ケイコとマナミ、友情は世界を超えて~本日のおすすめスープ、ヴィシソワーズ添え~
1.
一人のファンタジーオタク女子がいた。
名前はケイコ。背丈は普通、体型も普通、スカート丈も普通。
髪はちょっとボサボサで、肩まで適当に伸ばしていて、少しだけそばかすが悩みだけど元気が取り柄の高校3年生。
一人のメカオタク女子がいた。
名前はマナミ。背丈はちょっと高くて、やせ型で、スカートは長め。
髪は長くて、眼鏡をかけてて、少し寝不足気味でクマがあるのが悩みだけど、頭脳が取り柄の高校3年生。
2.
その日のケイコは何となく、嫌な予感はしていた。
具体的に何が、と言うことはなくて。
ただ、朝起きたらスマホの充電ケーブルが首に巻きついていたとか、ミラースタンドを見たら奥の方にスタンドみたいな黒いのが浮かんでいたとか、ご飯を食べたら喉に詰まったとか、トイレに行ったら紙がなかったとか、父を見たら髪がなかったとか、テレビからイエーイって声が聴こえたとか、外に出たらクロネコの宅急便に遭遇したとか。
まぁ、その程度のものだけども、嫌な予感はしていた。
「まっ、気にするほどのことじゃないよね」
それら全てを見なかった事にして、ケイコは清々しい朝の道を歩き出した。
どうして見なかった事にするのか。
マナミに会えるからだ。マナミに会いたいからだ。
長きにわたるかけがえのない友人、マナミと、今日も他愛のない話をしたくて――
ドン!
そうして通りに出てすぐ、ケイコは吹っ飛んだ。
がんばりゴールキーパーみたいな角度で吹っ飛んだ。
宅急便のトラックに跳ね飛ばされて、ケイコはド派手に吹っ飛んだ。
……あ、それ、不吉の予兆(物理)だったのかぁ。
それはちょーっと、予想してなかったなぁ……
走馬灯っぽい記憶のフラッシュバックと、妙にスローモーションになった視界と、何故か聴こえるうーわ、うーわ、うーわ……と言う謎の耳鳴りと共に、彼女は道路に倒れ伏した。
二人の女子の、待ち合わせの朝。
おかしいと思ってマナミがやって来た時には、ケイコの体は動かなくなっていた。
3.
「だいじょーーーぶっ!」
呆然と立ち尽くしていたマナミが悲しみの叫びを上げる間もなく、目の前に現れたのは、一匹のイケメン。
……一匹のイケメンってなんだろう。
でも、ぱっと出現したそいつを端的に換言すると、そんな感じだった。
現れたのは、ものすごく端正な金髪・細目・二重のイケメン顔が、魔女っ娘系のお約束の白くてまるっこい胴体にくっついた、怖すぎるバランスのなんかだった。背中には全然可愛くない蛾みたいな小さな羽が生えて、パタパタと下品に空を飛んでいる。
「ボクは、コンポ太!彼女は死んでいないよ!ケイコちゃんの魂は転生して、異世界で暮らすことになるんだ!」
そのくせ、声がオッスオラだった。
地獄みてぇなクリーチャー出て来ちゃったな。
マナミは頭を抱えたくなったが、聞き捨てならない話に、ひとまず耳を傾ける。
「それはつまり、生き返れるってことなんですね?」
「でぇじょぶだ、いきけぇれ」
「その声でそれ言うのやめてもらえます?」
「すみません」
急にしおらしくなる妖……精?妖怪?
