↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
113/133

# 第113話 代替経路



 救出した三人を乗せた支援車両が、閉鎖保守区画から離れていく。


 小春は車内へ残り、三人の生命維持と搬送先への引き継ぎを担当した。意識を取り戻した一人には、黒瀬班が戻るまで詳しい事情聴取を行わない。助けた直後の人間を、今度は情報を吐かせる道具へ変えないためだった。


「三人とも、搬送中の急変はありません」


『了解しました。こちらは五人で再進入します』


 綾乃が通信を切ると、貨物昇降機の扉が閉じた。天城、ミナ、奏、零士が同じ箱の中に立ち、上層の灯りが金属板の向こうへ消える。


 零士の端末では、三十二件以上の照合要求が同じ場所を回り続けていた。その脇に現れた『代替経路 起動準備』の表示だけが、少しずつ進行率を上げている。


 再進入前、綾乃は条件を一つも緩めなかった。有線通信が切れれば制御点を目前にしても撤退し、記録を守るために班員を残さない。候補の身元が判明しても、その人物を泳がせて回収者を待つ手段は使わない。誰かを囮にしなければ辿れない相手なら、別の道を探すと決めている。


「あと六割。起動したら、循環させとる方を飛び越して外へ出る」


「外のどこへ繋がる」


「それを見つけに戻るんや。先に壊したら、また何も残らんで」


 天城は返事の代わりに扉へ向き直った。昇降機が下層へ着くと、先ほどまで通った隔壁は全て開いたままだった。設備が侵入者を見失ったのではない。退路を塞ぐ処理より、代替経路の起動を優先している。


 奏は床へ指先を触れ、能力反応の残り方を確かめた。救出者が残した痕跡は縦穴前で途切れているが、制御設備の作動に伴って生じた別の薄い反応が、壁の内側を斜め下へ移動している。


「動いている」


「人?」


「違う。能力反応を含む物体。さっきまでは奥にあった」


 ミナが壁へ片手を沈めた。内部には人が通れない幅の保守溝があり、束ねられた配線の中央を、黒い箱がレールに乗って滑っている。


「端末みたいな箱! 下の分岐へ逃げてる!」


「制御記録の退避装置や。代替回線だけやなく、本体ごと移す気か」


 零士が配線図へ新しい経路を重ねる。黒い箱は深部制御点から切り離され、施設外へ伸びる細い有線路へ近づいていた。外部接続が成立すれば、候補照合の続きだけでなく、ここに残る判定記録も向こうへ渡る可能性がある。


「最短経路は?」


「正面の制御室を抜けて、右の保守壁。けど、扉に消去線が入っとる」


「ミナ、内側を確認。奏は箱の位置を追跡。零士は扉の解除より、外部接続までの時間を優先してください」


 綾乃の指示で役割が分かれた。天城は先頭に立ったまま、制御室の扉へ手を触れない。自分なら扉も壁も一撃で壊せる。しかし箱の中身と消去線を同時に潰せば、次の被害だけでなく、選んだ側へ届く道も消える。


 壁へ消えたミナから、すぐに声が返った。


『中に人はいない。扉の左右に細い容器が二本。線が切れたら中の端末へ液体が落ちる仕組み』


「また証拠消去か」


「見つかる前提で作っとるな。あまぎっち、扉の中央から右へ十八センチ。そこだけ押さえられるか?」


「何を止める」


「錠の作動板。押し込みすぎたら容器も割れる」


 天城は笑わなかった。右手の指二本を指定された位置へ当て、金属越しに返る微かな抵抗を《領域掌握》で拾う。力を加えれば潰れる薄い板を、動き始める直前の位置へ留めた。


「止めたぞ」


「そのままや」


 零士が電子錠だけを解除し、ミナが内側から消去線を一本ずつ外した。綾乃と奏が先に通過した後、天城は作動板を戻して制御室へ入る。


 室内には椅子も机もなかった。壁一面に並ぶ機器と、人が立ったまま操作する高さの端末が一台。その表示だけが、ここを完全な無人施設ではないと示していた。


 端末の前だけ、床に付いた薄い埃が半円状に消えている。壁際の自動設備とは違い、そこでは何度も人が立ち、手を伸ばしていた。靴跡は重なりすぎて人数を絞れないが、機械へ全てを任せた場所ではないことだけは明らかだった。


『手動退避 承認済』


「誰かが動かした?」


 ミナが表示へ顔を近づける。零士は端末に触れず、外部から残った熱と処理時刻を確認した。


「六分前に手動承認が入っとる。ここへ来た時にはもうおらんかっただけや」


 番人たちは判定結果しか知らず、奥は無人設備で隔てられていた。だが、全てを機械だけが決めていたわけではない。黒瀬班の侵入と対象喪失を知り、制御中枢を逃がした人間がいる。


 奏が壁の奥へ向けて顔を上げた。


「箱、分岐へ入る。外部接続まで一分未満」


「追いつけるか」


「壁を壊せばな。箱ごと潰してええなら早いで」


「潰さねぇ。場所を言え」


 零士が一瞬だけ天城を見た。確認を挟まず破壊する男が、先に証拠を残す条件を選んでいる。からかう時間はないため、配線図の一点だけを示した。


「三メートル先、床から九十センチ。箱の前後に駆動具、右側に通信線。中央へ力を掛けたら終わりや」


 天城は制御室の奥へ踏み込み、壁の前で腰を落とした。領域内を走る小さな機械、その周囲の配線、前後から押す駆動具を別々に捉える。壁そのものを砕かず、前方のレールだけへ下から圧力を加えた。


 黒い箱が僅かに傾き、移動を止める。後方の駆動具が押し続けても、箱の中央には衝撃が伝わらない。ミナが壁を抜け、通信線を物理的に外した。


「確保!」


 代替経路の進行率が九十八パーセントで止まった。零士が保守口から箱を引き出し、内部電源を維持したまま外部送信だけを《電磁静域》で遮断する。


 循環させていた候補照合も、代替経路の停止を受けて待機状態へ変わった。三十二件以上あった識別列のどれにも選定結果は付かず、現地回収命令も生成されていない。新しい一人を犠牲にせず、追跡に必要な中枢だけを確保できた。


 暗号化された記録はすぐには読めない。ただ、処理の流れを示す三つの欄だけが画面に残っていた。


『候補照合』


『現地測定』


『最終判定 外部承認』


 この施設は、人を選ぶための入口ではあった。だが誰を運ぶかを最後に決めていたのは、ここにいる番人でも、無人の選別装置でもない。


「逃げた奴が、選んでたのか?」


「まだ断定できません。手動退避を承認した人物と、最終判定者が同一とは限らない」


 綾乃は結論を急がなかった。それでも追うべき相手が機械の奥に隠れた誰かであることは、初めて物証として残った。


 零士が遮断した箱の内部で、一件の送信待機記録が点滅する。


『外部承認者 移動中』


 その下には、外部承認者が通過するたび応答した中継点の列が残っていた。正確な現在地ではないが、応答の順序は施設から遠ざかり、学園都市の地下を西へ移動している。


 選ぶ者は、まだ逃げ切っていなかった。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。