9 頼まれた婚約者サイラス王子
(あ。そうか。ちょうどいい人がいた。サイラスを通せば……)
ロザリオは、サイラスへ向けて満面の笑みを送る。
サイラスは大きく手をあげてその笑顔にこたえる。
二人のやり取りにまわりの令嬢からは、ため息がもれる。
他人から見れば、婚約者同士の微笑ましい一場面だ。
しかし、実際はまったく違っていた。
サイラスは知っている。
ロザリオがこんな笑顔を見せる時は、なにかしら企みがある場合だ。
(きっとなにかしら俺に頼みごとがあるな)
サイラスはキラキラした笑みをまわりに振りまきながら、ロザリオのもとに近づいてきた。
ロザリオは、サイラスにかわいらくカーテシーをし、にっこりとほほ笑む。
「サイラスさま、来てくださったのですね。ありがとうございます」
「ああ。婚約者としてロザリオのご友人たちに挨拶をと思って。みな今後もロザリオをよろしく頼むぞ」
サイラスの言葉と端正な顔立ちから向けられるクールな笑顔に、令嬢たちからはキャアという悲鳴があがった。
「ロザリオ。俺に頼みがあると言っていたがなんだ?」
(こういう時はサイラスは勘が鋭いわ)
「はい。覚えていてくださったのですね。ではお部屋のほうでお話を聞いてくださいませんか?」
ロザリオはそう言ってサイラスの左腕に手をかけて、宮殿のほうに歩きだした。
「みなさま、本日はお茶会に来ていただきありがとうございます。わたくしは急用がありこの場を離れますが、このあともゆっくりお過ごしくださいませ」
サイラスはロザリオを自分の執務室に連れていった。
「ロザリオ。お前なにか企みがあるな。俺になにかをさせようとしているだろう」
「さすがね。そうなの。ちょっと困ったことがあってお願いがあるの」
「お! めずらしいな。お前が俺に相談ごとが……」
「クラリスさまにご相談があるので、お目通りをお願いしたいの。お願い。すぐにお会いしたいのよ」
「…………」
「三十分でいいわ。お願い」
「……俺では相談にのれないのか?」
「のれないわ」
「…………」
「のれないわ」
「……分かった。ただし、条件がある」
「なにかしら」
「その相談におれも同席する」
ロザリオは少し考えて返事をした。
サイラスのことは信頼はしているのだ。
「分かりました。ただし、あなたは同席するだけで、部屋のすみにいるだけ。それでいいかしら」
「うっ。とりあえずそれで、よしとしよう。では姉上のスケジュールを確認してくるから、ここで待っていてくれ」
サイラスはそう言って執務室をあとにした。
そして数分後に戻ってくると言った。
「姉上は今ちょうど時間が空いているそうだ。これからすぐに姉上の接見の間へ行くぞ」
「サイラスありがとう。頼りになる。本当にありがとう」
サイラスはロザリオの言葉に、ぱっと耳を赤くして、執務室のドアを乱暴に開けた。
クラリスの接見の間は三階にある。衛兵が二人を部屋まで案内する。
「クラリスさま、サイラスさまとロザリオさまがいらっしゃいました」
「どうぞ」
部屋の中には淡い紺色のドレスに身を包んだクラリスが笑顔で立っていた。
ロザリオはクラリスを見ると頬をぱぁっとピンクに染め、足早に部屋の中へ入っていく。
「突然のご訪問をお許しください。どうしてもご相談したいことがありこのような行動をとってしまい申し訳ございません」
「いいの。大丈夫よ。よほど急な要件なのでしょう。挨拶なんていいから、こちらに」
クラリスがロザリオをソファにかけるよう促す。
ロザリオはサイラスのほうをちらりと見て小声で「サイラスは、あのはじにあるイスにかけて待っていて」と言った。
サイラスは憮然とした表情で部屋の隅にあるイスに少し乱暴に座る。
クラリスはそんな二人のやり取りを見て、くすくすと笑っていた。
「クラリスさま。今からお話させていただくことは他言無用でお願いいたします。ここでお聞きになったあとは、捨て置きください。お約束していただけますか」
「ええ。約束するわ」
「サイラスは耳をふさいでいてくれる」
「は? それはできない」
「はぁ。じゃあこの部屋を出たら今から話すことは忘れて。そして、クラリスさまとの話は聞こえないこととして。話に入ってこないで。約束して」
「ああ。ああ。約束する」