マナミはこれを仮に"妖怪"と呼ぶことにした。妖怪でいいやこれ、怖いし。名前で呼んでやるものか。
目立ちにくい一軒家の前とは言え、あまり話を長引かせると人が来てしまう。
――いや、しかし、トラックの運転手が出て来ていない時点で、おかしい。
「それも、大丈夫だよ。今は人は来ない。……結界を張っているからね」
異変が起きている事は認識されていない、話に集中しても構わない、と言うことか。
「そう、まるで放置したポタージュに浮かぶミルクの膜のように」
「今うまいこと言うのとか求めてないんです」
「すみません」
とはいえ、だからゆっくりお話が出来ますよ。と言われても心情的に難しい話だ。焦りを感じつつ、マナミは話を促した。
「で、どうなるんですか、妖怪変化さん」
「ケイコちゃんは、特例として異世界の令嬢に転生して、生きる事になるよ。ボクみたいな顔がいっぱいの、乙女垂涎のワールドさ!」
「乙女がまぁまぁ頻繁によだれ垂らしてるみたいな言い方やめてもらえます?」
「すみません」
思わずそっちに苦情を言ってしまったが、本来言うべきところは"ボクみたいな顔"の方だったかもしれない。
顔だけはそうかもしれませんね、顔だけは。
マナミは改めて頭を抱えて、絶望の表情で固まったまま、膝をついた。
「なんてこと……こんなのがたくさんって、ケイコ、地獄行きなんだ……」
「えっまるで僕が地獄の使者みたいなこと言うじゃん」
「言ってるんですよ」
「すみません」
少しだけマナミは状況を頭で整理する。そして、必要なことを確認すべく質問を投げかけた。
「それで、生きているならいつ帰って来るんですか?」
もちろん、この妖怪の言い分を簡単に信じるわけではないが、帰って来られるなら、死んでいないならこれほど嬉しい事はない。
いつかケイコに会える、それだけでも、マナミの心は少し安らげるのだ。
そう思い、一応、彼女はコンポ太の説明を聞き入れることにした。
「いや、帰っては来れないんだ。ケイコちゃんは、異世界で人生を全うすることに……」
「は?」
空気が凍り付いた。
マナミが、寝不足で悪くなった目つきをさらに悪くして、恐ろしい形相で妖怪を睨む。
「僕はこちらの世界の人に説明する役目を負っている、ので……近しい方には、彼女の今後の人生だけでも伝えて来るようにと、その、担当の神コンソメ様から、ね……?君への説明と支援を指示されてるだけなの……です……。あのここはひとつ穏便に……」
「会えなかったら、意味ないでしょおがあぁぁぁっ!!」
マナミはついに怒り心頭、コンポ太の首(たぶん首だと思われるまるっこい所)を掴み、ブンブンと振り回しながら、叫んだ。
4.
ケイコが目を覚ますと、最初に目に飛び込んで来たのはキラッキラの天井と、シャリッシャリのシャンデリアだった。
うわぁ、金持ち全開。趣味わるそー。
そう思いながら起き上がり、周囲を見渡す。
ベッドの横には木製だけど豪華な金具付きのタンス。壁には謎の人物の肖像画と、爆発しそうな芸術の変な絵。それに、バカでかいクローゼットと、体をうずめているベッドも当然ふかふかで、目の前には銀髪執事服のイケメン。
……おい、寝室に執事服のイケメンおるぞ。くせものだ、出会え、出会え。
「お目覚めになられましたか、ヴィシソワーズお嬢様」
微妙にそれっぽくはあるけどオシャレさより美味しそうな方が強い名前で呼ばれた。
「ヴィシソワーズ・オ・ポークビーンズ様。本日もお目覚めの姿を拝見出来る幸せ、恐悦至極に存じます」
家名の方はいよいよオシャレさすら投げ捨てていた。豚肉やん。
そんな細かな点に心の中でケイコは文句をつぶやきつつ、さておきここはどこなのか。イケメンなのは認めるが、女子の寝室に堂々待機している男を信用するわけにはいかない。
ケイコは自分がどんな格好をしているかもわからない。念のため布団で体を再び包みながら、尋ねた。
「それで、ここはどこ。あなたは誰」
「わたくし、メイドのボルシチです」
「冥土かぁ、やっぱり私死んじゃったんだ……ボルシチ釜茹での刑ってヤだなぁ」
おぼろげながら吹っ飛んだ記憶はケイコの中にあった。
少しだけ涙がこみ上げる。何はともあれ、きっと元の世界には……マナミには、会えないのだ。
「いえ、あなたは生きておられますよ。このスープストック国のご貴族様であらせられます。どうされました?ご不調でしたらわたくしの渾身の萌え萌えキュンにて、お元気を取り戻していただけると」
「あ、いらないです」
頑張って現実逃避してみたが、現実は逃がしてくれなかった。
メイドを自称する男とは、わけがわからないよ。
しかし、いくらかこの男から話を聞き状況を確認しているうちに、ケイコは確信した。
これは乙女ゲーム……ではなく、乙女ゲームを模したネタゲーム、「ハンサム・ド・スープストック」の世界だ。
貴族令嬢がイケメンに囲まれる系の乙女ゲームにならって製作したものの、一部過激派の声に従い「物語上必要な女性」まで排除した結果、メイドまでもが攻略対象の男になって寝室で着替えを手伝いに来るとか言う無茶苦茶な設定で、あまりに無理が出た故にネタ方向に開き直って発売された、そんなゲームだった。
執事服を着てるのに「メイド」でゴリ押ししてくる辺りも狙ってやっている。
……あれっ?
