5 異物が動いている
「花音すごい! どうやって? 誰に教えてもらったの?」
おりかが驚きと、そしてちょっと疑うような表情で花音を見る。
「おいしいものを食べまくっていたら、隣にいた観光客のおばさまが、私の食べっぷりを気に入ってくれて、話が盛り上がったんです。どこのお店がおいしいとか、ここは行ったほうがいいわよとか。それで宮殿に行きたいって話したら、教えてくれた」
「すごいな。花音の食欲が私たちを救うなんて。くいしん坊なんて言わないようにするわ。ね、莉央」
おりかが話をふると、莉央は
「あ、あ、はい。花音さんは無駄なくいしん坊なんかじゃありあません」
とバツが悪そうにこたえた。
三人は案内所に戻り、受付の女性にパスの準備をお願いした。
「今日の午後と明日からの二週間分の宮殿入場パスが欲しいんです」
「はいはい。三人分ね。これが……」
花音はオープンパスを渡そうとする女性の言葉を遮り、すかさず隠語を言った。
「お茶会の準備を手伝いたいんです」
女性は、一瞬目線を花音に止めたが、手で待っててという仕草を残し奥の部屋に行き封筒を持ってきた。
「はい。こちらがお茶会用のパス。……結構な値段だけど、大丈夫?」
「ありがとうございます。お金は大丈夫です。親からおこづかいをもらっているので」
花音はそう言って女性からグレイシャスパスを受け取った。
確かにパスは相当なお値段だった。海外旅行にでも行くのかというぐらい。
「まあ、お金はリフォアナからもらっているからいいんだけど」
「ちょっとドキドキしたね」
「はい」
宮殿行きの乗り合い馬車に乗ると、おりかと莉央がこそこそと言葉を交わす。
「でも、変な隠語だったね。私少し笑いそうになったよ、花音」
「ふふ。私も少し笑いそうになりました。合言葉みたいでしたね」
花音のポニーテルが馬車の揺れに合わせて揺れている。
宮殿までは馬車で十五分ほど。
宿がある高級エリアを抜けた小高い丘の上に宮殿はそびえている。
そして馬車が宮殿に着くと、「観光の方はこちらが入口となっております。順番にお並びください」と係員の男性に促され、三人は列に並んだ。
「結構人が多いね。宮殿って人気のスポットなんだね」
おりかが二人の前に立ち、代表でパスを係員に見せた。係員は三人をちらりと見て
「お茶会の準備を?」と聞いた。
「はい」
おりかが笑顔で返す。
すると係員はほかの観光客とは別のパンフレットのようなものをおりかに渡すと、女性を一人よんだ。
「この三人の女性はお茶会の準備に参加されるとのことなので、案内を頼む」
「かしこまりました」
**********
「なにか感じるのよね。夕べからなにか、なにか感じるのよ」
「ロザリオさまが一体なにをおっしゃっているのか私には分かりません」
侍女のセイラが、ロザリオの身支度を整えながら返事をする。
「だから、なにか感じるのよ。空間のゆがみっていうか、異物が動いている感じっていうか」
「敵がアルデウス王国に侵入しているとでもいうのでしょうか?」
「うーん。敵とかじゃなくて、うまく言えないわ。空間がざわついている感じ。こんなの初めてよ。今まで感じたことのない……。気のせいかしら。うー。あ、わたくしの体調がよくないのかしら。そうかもしれない! じゃあ、今日の宮殿での勉強会はー」
「ロザリオさま。お仕度が整いました。勉強会をお休みするなど、ありえませんから」
セイラに背中を押され、ロザリオはしぶしぶ迎えの馬車へと向かう。
いつもの勉強会が続いている。
そして今日は貴族の令嬢たちが集まるお茶会へも参加しなくてはならない。
馬車の中でもロザリオは、セイラに愚痴を言い続けていた。
「お茶会なんて、みんな腹の探り合いよ。わたくしと親しくしているのも、打算でしかないわ。第二王子の婚約者と親しくなっておけば、実家の政治的地位があがる、とでも思っているのかしら。あーいやだ」
しばらくすると、馬車はきらびやかな表門をくぐり宮殿の中へと入っていく。
この貴族専用の入口へと続く道は、観光客からも見ることができるようになっているため、貴族の姿を見ようと大勢の観光客が道沿いに集まる。
その場合は、馬車に乗っている貴族は。馬車の窓から手をふることが決まりとなっている。
そのためロザリオも、満面の外交スマイルをつくり、集まった人たちに手をふった。
その笑顔にその場にいた人々からは大きな歓声があがる。
「今日はロザリオさまだわ! ロザリオさまーロザリオさまー」
ロザリオを見つけた王族ファンが、ひときわ大きな声をかける。
「うっ」
その時ロザリオが急にこめかみをおさえた。
「ロザリオさま、どうかされましたか。本当に具合がお悪いのでしょうか」
セイラが慌てたように言う。
「違うわセイラ。大丈夫。ちょっと変な空気を感じて……」
ロザリオはそう言いながら、観光客の集まっている場所を見つめた。
(あの方たち……)
ロザリオは、三人の観光客らしき女性が、係員に宮殿に案内され歩いていく姿を見つめていた。