、冷ややかに言った。
「身勝手な奴だ。それほどまでに命が惜しいか。その思いが、おのれを滅ぼすとも知らず」
カーマはナーガの首に剣をあてた。
「無駄口はきかぬほうがよい。こうしましょう。あなたが聖水を渡せば、民の命は保証します。どうです?よい考えでしょう?」
ナーガは唇を噛んだ。
「ああ。聖水はやろう。そのかわり、けして、この土地の民に手を出さぬと誓え。この約、違えたならば、俺はおまえを許さぬっ」
カーマはふっと笑うと、たおやかな手でナーガの顎をつかんだ。
「そのような顔をいたすな、蛇龍の王よ。くやしいですかな?いにしえの蛇神のように、その険しき両眼でこのカーマを灰に変えたらどうです」
カーマは鳥がさえずるかのような軽やかさで言った。
「ああ、ラージャよ。よき貌!よき男!」
そう叫び、カーマは手を放した。
血が数滴、ナーガの顔につけられた傷口から流れおちた。
「引っ立てい!そして、蛇の民を残らず殺し尽くせ!!」
「カーマ、おまえ・・・!」
ナーガの眼に狂気が宿ったが、体をがんじがらめに縛られているため、おとなしく兵に従うしかなかった。
「ガルーダ」
呼ばれ、隅で震えていたガルーダは、びくりとした。
カーマはやさしく、ガルーダの肩に手をおき、言った。
「よくやった。おまえの手柄だ」