ケイコは気付く。つまりそれって、この後。
「では、ヴィシソワーズ様、着替えをお手伝いいたしましょ」
「ぎゃーー!!触るな!!」
すこーん、といい音がして、手元の丸いトレイが横回転で顔面に直撃すると、ボルシチは痛そうな顔をしつつ引っ込んで行った。
あの馬鹿め、どういう技か見切れんのか。
……鏡を確認すれば、衣服こそゲーム内の貴族令嬢だが、見た目は元のケイコの顔のままだった。
美人の令嬢にすらなっていないとか、何のための転生なんだよ。そう思った。
――その後、屋敷や街を巡るケイコは、改めて確信した。これは、ゲームの世界だと。
最イケメン設定なのに異様にアゴが長くデザインされている貴族「ミネス・トローネ」の登場や、お城へ挨拶に行った時に遭遇した、お前これ言いたかっただけちゃうんかってネーミングの王「トムヤム君」なんかも記憶の通りに出現し、ケイコの頭を抱えさせた。
長いアゴの後ろには世界観ガン無視のグラサン黒服もいた。ざわざわしてた。
ここまで完全に一致してて、人違いでしたぁ、キャハッ☆なんてあるはずもない。あってたまるか。
だがしかし。
「私は、元の世界に帰りたいんです!マナミって言う友達がいるの!」
そうとわかってしまえばケイコの心を震わせる存在はこの世界にいない。帰宅後すぐ、ケイコはメイドのボルシチに懇願した。
だってネタゲームだもの。イケメンにキュンキュンしたりしてないもの。マナミと一緒にロングロングアゴー!とか言いながらゲラゲラ笑ってただけだもの。
それに何よりも、ケイコはマナミの事が大好きだった。
死が二人を……とまでは言わずとも、いつか大切な人が出来るまで、ずっと一緒にいたい。
そんな唯一無二の存在がマナミだった。
「元の世界、とはいったいなんのことでございましょう。ヴィシソワーズ様は、17年ずっとこの家で育った方でおられますが。わたくし」
「ぎゃーー!続き言うのやめて!やめろ!ぶっとばすぞぅ!」
ゲームでもインパクトのあったセリフ故にケイコは瞬時にその続きを思い出し、耳を塞いで聞くのを拒否した。
この次のセリフ「わたくしあなたのオシメを替えた事もあります」とか言う奴だ。
そんでヴィシソワーズは何故かトクン……とか言っちゃうのだ。
ユーザーに「何故かデバッグだけはしっかりしていて一切バグがない。強いて言えばバグってるのは倫理観と製作者の脳」と評されたゲームなだけはある。
その日の夜、ケイコは即座に路銀と旅用の装備を屋敷からくすねると、書置きだけを残しそのまま部屋を飛び出した。
いわゆる、夜逃げだ。
「もう、なんでもいい。マナミにまた会うために、私は生きるんだっ」
ふんっ、と拳を握って気合を入れると、何もわからない世界の夜道をケイコは歩き出すのだった。
5.
