47 早く。早く。早く
莉央は右手を大きく左右にふると、口の中でなにかを唱える。
すると、手から流れるように光の粒が出てきて、鏡の間にいる人の上にふりかかる。
粒を浴びた人たちの動きが止まる。
「次、ここにフィルターを張ります。おりかさん、壁をっ」
おりかの出番だ。
ライフの収納ボックスの中から、折りたたまれた壁のもとを取り出す。
そして言った。
「『ぶるーとす』いくよ。壁を仕上げるよ」
おりかと『ぶるーとす』は、折りたたんであった壁を次々と本物の壁の前へと並べて、足りない部分を描き足しながら、一枚の大きな壁へと仕上げていく。
「三分経過。おりか、どう出来上がった?」
花音が聞く。
「うん。出来上がった。二人とも私の隣へ。『ぶるーとす』おつかれさま。ありがとうね」
おりかのその言葉で『ぶるーとす』の光が消えていった。
本物の壁を背にした三人の目の前には、偽物の壁が出来上がっていた。
「莉央、あそこを見て。奥の壁の一番はじに隙間をあけてある。そこから出られるから」
おりかが莉央の肩に手をのせ、その場所を指さす。
安心している時間はない。
おりかの言葉を聞きながら、花音が板壁のフックを上下左右に動かす。
と、右に動かした時に、カタンと板が外れた。
そして板を壁から抜き出すと、その奥には暗い空間が広がっていた。
「あった。……この中にギャロファーを格納する箱があるのね。莉央、行くよ」
花音はしゃがんだ姿勢で莉央の手を取る。
そしてライフの画面を光らせ、真っ暗な空間を照らしながら壁の奥へと入っていく。
空間は細いトンネルのようになって、奥へと続いていた。
足元や側面をライフで照らしながら二人は進む。
「……ないね」
花音の声が少し焦る。
すると莉央が言った。
「見てください。右のところ」
莉央の言葉のほうを見ると、右側面に凹みがあり、その部分になにかが立てかけられていた。
莉央がそれ近づきライフの光で確認し、花音の顔を見た。
「花音さん。これです。格納する箱です」
花音はうなずき、少し震える手でその箱を側面から取り出し、足元に置いた。
そして、まわりの汚れを手で払い、ふたを開ける。
すると、そこにはくぼみがあった。
花音はバッグからギャロファーを取り出すと、そこへそっと置いた。
その瞬間、ギャロファーはまばゆく光り、そしてもとの石へと戻っていった。
呆然とし動きが止まる花音。
しかし時間はない。
莉央は、指先から魔法の糸を出し、花音の体に何重にも巻きつける。
巻き終わると、莉央は花音に向かって早口で言った。
「早く。花音さんは、早くここから出て群青の間に行ってください。時間がないです。多分また異常なエネルギーが発生したと思うから。急いでください。部屋で待っていてください。早くっ」
花音にせかされ、花音は来た道を戻り、壁の中から鏡の間へと戻っていった。
莉央を振り返る時間はなかった。
花音が壁から出ていくと、そこにはおりがが待っていた。
「ギャロファー置けたのね」
花音はうなずく。
「じゃ、この板壁をもとに戻してと。花音は急いで部屋に戻って、飛んでくる花音を受け止めてね。私はこの偽物の壁を消して、少しここで様子を見ておく。さ、行って」
おりかが花音の背中をぐっと押す。
その手は熱かった。
花音は無言でうなずき、群青の間へと走った。
真っ暗だ。
壁の外の音もほとんど聞こえない。
ライフの画面の明かりしかない。
莉央は小さな声で、ライフ越しに
「リフォアナさん、リフォアナさん」
と話しかけてみた。
ライフからの反応はない。
(ライフはつながらない。でも、さっき指先から魔法の糸は出たから、魔法は使える。結界が張られているわけではないよね……)
花音が出ていったら、五分後ぐらいに意識を探ることになっている。
ライフで時間を見る。
あと一分。
その頃、おりかのいる鏡の間では、凍らせていた時間が溶けてきたようで、壁から遠い人から順に動き始まっていた。
(そろそろ偽の壁を消さないと)
『ぶるーとす』を手に持ち下に向けたまま、それをさっと振ると、壁が消えた。
すると壁が消えて数分もたたないうちに、衛兵たちが広間に入ってきた。
(やっぱり、異常なエネルギーが発生してしまったみたいね)
おりかは、大勢の人込みに紛れて、庭園のほうにすばやく移動した。
さらに早歩きで庭園の奥のほうへ歩みを進め、団体の観光客の集団の中へ混じった。
振り返ると、鏡の間への通路が閉鎖され、鏡の間の扉が閉じられるのが見えた。
(あぶなかった)
もし、すぐに移動していなかったら、おりかは鏡の間から出られず、また事情聴取をされることになっていただろう。
そうなったら、前回のエネルギー発生問題の時にもその現場近くにいたおりかが、またここにいる。
今度こそ疑われることは目に見えていた。
(本当によかった……)
そのあと、おりかは団体客と行動をともにし、しばらく庭園を散策した。
群青の間に戻った花音は息を整え、莉央から預かったリップをぎゅっと握り、それに意識を集中させる。
真っ暗な空間が視える。
さらに意識を集中させる花音。
いつもならこのあたりで、持ち主の映像が視えてくるはずだった。
でも、今日はまだ視えてこない。
ただただ真っ暗な空間しか視えない。
(莉央、莉央、莉央、念を飛ばして。もっと強く)




