覚悟(最終話)
「だから菜々子さんに役員は…」
「務まらないってのか?」
「そうじゃ、ありません。」
朝-
相澤と明良が、社長室で言い争っている。
「…今、経営が順調だからいいですが、もし会社に何かあった場合、菜々子さんにまで経営の責任を負わせることになるんです。」
「…!…」
その明良の言葉に、相澤は(さすがだな)と思った。明良は事務所の倒産を経験している。
「それもそうか…」
相澤が突然素直になったので、明良は少し拍子抜けした。
「…でもなぁ…お前の秘書というだけでは、経営に参加してもらえないよ。…菜々子さんには、女子のまとめ役になって欲しいんだ。」
「…それはわかりますが…」
「ただの「部長」とかで収めたくないし…。」
「おはようございます。」
ドアがノックされ、菜々子の声がした。
「おはよう!菜々子ちゃん、入って!」
相澤が言った。
「おはようございます。」
菜々子が部屋に入ってきて、頭を下げた。
明良が気まずそうに、菜々子を見た。
ちゃんとタクシー代を置いていってはいたが…。
「…おはよう…菜々子さん…」
「明良さん、ひどいわ。…どうして先に行っちゃうの?」
「…すいません…。先輩と話があって…」
「私を役員にするかしないかって話のことね。」
「!」
相澤と明良が驚いて菜々子を見た。
「昨夜、明良さんがずっと目を開けたままだったから、気になっていたんだけど…。」
「!…お前、寝てないのか?」
相澤が明良に言った。
「…いや、朝方には寝ましたよ。」
明良は菜々子がすっかり寝ていると思っていたので驚いていた。
「すいません、菜々子さんまで起きてたんですね。」
「肌が荒れちゃうわ。」
菜々子は笑ってそう言い、明良の隣に座った。
「相澤さん…じゃなくて、社長…。私を役員にして下さいます?」
「!!」
相澤と明良が驚いて菜々子を見た。
「菜々子さん!」
「明良さん…ずっとあなたに逆らうようで悪いんだけど…。…やっぱりこの方がいいんじゃないかって…」
明良は不安そうな表情で菜々子をじっと見ている。
「あなたは、私にまで経営の責任が及ぶのを恐れているのよね。私もあなたのサポートさえできればいいから秘書でいいと思っていたけど…。何かあった時はどうせ皆一緒じゃない?ただの秘書だからって、独り責任逃れするのは嫌だわ。」
「…さすが菜々子ちゃんだね。」
相澤が感心している。明良は視線を菜々子から足元に向けた。
「明良さん…離婚まで考えてくれてたのね。」
「!!」
明良は驚いて菜々子の顔を見た。
「離婚だって!?」
相澤が素っ頓狂な声を出した。
「な、何!?どういう意味?」
何故か相澤が一番うろたえている。
「違うのよ、社長。明良さんね、この会社に万一のことがあったら…離婚して私だけ逃がそうとしているの…。」
「!!」
明良はすべてを菜々子に見抜かれて、動揺している。
「離婚届見つけちゃったの…あなたのところだけサインと判があった。」
「!!」
「最初はびっくりしたけど、あなたの普段の言動から…そういうことじゃないかと思ったの。私が前の事務所を辞めてから、明良さんがぐっすり寝ているところ…見たことないもの。」
菜々子は明良に微笑みながら言った。
「お前…!…そんなことまで考えてたのか!」
相澤が言った。
「社長、悪く思わないでね。会社が倒産したことまで考えるなんて縁起悪いけど、明良さんの今までの経験から悪い方に考える癖があると思う。」
相澤が苦笑した。
「そうだな…。だからお前を副社長にしたんだけど…。」
「?」
明良と菜々子は不思議そうに相澤を見た。
「…今のお前と一緒だよ。俺は、最初はお前を巻き込みたくなかった。」
「!…先輩…」
「お前はお前で人生があるから、俺と一緒に心中させるのはどうかなってさ。」
明良は驚いた表情で相澤を見ている。
「ちょっとは見直したか?」
相澤はそう言って笑った。明良は下を向いて苦笑した。
「お前は先を見る目がある。少々悲観的だけど、俺が呑気だから一緒になったらちょうどいいんじゃないかってね。」
