39 王族専用の階段
「今日は勉強会はなかったはずだが。なぜ宮殿に?」
執務室のソファに座るロザリオを見てサイラスがたずねる。
「昨日、おりかさまたちと夜お食事をご一緒した時に、おりかさまが宮殿があまりにすばらしいので、宮殿内の絵を描きたいとおっしゃったの」
「絵を? おりかは絵が趣味なのか?」
「ええ。ご自分の国では絵を描くお仕事をされているんですって。それで昨日のお詫びもかねて、わたくしがおりかさまの絵を描くお手伝いをさせていただくことにしたの」
「ロザリオも絵を描くのか?」
「いいえ。わたくしは描きません。おりかさまの描きたい場所を一緒に探してさしあげるの。おりかさまが描きたい宮殿の絵は、あの『鏡の間』や『謁見の間』のような誰もが訪れる場所ではなく、なんというか、宮殿にもこんな場所があったのか、という場所なんですって。
わたくし、今までそんな誰も見向きもしない場所には全く興味がなかったのですが、おりかさまのお話を聞いていたら、興味が湧いてきてしまって。それに、いつかあなたのお妃として王族の一員になることを考えたら、宮殿の隅々まで知っておくのも大切なような気がしたの。だから……、で……、よいでしょう?」
サイラスにとっては「あなたのお妃」という言葉が、あまりによろこびのインパクトがありすぎる言葉で、そのあとのロザリオの話は頭に入ってきていなかった。
「承知した。ああ、思うように宮殿内を散策すればよい。よい……。パスで入れない場所も、ロザリオが入っていいと判断すれば、私が了承済だと言ってかまわない……。あぁぁ……お妃……」
「……サイラス? ありがとうございま……す。どこか具合が悪いの? 顔が赤いわ」
ロザリオは、サイラスのふわふわとした物言いに、本気で具合が悪いのかと心配になった。
そんな二人のやり取りを見ていたオルビスは、下を向いて必死に笑いをこらえている。
「オルビス。なにがおかしいのかしら。お願いがあるのですが」
「はい。なんでございましょう」
「今日は接客の間、そうね……『ローズの間』は空いているかしら。もし空いているなら、そこでおりかさまたちと話がしたいわ」
オルビスは持っていた手帳を開き、『ローズの間』の状況を確認する。
「一日空いております」
「よかったわ。ではそこにおりかさまたちをおよびするよう手配を」
「かしこまりました」
「オルビス」
「はい?」
「今日も花音さまたちに、なにかおいしものを召し上がっていただく?」
オルビスはそのロザリオの言葉に、満面の笑顔になり大きくうなずいた。
**********
「うまくいったわ。予想以上にサイラスがのってきてくれて、宮殿内をどこでも見てまわって絵が描けるわ」
ローズの間に集まった、ロザリオ、おりか、花音、莉央の四人は、誰もいないにもかかわらず、部屋の真ん中にぎゅっと集まり、ヒソヒソと話していた。
この部屋は薄いピンクの壁紙が使われていて、ジャンデリアはいくつものバラを重ねたようなデザインで、まるでバラの花の囲まれているような美しさが溢れていた。
部屋のバルコニーの下の庭には、ここもまたゴージャスなバラが咲き誇っている。
しかし四人はそんな部屋の美しさを鑑賞している時間はなかった。
「こちらよ」
ロザリオが王族専用の階段へと案内する。
ここは、プレシャスパスを持っていても一般人は入ることのできないエリアだったが、サイラスの了承を得ているということで、衛兵に怪しまれずにすんなり足を踏み入れることができた。
宮殿一階の一番奥にある階段。
まわりに窓はないが、階段のある空間は壁全体が発光しているようで、ほどよい明るさになっている。
その淡い高貴な光が、暗いはずの階段を特別な空間に見せていた。
「なぜ壁が光っているんですか」
莉央がロザリオに聞く。
「これがギャロファーの力よ。王族の通る場所や部屋には、ギャロファーのエネルギーが供給されていて、壁や天井が光るように調節できるのよ」
ロザリオのこの言葉を聞いて、三人は顔を見合わせる。
「ギャロファーってすごい……」
おりかがつぶやく。
花音は、階段の周辺を注意深く見てまわる。
二階までのぼり、おりるを繰り返す。
階段の廊下側の側面は大理石のようなかたいもの覆われていて、特に抜け穴のようなものは見当たらない。
手でたたいてみても、空洞を感じる反響音はない。
壁側のほうにも出入りできるような箇所はなかった。
「花音、壁とか触ってみてなにか視えたりしないの?」
おりかが聞く。
「壁とか触ってもなにも視えない。感じない。ギャロファーのパワーの影響なのかな。手すりとかは、逆にあまりに多くの人が触っているから、ごちゃごちゃした映像しか視えてこない」
二人のやり取りを見ていたロザリオが、はっとなにかに気づき、おりかに声をかけた。
「おりか、フリでいいので絵を描くような行動をとっていただけないかしら。誰が見ているか分からないし。怪しまれないためにも」
その言葉におりかはうなずくと、宮殿に来る前にライフから取り出していた、スケッチブックとスケッチ用の鉛筆を手に持って、階段の正面に立ち本当にスケッチを始めた。
「まあ、あまりデザイン性がない階段を描くってことはないんだけどね。思い出として残しておくのもいいかな。階段をこんなにじっくり見ることなんてもう二度とないだろうし」
そう言って笑った。
そこへオルビスがやってきた。
「こんにちは。みなさま。いらっしゃることをロザリオさまからお聞きしておりました。階段をスケッチですか……。さすが芸術家でいらっしゃいますね。おりかさま」
「あはははは……」
おりかが乾いた笑いで返す。
オルビスは、階段の廊下側の側面に立つ花音のほうへ近寄り小声で話しかけた。
「花音さま。本日はロザリオさまから、花音さまたちをおいしいものでおもてなしするように言いつかりまして。お昼は先日教えていただいた『パスタ』というものをシェフに作ってもらおうかと。そのお味見をかねてのランチではいかがでしょうか」
「パスタですって⁉」
花音のよろこびと驚きが混じった声が廊下に響く。
せっかくこっそりと伝えたオルビスが慌て
「花音さまっ。お声がっ」
と言って、半笑いでロザリオを見る。
花音ははっとした顔で
「ごめんなさい。あまりのうれしさでつい声が……」
とオルビスにあやまった。
ばつ悪そうなオルビスは、ふっとなにかを思いつたような顔になり、スケッチをしているおりかを見て話し出した。
「そういえば、昔、私の祖母がこの階段にまつわるおもしろい話をしていたことを思い出しました」
「おもしろい話ですか?」
おりかがスケッチブックから顔をあげ、オルビスを見る。
「はい。小さい頃に言われた話です。私が生まれた貴族街では、昔から言い伝えられている『わらべうた』のようなものがありまして。単純な歌なのですがその歌について祖母が私に何度も何度も言っていたんです。
――将来もしお前が王族の誰かの側近として仕えるようになったら、この歌を歌う時がくるかもしれないね。でもいいかい。宮殿の中では歌ってはいけないよ。王族階段の近くで歌ってはいけないよ。
「そんなことを言われていたことを思い出しました」
そう言いながら、オルビスは階段を見つめ、遠くの記憶を探すような目をした。
異世界百物語シリーズ第一弾
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