それから数年。
マナミは本格的に工学部に入り、趣味でなく本気で機械いじりに没頭していた。
「ゲーム世界の中に入るメカ……本気で、作ってやろうじゃないですか」
目的はただ、ケイコに会いたい一心であった。
「マナミ、大丈夫かい?もうずっと3時間くらいしか寝ていないじゃないか。君が体を壊さないか心配で、僕はお昼寝も出来やしないよ」
「あんた夜ふつうに寝てんじゃないの!」
「アッハ、これは痛いところを」
「その顔で微妙にイケメンムーブするのやめてよ!気持ち悪いんですよ!」
コンポ太とか言う妖怪は、まだいた。何故いるのかと問うと、こちらの世界を見守るのが役目だからと言っていた。
手すら丸っこい体の方準拠なので、額を触ってアッハみたいなポーズを取る事すら出来ないコンポ太だが、顔だけは妙に表情豊かに動くので気持ちが悪い。
さすが「デザインとモデリングだけは完璧。ただし半分が人の形をしていないので性能の無駄遣い」と評されたゲームなだけはある。
そう、こちらに現れたコンポ太なる存在も、ゲーム「ハンサム・ド・スープストック」のキャラクターの一人だった。
何故こんなクリーチャーになったかと言うと、メイドの存在を非難された製作スタッフが「もう念のためマスコットキャラもイケメン攻略キャラにしといたほうが良くね?」と危惧したからだった。
だからってこうなったのは脳がバグっているのだが。
マナミが高校を卒業し大学で研究を進めている数年間、コンポ太を横に置いて生きて来たのは、これの存在を利用するためだった。
ゲームから現実世界に飛び出して来た存在。
その理屈を解明すれば、自身をゲーム内に飛ばすか、ゲーム内に連れ込まれたケイコを現実世界に引っ張り出す事も可能なのではないか。
ついでに交換用の触媒的なものが必要になるならコイツを向こうへ強制送還しよう。
そう考えて、色々便利だと判断したからだ。
「VRと同じ要領で意識のみをゲーム中に存在させられれば……実質肉体が死んでいるけどゲーム内に意識のあるケイコと、同一世界の存在に……」
ブツブツ呟きながら理論をまとめつつプログラムを打ち込む。
このプログラムの試走とVRマシンの試作に、彼女は睡眠すら削り、生活のほとんどの時間をつぎ込んでいた。
「どうして、そこまでするんだい?」
「どうしてって、決まってるでしょう」
コンポ太が痛ましそうな顔(顔だけなので気持ち悪い)をして尋ねるが、マナミは迷わず答える。
「大事な友達に、また会える可能性があるからですよ」
「わからないな」
コンポ太がまた、まるっこい体では到底実現不可能な腕を広げる大袈裟なポーズらしき動きをしながら、芝居がかった口調で言う。
「事情は話した通り、ケイコちゃんは危険に巻き込まれたわけじゃない。この世界で幸せに暮らせるんだ。会いに行っても彼女は貴族、一緒には過ごしてくれない可能性だって……」
しかし、マナミは首を横に振る。そして確信をもって、彼女は断言した。
「あの子は私に会いに来る、来てくれる」
6.
ケイコとマナミは、オタ友としては趣味が合うようで合わない方だった。
ファンタジーとメカは方向性としては真逆、時々超常と科学の食い違いで喧嘩したりもした。
でも、不思議と二人の波長は合っていたのだ。
機械いじりだって、行き着く先は「したいことをする」ためにある。
それはある種のファンタジーであったし、「こんなことが出来たらいいね」と笑い合う二人は、互いにかけがえのない存在だった。
そうして絆を深めた二人は、何かあれば互いにすぐ心配し合うようになっていた。
まるでお互い、自分の半身を探すかのように。
授業中にマナミが徹夜で体調を崩し保健室に行ったとなればケイコはすぐさまお見舞いに行った。
ケイコが池袋に買い物に行ったまま帰らないと聞けばマナミはすぐさま探しに行った。
電波の通じないコミケではぐれた時も、呼び合うかのようにガンダムコーナーで再び巡り合えた。
別行動だったはずのコスプレ会場で、いつの間にか機械鎧のコスした兄弟の前に並んで立っていた。
いつでも、いつだって、二人は出来るだけ一緒にいようとした。
高校を卒業しても、社会人になっても、それは変わらない。
いつか二人以外の人と一緒にいることになっても、二人以外の人を好きになることがあるとしても。
思い立ったら通話でもして、会いたくなったら時々会って、しょうもない夢語りをして笑い合う。
そう、思っていたのだ。
――だから。
7.