菜々子は、微笑んで下を向いている明良を見た。
「私も仲間に入れて、明良さん。」
「菜々子さん…」
明良は菜々子の顔を見て「ありがとう」と言った。
「言っとくけど、…離婚届はもう破っちゃったわよ。」
「!」
相澤が笑った。
「よし!これで菜々子ちゃんは専務に決まり!菜々子ちゃん、後で契約書用意するから、サインお願いね。」
「はい。」
「役員会議はこれで終わりだ。副社長室に帰って、2人でキスでもしてくれ。」
「!嫌だわ、社長。」
全員で笑った。
・・・・・
翌日、菜々子に専務室が用意された。
菜々子は、副社長室と一緒でいいと言ったが、女性社員やアイドル達の話を聞いたりするのに、やはり別に部屋を用意した方がいいだろうということになった。
「…落ち着かないわぁ…」
立ったまま辺りを見渡して、菜々子が言った。
「どこが?」
専務室を訪れた明良が不思議そうに言った。
「広すぎるのよ。それも1人きりでずっとここにいなければならないの?」
明良は笑った。
「別にずっといなくていいですよ。レッスンを覗きに行ったり、仕事に同行してあげたり、菜々子さんの思うようにして下さい。」
「なるほど…」
菜々子は嬉しそうに言った。
「…でも、あなたとの時間…思ったより増えないわね。」
菜々子がそう言うと明良がそっと近寄って、菜々子に口づけた。
「菜々子ちゃーん!」
相澤の声がした。明良と菜々子は慌てて、体を離した。
「菜々子ちゃんの、秘書兼運転手さんが挨拶したいって。」
「!?…はい、どうぞ…」
ドアが開いて、相澤の後ろから女性が入ってきた。菜々子はその女性を見て、声を上げた。
「マネージャー!」
「菜々子さん!」
2人は思わず手を握り合っている。
明良がまぶしそうに目を細めて微笑んでいる。
「どうして?事務所辞めちゃったの?」
「実は、菜々子さんが事務所を辞められてからすぐに私も辞めたんです。」
「!…どうして…」
「私も潮時だと思っていたんです。しばらく貯金していたお金でゆっくりしていたんですけど、昨日相澤社長からお電話をいただいて…」
菜々子は、相澤に感謝の目を向けた。相澤は親指を立てた。
「是非と、すぐにOKさせていただきました。」
「私もこんなうれしいことはないわ。これからもよろしくね。」
手を握りあっている菜々子達を後にして、明良と相澤は専務室を出た。
・・・・・
「お前の元マネージャー元気か?」
相澤が一緒に副社長室に入ってきて、明良に尋ねた。
「ええ。カナダで第2の人生を満喫しているようですよ。」
「いいなぁ…。俺も社長引退したら、そうしようかなぁ…。」
「先輩。」
「ん?」
「僕は…若い頃から、いつも先輩に守られてばかりで…」
「おいおい…いきなりどうした?」
「…菜々子さんのことまで…フォローしてくれて…」
「…やめろって…」
相澤は、もう涙している明良に背を向けた。
「…これからも迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。」
明良は涙声でそういい、その相澤の背に頭を下げた。
「なんだろうねぇ…お前って…ほっとけないっていうか…」
相澤は背を向けたまま言った。
「お前の才能に嫉妬したこともあるけど、そんなことも超えて勝手に体が動いちゃうんだよなぁ。いうなれば兄弟みたいなもんだ。」
「…!…先輩…」
明良は驚いた目で相澤を見た。
相澤が振り返った。目が真っ赤になっている。
「まっ…こちらこそよろしく。」
相澤はそう言って明良の肩を叩くと、足早に副社長室を出て行った。
明良はまた溢れ出る涙を、指で払った。
(終)
最後までお読みいただきありがとうございました!
ちょっと大人になった明良はいかがでしたでしょうか?
次は「アイプロ!」というお話で、更に明良が大人(?)になって登場です。
(ラブラブシーンは減りますが(^^;))
是非、次回もよろしくお願いいたします(^^)