35 おりか、軍に連行される
花音と莉央が鏡の間に着くと、そこは大勢の人でにぎわっていた。
しかし警備の兵は出入口付近のみにいるようで、広間の中にいるのは見学者たちだけだった。
「壁のほうは警備してないから、触ったりしても大丈夫そうですね」
莉央は目は合わせずに、こそこそと小声で花音に話しかける。
「そうね」
二人は、天井をものめずらしげに見上げたり、鏡の壁に興味があるそぶりをみせるなどして、観光客を装いながら板壁部分に近づいていった。
そこで花音が靴を直すふりをして板壁を隠すようにしゃがみ込み、板に触れる。
(上のほうに板が外れるフックみたいなものがあるって言ってたから……)
板壁部分は、ほかの鏡の部分より少し奥に入っていて、まわりに細い溝がある仕様になっていた。
(フック、フック、フック)
花音が手探りで板壁の四方を探る。
すると、右奥上の角に細く小さな釘のような突起があった。
(あった。きっとこれだわ)
花音はすっと立ち上がり、莉央の目を見て大きくうなずいた。
莉央はそのしぐさで、サイラスが言っていたことが間違いでなかったことを知る。
すぐに部屋に戻ると衛兵に怪しまれる可能性があるので、二人は鏡の間の先にある庭園に向かった。
庭では今日はお茶会やイベントはなく、観光客はまばらだった。
莉央が王族の挨拶が行われるバルコニーの下に立っていると、なにか視線を感じ、何気なく上をふっと見上げた。
すると、三階のある部屋のカーテンが風に大きく揺れているのが見えた。
(窓が開いてる。誰かいるのかな)
すると、窓から銀色の髪をなびかせる女性の姿がちらりと見えた。
一瞬目があったように感じたが、その人影はすぐに見えなくなった。
「花音さん。今あそこの窓に女の人が立っていたんですけど、私たちを見ている感じがして……」
莉央が花音に駆け寄り、人影が見えた窓を指さして言った。
「あの階は王族の人が住んでる階だよね。私たちを見てた? たまたまじゃない。ロザリオさまではなかったんだよね」
「はい。髪色が違っていました」
「王族か貴族の誰かが外を見ていただけじゃない」
「……ですよね」
「さ、もうそろそろ部屋に戻っても大丈夫かな。おりかが待ってる」
二人は人でごったがえす鏡の間を抜けると、ダイニングにある売店に寄り、お土産品などを手にして観光客を装い、極力警備の兵に怪しまれない行動をとったあとで、おりかの待つ群青の間へと戻っていった。
しかし、部屋に戻るとおりかはいなかった。
そしてテーブルの上に慌てて書いたような走り書きのメモが置いてあった。
『軍部から呼び出しあり。事情徴収にいってきます』
「えっ……。おりか連れていかれちゃったの……」
メモを手に呆然としている花音から、莉央がメモを受け取り冷静に言った。
「続きがありますよ。『セイラさんへは伝言をお願いしてあります』って」
「あー。じゃあロザリオさまには状況は伝わっているはずね。ってことは少しは安心か。もうびっくりして息が止まった」
するとドアがノックされる。
莉央がドアを開けると、そこには衛兵が立っていた。
二人が驚きでかたまっていると、その衛兵は困ったような顔をして告げる。
「驚かせてしまって申し訳ありません。ロザリオさまからお二人をお迎えにあがるようい言いつかってまいりました」
その言葉に、花音と莉央はひきつった笑顔を返すことしかできなかった。
衛兵は二人をサイラスの執務室へと連れていった。
執務室の中に入ると、そこには怒りをにじませるロザリオと、その怒りに狼狽し顔面が青ざめているサイラス、そして苦笑いでソファに座るおりかがいた。
「サイラス、どうしておりかが軍に連行されなくてはならないの? 納得できるよう説明してください。わたくしたちの大事な友人になんて無礼なことを」
ロザリオは怒りでこぶしを握り締めていた。
「だから、これはおりかだけが連れていかれたわけではなく、あの時間にあの場所の周辺にいたすべての者から当時の様子を聞くために、ちょっと来てもらっただけなんだよ。連行だなんて。それは誤解だロザリオ」
「それでも、お昼をご一緒したばかりの友人を……軍が……。わたくしやっぱり許せませんわ」
ロザリオの怒りはおさまらない。
「……ロザリオさま。私は大丈夫です。気にしていないので。どうかそんなにサイラスさまを責めないでください」
「でも……」
「軍の方は、私がロザリオさまたちと親しくさせていただいていることなんて知らなかったと思うし。別に手荒なことはされませんでしたよ」
「ほら、おりかもこう言っているだろう」
そう言うサイラスをロザリオがきっとにらむ。
そしておりかの横に座るとおりかの手をにぎりながら
「ごめんなさい。おりか。怖かったでしょう。一人だったし。わけも分からず連れていかれて」
と声をかけた。
「いや。連れていかれる時には、ちゃんと理由は教えてもらったし、セイラさんに伝言もお願いできたので、大丈夫……」
おりかがそう言いかけた時、ロザリオはおりかの口をふさぐようにぎゅっと抱きしめてきた。
「優しいおりか。わたくしに心配かけまいとして……。今日の夜はお詫びにわたくしの家での夕食に招待させていただくわ」
(ああ、そういうことね。さすがロザリオさま。この状況を利用するのね)
ロザリオの考えを理解したおりかは、少し弱々しい声で言った。
「ありがとうございます。ロザリオさま。本当は少し怖かったです……」
莉央と花音も、ロザリオの行動の意味に気づき顔を見合わせうなずきあった。
するとサイラスが弱々しい声で言った
「すまなかったな。おりか。軍の者たちには、おりかや莉央や花音は友人だということを重々申し伝える。それでもし今後も今回のようなことがあれば、すぐに俺かロザリオの名前を出してくれ。それと、三人のプレシャスパスにこの王族印を押す。これを見せれば俺かオルビスに連絡がくるようなっているので安心しろ。これでいいか。ロザリオ」
パスに印を押すサイラスを見ながら、ロザリオはしぶしぶといった感じでうなずいた。




