55 書館の天井
夜、おりかたちが帰ったあと、ロザリオの部屋ではセイラがロザリオの寝る準備をしていた。
ロザリオは髪をとかしながら、セイラに話しかけた。
「セイラ、今日は本当に貴重な情報をありがとう。床にふたのようなものがあることを覚えていたなんて驚いたわ」
そのロザリオの言葉に、微笑みを返しながらセイラが言った。
「でも、私が時計櫓にあがった話を、よく覚えていらっしゃいましたよね。話したことさえ忘れていました」
「そう、ね。いつだったかしら、わたくしがサイラスの婚約者になることがイヤで……。でもそうはいっても、まあ断ることはできないとは分かっていたけれど、気持ちが落ちていたの。そんな時、セイラが言ってくれた。『ロザリオさま、知っていますか? 宮殿の屋上にある時計櫓。あそこには不思議な世界があるんです』って。『王族の一員になれば、あそこに自由にのぼることができるなんて、すてきなことですよ。私もまた行ってみたいです』って」
「そんなこと言いました? はずかしいです……」
「言ったわ。婚約のことには一切触れずに、王族の一員になれば時計櫓の不思議な世界を見れるって言ってた。婚約者になれってひと言も言わずに、私の心を動かそうとしてくれている。あーこの子はおもしろい子だわって、そこであなたのことが大好きになったんですもの。忘れないわ」
セイラは赤くなりうつむいて、そしてそっと指で涙をぬぐった。
「今言って思い出したわ。セイラが言っていた不思議な世界ってなんだったの?」
ふとんに入りながらロザリオが聞いた。
「その時計櫓の見張り役なのか、時計を守る職人のようなおじいさんが、付き添いで来ていた先生が離れたすきを見て、私たち子どもにこっそり言ったんです。『この時計は普通の時計じゃない。魔法の時計だ。ここは不思議な世界とつながっているんだよ。よく見てごらん。歯車は宙に浮いているんだ。ほら、ここに魔法の石が……』……魔法の石……、ロザリオさま、あのおじいさん魔法の石って言っていましたっ」
ロザリオがふとんから慌てて身を起こす。
「ギャロファーのことだわ。それで、それで魔法の石がなんて言っていたの?」
「確か……魔法の石がここに入っているんだって、どこかを指さしていた気がします。歯車が動いている透明な箱のどこかか……。周辺のどこかか……を指していた気がします。どこかまでは覚えていないのですが……申し訳ありません」
「あやまる必要なんてないわ。十分よ。ギャロファーに関係するなにかが、確実に時計櫓にあるということが分かったんですもの。ありがとうセイラ」
**********
次の日。
宮殿の中の鏡の間は、まだ立ち入りが禁止されていた。
おりかは、ロザリオとセイラと一緒に書館に来ていた。
花音は食材を探したいから買い物に行くと言い、莉央もめずらしく花音と一緒に行く言ってと、二人は街の市場に寄ってから宮殿に来ることになっていた。
書館への立ち入ることができるのは、この国の住人で許可を得た者、貴族、王族関係者に限られていた。
しかし、オルビスから許可をもらっているおりかは、特別に中に入ることができた。
午前中だからだろうか。
今日の書館にはまだ来館者は誰もいなかった。
ロザリオが受付に要件を告げる。
「今日は、友人がここの天井のデザインをスケッチしたいということで見学に」
「聞き及んでおります」
おりかは受付に軽く頭を下げてロザリオのあとについて上の階へとあがっていく。
「この真上あたりが時計櫓の床だと思うわ」
ロザリオが古い本が並べられている奥のほうの書棚の前に立って上を見上げた。
書棚はゆうに三メートルの高さはあろうかと思われる。
「高い所の本を取る時はどうするんですか」
おりかがセイラに聞いた。
「専用のはしごがあるので、それを書棚の一番上に掛けて本を取るのです。今はしごをお持ちしますね」
セイラはそう言うと、壁際から脚元にキャスターがついているはしごを持ってきた。
「ありがとうございます。私ちょっと上までのぼってみます」
おりかは、はしごの脚元をロックし上へとのぼっていく。
一番上の本の高さまで行き手を伸ばしてみるが、天井までは届かない。
そして天井をじっと見ると、肩からかけていたバッグからスケッチブックを取り出し、スケッチを始めた。
しばらくしてはしごからおりてきたおりかに、ロザリオが聞く。
「なにを描いていたの?」
「天井の模様というか、仕様を描いていました。これ見てください」
おりかは、ロザリオとセイラにスケッチを見せた。
スケッチブックに描かれていたものは、格子のようなデザインの天井だった。
「この天井のこの格子、かなり複雑な部分もあるのですが、多分時計櫓の床につながっている部分は、外れるようになっていると思うんです。外れるって分からないようにわざと複雑な格子のデザインにしているんじゃないかと」
おりかの描いた天井のデザインをじっと見てロザリオが言った。
「確かに、おりかの言う通りかもしれないわ。書館という文化的な場所だから、芸術を感じさせるような凝ったデザインの天井にしているとしか思っていなかったけれど、ここまで複雑なデザインにする必要性は……」
「でもどこが外れるようになっているのかは、今見た感じだと分からないです」
この言葉に、おりか、ロザリオ、セイラは顔を見合わせ、天井を見上げた




