4 異文化コミュニケーション
「あっ、おい」
山の頂上部分が元に戻り始めるのに気づき、パジャマ男が内部へ向けて声をかける。
「本当に今回は残るのか? せっかくなのに」
『いいよ。気は変わらないし、後悔もしないだろう』
そんな音声が、山からにじみ出た。男は、軽く眉を上げる。
「つれないなぁ、協調性をもっと意識したほうがいいんじゃない?」
山が反論した。
『自分はここで君らをサポートする、それが協調足り得ないだろうか。自分の意志も、四半分くらいは尊重してくれると嬉しい。前にもいったが、炭素型生物の身体を被るのはどうも好かないんだ。アレルギーかもしれない。しかも、胎生ほ乳類タイプだろう? 前回の衛星の連中と同じじゃないか』
開いていた山はついに元通りとなった。男は肩をすくめて、あまり気にしていない意を表す。
「わかったよ。最後の主張として、前の連中は四つ足だったけどね……。まあ事実、そこでサポートしてくれるのはとてもありがたい。実は、君が出て来るなら僕が残ろうと思ってたくらいさ。とにかく、会話の練習に付き合ってくれて感謝するよ、早速のナイスサポートだ」
「何だよ、お前も残れよ」
少女は鳥と一緒に、とっくに山を降りていた。肩越しに見上げて毒舌をふるう。
「しかも練習なんか要らないだろ。お前自体が要らないんだから」
男は切ないリアクションもそこそこに、数歩で山から降りた。そして、二人と一羽で歩き出す――
「だって、そそうをしたくないじゃない、あのお二人にさ」
――苡穂と野森のいる部屋へ向かって。一直線に。
「だからー、お前自体が混じりっけなしの粗相なんだよ。ねえ、小岩井」
「……クィー」
「そりゃ誰だって君には負けるよ。――どうもー、こんにちわー!」
あまりにも気楽な格好で気楽な挨拶をしてきた水色髪の男を見て、苡穂と野森は、全身に緊張を走らせた。
「知り合い? 親戚とか?」
「そんなわけない。野森の知り合いじゃないの?」
と口早に確かめ合いつつ、迫り来る見知らぬ者たちを、視界の端で捉え続ける二人。直視はできなかった。
そうこうしている内に、話し声さえ届く距離になってしまった。
「キュッ、キュイー」
「そう? じゃあ、最初の食事が悪かったら、地殻からいじくろうかな」
「ちょっと、外交的に問題のある冗談はナシでね。――あ、こんにちわー」
男の礼に倣って、少女と鳥が黙って頭を下げた。
怯えた様子の苡穂に袖をがっちり掴まれている野森が、図らずも盾になった。ありったけの勇気と人なつっこさを総動員して、会釈。
「こん、にちは……」
すると少女が、祈るように両手を抱き合わせた。目を潤ませている。
「あの、上がってもいいでしょうかぁ」
野森は胸に圧迫を覚え、苡穂を見る。彼女は口を小さく動かし、やがてなんとか発声機能を取り戻した。
「……え、ええ、そこでは、そうですね。どうぞ、玄関はあちら……」
「あ、おかまいなく。ここで脱いじゃいますから」
と男が早くも正座のような姿勢で侵入を果たしている。一度背を向けて、脱いだスリッパをきちんと揃えた。少女も、ためらいのない動きで部屋にまで踏み込んでいる。鳥は、男のスリッパで足の裏を拭いている。
「ペット可ですか?」
男が苡穂に訊ねる。と、少女が髪を広げて振り向いた。
「小岩井は家族だよっ、ペットじゃないもん!」
「……こ、小岩井?」
野森は、だいぶ接近してきている少女の横顔を見ていた。目が合う。
「そうだよ。小岩井は小岩井だよ、飛べない鳥なんだよ」
男がそこへ発言。
「いやいや、僕ら中身はみんな宇宙生命だから――」
「あ、バカ! クッソバカ!」
少女が突然、それまでの舌足らずな喋り方を覆す、ビビットな発声をする。
「なんでそんなすぐにバラすんだよ!」
男は、二つのお茶が載る広い卓に向かって座りながら弁解した。
「だって、もう飽きたんだよ、そういうの」
少女は脱力して、すとんと腰を下ろした。
「はあ? なんだよもう、もったいないなー……」
意気消沈といった様子で、卓上に組んだ腕を投げ出し、仏頂面をのせる。その姿が卓のなめらかな表面に映り、逆さ富士の様相。
苡穂と野森は、顔を見合わせて互いの困惑を共有していた。