67 天井から剥がれ落ちる
二階では、なにが起こっていたのか。
おりかがスケッチを終えて、何気なく格子に描かれていた模様のいくつかを指でなぞると、格子の木の一部が、すとんと天井から剥がれ落ち、床に落下したのだった。
下にいた花音には当たらずに済んではいたが、大きな音が書館に響き渡る。
おりかは、台の上で呆然としている。
花音が自分の真横に落ちてきた木を見て、驚いた表情でおりかを見上げた。
セイラはかばうようにして花音を抱き締めていた。
「……大丈夫? 花音……」
「大丈夫だけど、なにが……」
「木の模様を触ったら、天井の一部が、落ちた」
「あぁ……。そういうこと……」
おりかと花音が話をしていると、奥の壁に立てかけてあった脚立がふわふわと浮いて、音をたてずに床に倒れた。
三人は、その脚立をじっと見ていた。
一体なにが起こっているのか……。
誰も触っていないのに、脚立が動いて自ら倒れた……?
下から、誰かが駆けあがってくる足音がする。
「おりかっ。急いで、その台から降りて。それを消して。早く」
花音は、ぼうっとしているおりかに声をかける。
その声を聞いて、はっと我に返ったおりかは、ポケットから『ぶるーとす』を取り出し、台から転げるようにおりながら、「消して」と言いながら、『ぶるーとす』を回転させた。
「花音さまっ。おりかさまっ。大丈夫ですかっ」
階段を駆けあがってきたのは、オルビスだった。
その後ろに書館の係員が続く。
「一体なにが……」
オルビスが見た先には、脚立が床に倒れ、その横にその脚立からかばうようにセイラに抱えられた花音がいた。
「おケガはございませんか」
オルビスは、走ってきて乱れた息を整えるように静かに息を吐きながら、花音とセイラの隣に膝をつく。
花音は、この状況を見て、なにがどうなっていて、今自分がどう答えるのかが正解なのか、思考を巡らせた。
でも答えが見つからず、オルビスに言葉を返せないでいると、代わりにセイラが答えてくれた
「お騒がせしてしまい申し訳ございません。花音さまにはおケガはございませんので、ご安心ください。この脚立が倒れてしまったのです」
「ケガはないか。よかった」
オルビスはほっとした表情になり、花音を見つめた。
(この状況をどう説明すれば……。木は? 木の破片はどこにいった? ……でもここで私がなにかを探すような行動をとったら変に思われてしまう。どうしよう。どうしよう)
無言で下を見つめる花音を見て、オルビスは花音がショックで言葉を発することができないと思ったようで、その背中をそっとさすった。
その手の温かさに、花音は涙が溢れそうになった。
(なんで……。なんで涙が……)
その時、奥からおりかが走り寄ってきた。
「オルビスさんっ」
「おりかさま」
オルビスは花音の背中から手を放し立ち上がった。
「驚かせてしまってごめんなさい。私が使い終わった脚立を壁に立てかけていたのですが、バランスが悪かったようで、倒れてしまったみたいなんです。脚立を立てかけた後、奥の方に行って、また違う場所のスケッチをしていたら、すごい音がして……。花音、セイラさんケガはないっ? ごめんなさいっ」
オルビスは、焦って早口で状況を説明するおりかの手を両手で優しく包んだ。
「おりかさま、落ち着いてください。大丈夫です。誰もケガはしていないようです。脚立も壊れてはいないようです」
そう言って、書館の係の者が立てかけ直している脚立を指さした。
「なにが起こったんだ?」
今度は、サイラスとそれに続き、ロザリオたちが二階にあがってきた。
ロザリオの顔は少し青ざめている。
莉央は冷静な表情でおりかを見て、軽く目配せをすると、花音のそばに来て手をぎゅっと握り、声には出さず「ま・ほ・う」と口を小さく動かした。
(そういうことね……。ってどういうこと? でも今は私はなにも言わないほうが言いわね)
「おりか、状況を説明してくれ」
するとロザリオが
「説明は下で聞きましょう。花音を床に座ったままにさせておくのはよくなくってよサイラス」
そう言うと、二度手を叩き、書館に響く声で伝えた。
「みなさま、驚かせてしまいました。二階の脚立が倒れただけですので、ご心配なさらずに」
そう言い終わると、花音のほうに近づき手を取って立ち上がるのを助けた。
「花音、大丈夫?」
「はい。セイラさんが抱きとめてくれたので、ケガもしていません」
「そう。よかったわ。セイラ、ありがとう。では一階におりましょう」
ロザリオはサイラスの背中を軽く押して、下に向かった。
オルビスは「念のために」と言って、花音の手を取って階段をおりる。
そのうしろに、莉央が続く。
「私は、ちょっとテーブルを片付けてから下に行くので、先におりていてください。あ、セイラさんには少し手伝ってもらっていいですか」
おりかは、ロザリオを見てそう言いながら、奥の棚にちらりと視線を投げた。
ロザリオはその視線で、おりかがなにかをしようとしているのだと悟り、「セイラ」とひとこと言って、下におりていった。
みなが一階におり、二階に残っているのは、二人だけという状況を確認すると、おりかは、セイラの手を引いて、書棚の奥へと向かった。
「落ちてきた木の格子、さっきとっさに隠したんです。これどうしたらいいかと……」




