8 隠密役ソフィアからの情報
「ロザリオ、今日の勉強会は難しかった? なにか分からないことがあれば、俺に聞いてくれ」
木の下のベンチでサンドイッチをほおばるロザリオにサイラスが言葉をかける。
「大丈夫です。先生方が丁寧に教えてくださるので、よく分かるわ。で、なぜあなたがここにいるの?」
ロザリオは隣に座るサイラスを冷たく見つめて言った。
「だって君が気分転換に庭でお昼を食べたいと言ったからじゃないか」
「わたくしは、セイラと一緒に食べると言ったのです。サイラスと食べるなんてひと言も言ってないのに……。勝手に……」
「まあいいじゃないか。こうやってゆっくり話す時間も大事だと思う。婚約者として」
「…………」
「今日はこれからご令嬢方大集合のお茶会があるんだろう。俺がエスコートしようか」
「一人で行きます。女性限定なので。絶対に来ないで」
サンドイッチを食べ終わりが立ち上がった瞬間、ロザリオは立ちくらみで体制を崩した。
サイラスはすかさずロザリオの腰に手を当て支える。
「だ、だ、大丈夫か。具合が悪いのか。宮廷医師のところへ行くぞ。どうした。大丈夫かっ」
「ありがとう。大丈夫。昨日からちょっと頭痛がしていて。でも大丈夫。大丈夫だから手を放して。セイラ、セイラ、行くわよ」
そう言うとロザリオは腰に当てられたサイラスの手をほどき、彼を残しお茶会の会場へと去っていった。
お茶会の会場では、多くの貴族の令嬢たちがお気に入りのドレスを着ておしゃべりに興じていた。
そこへロザリオが現れると、彼女たちは一斉に一歩下がりロザリオが通る道ができた。
そして「ごきげんようロザリオさま」、「ロザリオさま相変わらずお美しい」などの声に包まれて、ロザリオは優雅に微笑みながら会場の中心へと向かう。
そして、
「本日はこの場にいらしていただきありがとうございます。どうぞお気遣いなく、楽しく自由にお過ごしいただけますよう」
という言葉とともに、満面の笑顔をたたえまわりを見渡した。
するとロザリオの前には、次々と我さきに挨拶をしようと女性たちが並び始める。
しかしロザリオは、
「本日は個別のご挨拶はなしということで、カジュアルに楽しくおしゃべりいたしましょう。パティシエに特別なフィナンシェを焼いていただいたのです。みなさんどうぞ召し上がってください」
と言うと、さっとその場から下がる。
同時に王族専属のパティシエたちが、ワゴンを押して会場に入ってきた。
女性たちは「わー」という歓声とともにワゴンに向かう。
王族専属のパティシエの作るお菓子は、なかなか食べることができない大変貴重でなもので大人気なのだ。
ロザリオは微笑みは崩さずに、隣に控えるセイラに言った。
「あぁぁ。疲れる。毎回こんなお茶会、意味あると思う? 私なしでやってほしいわ」
「ロザリオさま。声が大きすぎます。お茶会は立派な外交でございます。第二王子のご婚約者としてはずかしくない行動を」
ロザリオは、あきらめた色を瞳に浮かべた笑みをセイラに向けた。
そして、一人の女性のもとに足を運ぶ。
「ごきげんようソフィアさま」
「ごきげんようロザリオさま」
ソフィアはローズベリー伯爵家の令嬢だが、隠密で市井の情報を探る役割を担っている。
ロザリオが信頼をおいている数少ない友人だ。
しかし、侯爵家のロザリオとは身分が違うために、頻繁には行き来ができず、このようなお茶会の場を情報収集の場とすることが多いのだ。
「ソフィアさま。先日お聞きした悲しみの場に咲く不思議な花は、今も咲き続けているのでしょうか」
「はい。昨日の夜はいつもより多くの花が咲いたようで、市民が悲しみの場に集まっておりました。お気になるようでしたら、私はいつでもご一緒できますので、お声をかけてください」
「ありがとう。そうね。実際に見てみたいわ。その花を。のちほどセイラを通して連絡させていただくわ」
「それと……、花にはまったく関係ないのですが、夕べから私の家で飼っている魔妖犬が異常に吠えるのです。今までそのようなことはなかったので、少し不気味というか……。考えすぎかもしれないのですが、この地になにか起こる前触れかもと少し不安に……」
「夕べ? 夕べからなのですね。うーん。分かりました。ありがとう」
(私の体調がすぐれないのも夕べからだ。不思議な花も昨晩は多く咲いたという。なにか、なにかが起こっている気がする。ギャロファーになにか原因が、ある? でも結びつけるには早すぎる。それと、この宮殿に来た時のあのめまいも気がかりだわ。誰に相談すれば……)
その時、庭園の入口からひときわ大きな歓声があがった。声の方向に視線を移すと、そこにはサイラスが立っていた。