「私はあの子に会いに行く。絶対に行く」
ケイコは夜逃げして数年、それを一心に祈って旅を続けた。
貴族社会から落ちのびて、放浪の身となったケイコ。それでもどうにか命を繋いでいた。
魔法もあるファンタジー世界での放浪の旅は命の危険もあった。
本来なら貴族界で敵役となるチャウダー伯爵 (イケオジ)が何故か居場所を突き止め追跡して来たり、魔法使いシャンタン(イケ爺)に修行の体で婚姻を結ばされそうになったり、山賊のビスク(イケショタ)にナイフで壁ドンされて俺のものになれよと言われたり。
しかしそのことごとくを、ケイコは友情パワーと気合と、何故か持っていたスマホのみで生き延びた。
スキを突くためにカメラのフラッシュが有効だったが、おかげでスマホにイケメンのイベントスチルみたいなのがいっぱいたまっている。眼福……なわけはない。実際最新画像がイケメンCG集みたいになってはいるがそれどころじゃない。
大事に使ったモバイルバッテリーも力尽きた後は、シャンタンの修行により会得した魔法でどうにかして来たが、その中で、一つの気付きがあった。
この世界には、転移の魔法がある。
ファンタジーオタクのケイコは隙あらば考察に余念がない。
こちらの世界に来た時点で"スマホとバッテリーを所持していた"ことにヒントがある、と考えた。
「私は確かに死んだ。けど、転生した時に、身に着けてた物は持ってる。そして、顔はそのまま変わっていない」
ならば、これは"転移"である可能性はないのか。
それはこの際どちらでもいいが、そもそも自身の肉体と使用した道具が現実世界そのままに在るのであれば。
「転移魔法を使えれば、元の世界に帰れる可能性がある……!」
転移は時空を超えるのか。そもそも元の世界とここ(スープストック)は同じく存在する世界なのか。
不安要素はある。しかし、可能性はあった。もしも、転移魔法が行った事のある場所へ飛べて、この世界が地続きで存在しているか、隔てた空間を飛び越えられる魔法であるならば……
「帰れる。私は元の世界に帰って、マナミに会えるんだっ」
そうして数年の歳月を経て、彼女はついに会得した。
自身のイメージした場所へ移動する事の出来る、転移魔法を。
「本当に、後悔はないんだな?」
ストロガノフ中佐(渋イケメン)がケイコに声をかける。
「ごめんね、ないよ」
しかし、ケイコは即答した。
ストロガノフ中佐は、ゲームの攻略キャラなので設定上「自身に好意はあるけどウブなので手は出せない」のをいいことに全力で使い倒した(ひどい)軍人さんだ。
おかげでこの逃走劇から魔法の習得までの困りごとを、助けて貰ったり見逃して貰ったり捏造して貰ったりした。ごめんねテヘペロ。
そうして最後まで、ケイコは彼の好意を利用しようとしている。
でも、そんなこと、知ったことか。
私は元の世界へ帰る。帰ってマナミに会うの。
数年紡いだ決意はさらに固まり、何にも揺るがない強さを持っていた。
中佐はキャラ的に、ここまできっぱりと決意を表せば強くは出られないタイプのはずだ。
「でも、俺は、お前を……いや、なんでもない」
ほーら、予想通り。いや、なんでもないって本編でも会う度に去り際に言ってたもの。
ケイコは内心でほくそ笑みながらマナミと一緒にゲームしていた頃を思い出す。全然なんでもなくないわこいつって二人で笑い転げていた覚えがある。
……この時。
ストロガノフ中佐にもう少しばかり、強引さがあれば。
彼がわずかにでも引き留めていれば、あるいは良かったのかもしれない。
息を吸って、吐く。
もし見込みが外れれば、最悪再び知らない土地。最悪の最悪では、おかしな空間に飛び込んで帰らぬ者となる可能性すらある。
それでも、可能性があるなら。
また、マナミと笑い合える可能性があるなら。
「いざっ!」
気合を入れた。
そして、ケイコは、呪文の詠唱を始める。
8.
