68 消えた格子と午後のお茶会
おりかがセイラに連れられて、一番奥の書棚のほうへ行き、床を見て言った。
「なにも……ないですね」
「………」
セイラの言葉に、おりかは無言になり、床をじっと見た。
「……確かに、私、落ちてきた格子の木を……。場所を間違えたのかも……」
そう言うと、走って違う列の書棚を見にいった。
しかし、どこを見ても、木の格子やそのカケラさえ見当たらない。
おりかは、書棚の下や、棚の間の隙間を、何度も何度も確認する。
「消えちゃった……」
セイラも一緒に二階をくまなく見てまわったが、なにもなかった。
「落ちてきた音は私も確かに聞きました。でも、その……天井の格子が落ちてくる瞬間は見ていません。大きな音がして振り返りましたら、脚立がゆらゆらと動いて倒れてきそうだったので、花音さまのもとへ駆け寄って……」
「天井の格子の模様みたいなところを指でこすったら、一部が外れて確かに確かに床に落ちたのに……」
「下に落ちて時間がたつと消えるという仕掛けの格子だった、ということは考えられませんか?」
セイラが床を注意深く見ながら、おりかに語りかける。
「なにか、魔法というか、仕掛けというか、そういうものというのでしょうか。先日のオルビスさまたちの、ある言葉を唱えると階段が動いたみたいなものです。そういうものが、天井の格子にも仕掛けられていたとしたら」
「……そういうこともあるかもしれない。セイラさんの言う通り、そうかもしれない」
おりかは、セイラに近づき手をとった。
「きっとそうだわ。だって、こんなに跡形もなく消えてしまうなんて、魔法とか仕掛けがあったとしか考えられない。そうだわ、きっとそう。セイラさんありがとう。そういうことにしないと、やってられないわ」
セイラはかおりかのその言葉を聞くとクスっ笑い、顔を見合わせて二、三度うなずき言った。
「では、下にまいりましょう。いつまでもおりていかないと、怪しまれます」
二人は、テーブルにあったスケッチブックやえんぴつをさっとまとめると、ロザリオたちのもとへ急いだ。
「お待たせしました」
花音と莉央、ロザリオはソファに座わり、サイラスとオルビスは、その横に立ち、なにかを話していた。
そしてふたりが戻ってくると、サイラスはオルビスを見てうなずく。
「ロザリオさま、おりかさま、花音さま、莉央さま。本日は、図書館での活動はこれぐらいにして、午後からは、庭園でのお茶会に参加されてはいかがでしょうか」
オルビスの提案に、ロザリオが驚いた顔でサイラスを見る。
「今日の午後にお茶会? わたくしは聞いていないわ」
「予定には入っていないが、今から予定しようと思う。中庭は観光客がいるので閉鎖はできないが、王族専用のガーデンならいつでもお茶会はできるだろう」
ロザリオは、顎に人差し指を当て、サイラスを見てから、オルビスを見た。
「少人数のお茶会でしたら、午後すぐにご用意できます」
サイラスは、座っているロザリオの手を取る。
「今からであれば、ロザリオが会いたい令嬢にも声をかければいい。姉上にも声をかけてみよう」
「クラリスさまに?」
サイラスの提案に、ロザリオの声に驚きとうれしさの色が混じる。
しかしすぐに困惑の表情が顔に浮かぶ。
「……でも、わたくしは、お茶会であればおりかたちと一緒にお茶を楽しみたい……」
クラリスは、第一王子であるローランドの妃。
ロザリオですら、よほどのことがない限り会うことはできない。
となると、王族とは全くつながりもない、ましてや隣国から訪れている観光客のおりかたちが、お茶会に同席するなどあり得ないこと。
クラリス妃が出席するお茶会に参加できるのは、ある程度の地位がある令嬢だ。
ロザリオは、それならば、クラリス妃ではなく、おりかたちとのお茶会を望むことを表情で伝えた。
すると、サイラスはロザリオの手を取り、ロザリオに顔を近づけ笑いながら言った。
「もちろん、ロザリオとおりかたちを招待するお茶会だ。俺が主催者の。それで、こういう人々が集まる小さなお茶会ですが、もしご興味があり、お時間はあれば、姉上もいかがでしょうか。市井の状況を知るよい機会にもなるかと思います、とお誘いするんだ。兄上には許可なしでな。そうすれば非公式となるから、それほどうるさく言われないと思う。ま、姉上が出席したくなければ、それは仕方ないということで。どうだ。これならよいだろう、ロザリオ」
その言葉を聞いて、ロザリオは、めずらしくサイラス対して大きくうれしそうに微笑んだ。
(サイラスもなかなか気を利かせるわね)
ソファに座りながらふたりの会話を聞いていたおりかたちは、どうしていいのか分からない表情でお互いの顔を見合わせていた。
そんな三人の様子を見ていたオルビスは、そっと言葉をかける。
「大丈夫ですよ。なんの心配もございません。サイラスさまは、先ほど、少し重めの話をロザリオさまとしたもので、その時の緊張感を取り除こうとしているのでしょう。また、二階での脚立の件も。書館での重い雰囲気を変えようとしているのだと思います。だから、みなさまは、なにも心配されずにお茶会に参加していただければよいのです」
「セイラ」
ロザリオがセイラを呼び、小声で指示を出す。
「ダーリングトン侯爵令嬢のアヴィさまとローズベリー伯爵家のソフィアさまのもとへ、急ぎお茶会のお誘いの遣いを。ごくごく内輪の秘密のお茶会ゆえ、参加者名はお伝えせず、ぜひ平服でいらしてくださいませとだけ。もし詳細を気になさるようであれば、ではまた次回お茶会に、とお伝えして」
「かしこまりました」
一気にまわりが慌ただしく動き出した。
サイラスとロザリオは、さっさとどこかに移動してしまい、三人はただただ、オルビスに連れられるまま、ゲスト用という部屋に連れてこられ、この中の好きなドレスに着替えるよう、クローゼットの中を見せられた。
「お着替えは、こちらの侍女がお手伝いしますので。では、のちほどお迎えにあがります」
ドアが閉まり、部屋の中に取り残された三人に、母親と同じぐらいの年齢であろう侍女が笑顔で話しかけてきた。
「どのドレスがお似合いになるかしら。私が選んでさしあげてよろしいですか?」
おりかが、花音と莉央のほうを見ると、二人ともうなずいている。
「よろしくお願いします」
おりかは深く頭を下げそう伝えると、続けてひとり言のように言った。
「今日は、いろいろ怒涛すぎる」




