28 壁の奥にあるもの
「次は私の番か」
もりもりとパンを食べながら花音がつぶやくと、
「そうね。次は花音だね。明日もう一度場所を確認してみようか」
と、おりかがベッドの上に宮殿の地図を開いた。
「鏡の間とその隣の部屋の間に細い空間があるようなんです」
地図を覗き込んでいるロザリオにおりかが説明する。
「壁と壁の間に? 聞いたことがないわ」
「なんのための空間なんでしょう?」
莉央が不思議そうな顔でロザリオを見る。
すると花音が言った。
「私視えたんです」
全員の視線が花音に向く。
「あの壁を手で触れた時、女性と小さい女の子がその空間を走っている姿が。すごい緊迫した雰囲気を感じました」
「この空間も王族の抜け道ってことかしら。しかも実際に使ったことがある。抜け道が多かったのね。宮殿って」
ロザリオが眉をしかめた。
「このいつも人がいっぱいの鏡の間で、どうやって壁の板を取り除いて、中の空間に入ればいいんだろう。私は莉央みたいな魔法は使えないし」
誰もこたえを出せない。
「鏡の間の板壁部分、隣の部屋では確かに壁なのよね?」
ロザリオが花音に念をおすように聞く。
「先日確認しました。板の壁のある部分の隣の部屋は確かに普通の壁でした。それでそこには立派な棚があって、その上に壺とか燭台とかの調度品が置かれていたと思います」
「そうなると、鏡の間側からその板の部分を外して中の空間に入るしかないわね。大勢の人がいる中で壁の板を取って中に入る。…………そんなことできるとは思えないわ」
ロザリアはお手上げといった仕草でソファに身を沈めた。
おりかは窓辺に立ちじっとなにかを考えている。
「私の魔法でなんとかなるでしょうか?」
莉央が誰に言うともなくつぶやいた。
「莉央はどんな魔法を使えばいいか思いついているのかしら?」
あいまいな言い方をする莉央に、ロザリオがまっすぐな視線を投げながら少しきついトーンで聞く。
「あ、いや。それはまだ……。みなさんからアイデアをもらって……」
「莉央が自分が持っている力で、どんな魔法が使えるのか具体的に言ってくれないと」
花音はロザリアに詰められている莉央の肩に手を置くと、大丈夫というふうに笑顔でうなずいてみせた。
それを見たロザリオはバツが悪そうに言った。
「ごめんなさい。莉央。わたくしの言い方がきつかったわね。責めているわけじゃなくてよ。差し迫っている状況なので、より具体策を求めてしまったわ。あなたが一般人ということを失念してしまって」
するとおりかが振り返り、なにかを思いついたような表情で言った。
「できる。この方法なら大勢の人がいても、壁の中に入れる」
おりかの言葉にみんなが顔を見合わせる。
「莉央の魔法と私の『ぶるーとす』の能力を組み合わせればいけるかも」
「組み合わせ?」
ラウラレ界での訓練の様子を知らないロザリオは、言っている意味が分からないという顔でおりかを見た。
「そうです! 組み合わせるんです。莉央は、時間を止められる魔法って使える?」
「え。時間を止める魔法ですか? えっと、ちょっと待ってください。えっと、えっと。あの魔法の式とあの魔法の式をかけ合わせて編んでいけば……。あ、でも、無理か。ちょっと待ってください。考えます」
莉央は慌ててライフの中にある魔法メモを確認する。
「短時間でもいいの。そうね。三十分」
「無理ですっ。三十分なんて」
「何分ならできる?」
「ちょっと待ってください。考えさせてください。えっと、時間をひっぱってきて、部屋をぐるっと囲むことはできるから。うーん、それでその中にいる人たちを凍らせられればいけるか。いける。おりかさんいけます」
「何分?」
「五分……。あぁ、えっと、なんとか十分は……」
「……分かったわ」
二人のやり取りをじっと見ていたロザリオは、結論が出た内容を早く聞きたいと、おりかをせかした。
「なにがどうなっての? 分かるように説明して」
「莉央に時間を止めてもらえれば、その間に抜け穴がある壁の前にもう一枚ダミーの壁を作れるんです。目隠しの幕としての壁を作る。そうすれば、時間が動き始めても、人々の前には偽物の壁があるわけだから、花音は人目を気にせず抜け穴がある壁に入っていける」
「でも、今私が使える魔法で時間を止めているように見せられる時間は、長くても十分です……」
「十分ですべての任務を終えるってことよね。そうなると数分で壁を作らなくてならないわ。そんなことできるの、おりか?」
と、ロザリオがおりかに疑わしい視線を向ける。
「数分じゃ作れません。その場では。だから、事前に『ぶるーとす』と一緒に壁を作っておく」
「事前にってどこで? ここで? 宿の部屋で壁を? 鏡の間の壁の大きさは知っているわよね? あの大きさの壁をここで作る? それにどうやって持っていくの?」
花音が少しイライラしたように早口でおりかに聞いてくる。
「ここでは、壁の素を作ろうと思ってます。バッグに入るぐらいの大きさで。イメージとしては、作った大きな壁を折りたたんでバッグに入れる感じ。それを鏡の間に持っていって、二分で大きくしてセッティングするっていうのかな。みんなどう思う? いけそうかと思うんだけど」
「すごい……。けど、でも、本当に作れるの? 壁の素って」
「やったことはないけど、多分『ぶるーとす』なら作れると思う。イメージできるものはたいがい作れると思うから」
おりかはそう言うと、『ぶるーとす』を手にしてなにかを空間に描きだした。
それは天井近くまで高さがあり、幅は部屋の半分ぐらい。
かなり大きい。
おりかの持つ『ぶるーとす』が青白く光る。
そして、まるで会話をしているように、おりかの言葉に反応して動いている。