「出来た……!」
マナミは小躍り……するような体力はもうなかったので、よれよれの体でガッツポーズをして呟いた。
理論上は、完璧なVRマシン。
既存のマシンの応用をしながら、コンポ太がやって来た際の話から理論立てたものを加味し、持てる時間のほとんどを費やした最高傑作だ。
会いに行く、と言うと語弊はあるかもしれない。
でも、理論上ゲーム内に潜り込んでしまった友達に会いに行くなら、同じくゲーム内に行くしか道はない。
失敗に終わる可能性はある、意識が入り込みすぎれば、或いは戻れない……かもしれない。
「あなたはここに残るんですか?」
「ボクはコンソメ様の命令には逆らえないから……」
コンポ太に下された任務は説明と支援。
実質的な体がこの場にある以上、共に中に潜るわけにはいかないと言う事らしい。
その理屈は、マナミにはよくわからなかったが。
コンポ太が複雑な顔をしている(のだが首だけなので気持ち悪い)のを、特に気にせず、マシンの方に向き直り、ゴーグルを装着した。
「それじゃあ、起動します」
「ケイコちゃんがいる場所と環境は、大体確認したよね?気を付けて」
「ありがとう。あんたに出来るかはわかんないけど……帰って来なかったら、フォローよろしくお願いします」
鎮痛な面持ち(をされても首だけなので気持ちが悪い)で頷くコンポ太から目線を外すと、マナミはプログラムの起動に取り掛かった。
「行きます」
呼吸を整えた。
そして、マナミは、起動スイッチを入れる。
9.
長い旅だった。
長い研究の日々だった。
それも、全てこの瞬間のため。
あなたに、会いに行くため。
また、一緒に話そう。
『今、行くから……っ!』
違う世界から放たれる二筋の光が、交差した。
10.
――光は、交差した。
そうして、二人は新たに歩き出す。
探し出せると、見つけてくれると。
信じて道を進んで行く。
またしばらく後。
コンポ太に出会ったケイコと。
ストロガノフ中佐に出会ったマナミは。
「マナミは!?」
「ケイコは!?」
奇しくも同時に、同じ言葉を聞くことになった。
『いやあの、その方なら先日、あなたを追って旅立たれましたよ』
『……はあぁぁぁっ!?』
一人のファンタジーオタク女子がいた。名前はケイコ。
一人のメカオタク女子がいた。名前はマナミ。
世界を超えた友情を結んだケイコとマナミ。
二人の旅は、まだ、終わらない。
――だけど、まぁいいか。
二人はそう思った。
『あははっ』
反対側の世界で、二人は同時に笑った。
――だって、あの子も私を探してくれたんだもんね。
ケイコとマナミ、友情は世界を超えて~本日のおすすめスープ、ヴィシソワーズ添え~
~完~
例の人「1ヶ月がむしゃらに連載続けたけど、10月入ったら宣伝や違う目線の活動をして、もうちょっと読者さん呼ばないとかなぁ……」
どこかで見た謎の先人「名前を知られてない者は短編を書くと新しい層が見に来て認知されるから良いかもしれんぞ」
例の人「ほんまに?ほな書くかぁ」
なろうさん「友情をテーマに文芸展をやってますよ」
例の人「ほんまに?ほな書くかぁ」
勢いのままに書いたらこうなりました。
読んでいただきありがとうございます。
書き始めた段階でネーミングコンセプトなんか何も決まっていなかったのですが、不意にヴィシソワーズって書いた瞬間からおかしくなりました。
連載「異世界帰りの野球おねえちゃん」も、野球は真面目にやりつつも会話の軽さや高いテンションで、とっつきやすさと誰でも楽しめるバランスを心がけております。
本作で読めそうだな、と思って下さった方は、併せて是非ともブックマーク&評価を入れてやっていただければ嬉しいです。
既に連載の方お読みの方はそっち進めろよと思われたかもしれませんが、話を畳む練習もした方が良い、と言うのを聞きましたので、そのための糧と言うことにしてください。




