第一話
入学式の最中に気づいた。
あ、ここは。間違いない。
乙女ゲーム『ノヴァーリス』の世界だ。
この大講堂のデザイン、校長の祝辞内容、ゲームのプロローグと全く同じ。見覚えしかない。
中世ヨーロッパ風の学園を舞台にした乙女ゲーム。主人公の令嬢が個性豊かな攻略対象たちと恋をする、王道のストーリー。
そして自分は……
そっと自分の髪に手を触れる。
指先に絡まったのは艶やかな金の巻き毛。
アイリーン・マーガレット。
このゲームに登場する、ヒロインの恋のライバル的存在。
親からは溺愛されて蝶よ花よと育てられた、公爵家の箱入りお嬢様。
家柄よし、容姿よし、愛嬌よし。
無邪気で可愛く明るいちょっと我儘な女の子。
そして我儘ゆえに、主人公の攻略対象を横から奪い取る。
要するに「悪役令嬢」
どうもそれに転生してしまったらしい。
頭の中で必死に記憶を手繰り寄せる。前世でプレイしたあのゲームのストーリー。攻略対象たちの名前。ヒロインの行動……
「入学生代表、オルガ・クラレント」
そのとき、司会の声が講堂に響いた。
壇上に上がったのは整った顔立ちの青年だった。周囲の令嬢たちがざわめくのがわかった。
無理もない。あれは確かに人目を引く存在感だ。
由緒あるクラレント侯爵家の次男。学業優秀、武術にも長けた才色兼備。
立ち振る舞いは完璧で、どこにいても絵になる。
それでいて嫌みがない。近寄りがたいわけでもない。
ゲームの攻略対象の中でも特に人気が高く、いわゆる王子様系のポジションだ。
要はこのゲームの顔的存在……
……待って?
オルガ・クラレントがいる。
クラレント家が存在している。
つまり……兄もいる。
オルガ・クラレントの兄、ラルフ・クラレントがこの世界にいる!
ラルフ。
ゲームの扱いとしてはほとんどモブ。つまり攻略対象外。
でも自分はそのラルフが最最最推しだ!
このゲームは何周もした。ありとあらゆる攻略ルートをあらゆるエンドでプレイしまくった。
セリフも多分ほとんど覚えてる。
ゲーム自体は大好きだ。ただ攻略対象はどれも正直刺さってない。
しかしそんな自分に唯一ぶっ刺さりしたのが攻略対象外のラルフというキャラクターだった。
ビジュアルはオルガルートのとあるスチルに少しだけ存在している。
オルガルートの第五章でとある選択肢を選ぶとラルフの名前が出てくる。
別キャラの攻略ルートでも、一瞬だけ学園のOBであるラルフの名前が出る。
攻略対象外だからデートも無ければイベントもない。告白なんてあるわけがない。
それでも自分は落ちてしまった。
ラルフという存在を知り尽くすために、彼に関するほんの少しの言及を見逃さないために何周、何十周もやった。
そんな、自分が、今!
悪役令嬢アイリーン・マーガレットに転生したのだ。
主人公の恋路を妨害?相手を略奪?そんなの欠片も興味ない。
それよりもラルフ!ラルフを攻略したい!!
ラルフルートを歩みたい!
「……ありがとうございました」
オルガがお辞儀をした。割れんばかりの拍手が講堂に響く。
あ、スピーチ全然聞いてなかった。
って、それよりも考えなければ。
今はゲームのプロローグ。
ここから主人公は攻略対象を決め、それに合わせて学業や社交などを頑張ることでステータスを上げていく。
……待て、主人公の歩むルートによっては自分の家が没落するぞ。
とあるルートでは主人公は政略だか戦争だかに巻き込まれてしまう。
そして父親が不正に手を染めたことを主人公に告発され、一家は落ちてしまう……みたいな流れがあったはずだ。
それは避けたい。没落は御免だ。
となると、主人公、つまりヒロインにはオルガルートを歩んでいただく必要がある。
別に他の没落回避ルートでも良いっちゃ良いが、オルガルートに進めば、彼女の行動はオルガへの好意に向かう。
そしてオルガに近づくということは、クラレント家に近づくということ。
ワンチャンラルフに会えるということ!!!
計画は単純。
主人公を見つけて仲良くなって、オルガに自然な形で接触させる。
あとはオルガルートの攻略チャートを頭の中から引っ張り出して、ヒロインが正しい選択肢を選べるようにさりげなく誘導すればいい。
自分はヒロインのオルガ攻略を完璧にサポートしながら、兄のラルフに会う。
よし、完璧だ。
悪役令嬢アイリーン・マーガレット。
ゲームにはない、ラルフルート攻略開始!




