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20 第二王子の部屋に招かれる

「昨日の夕方近く、一階から上にあがっていらしたところを」


「はあ……」


「あの時、私と我が国の第二王子が二階の廊下を歩いていたのです。王子が通るということで、あなたたちを下におろしてしまった。申し訳ないことをしました」


「あぁぁ。あの時」


男性と話す花音のうしろにいるおりかと莉央が、男性のことを疑い深い目で見る。


「怪しいものではありません。第二王子執事のオルビスと申します」


「そのような方が私たちになにか?」


「もしあなたちを見かけたらお詫びするように、王子から申し伝えられていたのです。王子がぜひ直接お会いしてご挨拶したいと」


「えっ。王子、さまが。け、け、結構です。昨日のことは全然気にしていませんので。大丈夫です。お言葉だけで大丈夫です」


「そう言われても、お連れしないと私が怒られてしまいます。さ、さ、こちらへ」


オルビスにそう言われて、三人は後ずさりしたり、横に移動しながら固辞を続けた。


しかし、オルビスの押しは強く、うまい具合に三階の王子がいる部屋に誘導されてしまった。


(まずい。まずい。まずい。顔を覚えられたらまずい)


おりかが気持ちを表情で二人に伝える。

花音も莉央も顔面がひきつっている。


「さ、こちらです。どうぞお入りください」


ほかの部屋と比べて豪華な装飾が施された扉が重々しく開かれる。


三人はそれでも入ることを拒んでいると、オルビスが後ろからぐっと押してきた。

すると、中から聞いたことがある声が聞こえてきた。


「わたくしはもう大丈夫です。それに昨日の三人の女性は、ただの観光者ということも分かりました、し」


その声の主と三人は目が合った。


お互いに一瞬息をのむ。


しかし女性はすぐに何事もなかったように、三人のことは見たこともないような表情で目をそらす。


男性の方は、三人を見ると笑顔で両手を広げて「よく来てくれた」と言葉をかけてきた。


「ぁ、ぁ、ぁ」

おりかは言葉が続かない。


「昨日はせっかく宮殿を散策していたのにすまなかった。もし今日も宮殿に来ていたらぜひ会って詫びようと思っていた」


「お詫びだなんて……。わざわざありがとうございます。では私たちはこれで失礼します」


さっさとこの場を去ろうとおりかが退出の挨拶をしようとすると、王子が言った。


「なにを言っているんだ。そんなに急がずとも。ここでお菓子とお茶をふるまわせてくれ。オルビス、準備を頼む」


おりか、花音、莉央の三人は、その場で体がかたまって動けずにいた。


まず、なぜここにロザリオがいるのか。

なぜ自分たちがこんなに詫びられるのか、理解できなかった。

ただ昨日階段を途中でおりただけなのに。


「さあ、もっと中に入ってこちらのソファにかけてくれ。ん? この女性が気になるか? こちらは、ロザリオ・グロスター嬢だ。私の婚約者だ」


「婚約者っっっ?」

莉央が大きな声をあげてしまった。


「そうだ。そんなに驚くことか? 君はロザリオを知っているのか?」


「あ。いや。あの。知らないです。あ。あまりにきれいな方なので、驚いてしまって。す、すみません」


おりかと花音は、驚きの気持ちをぐっとこらえて表情にあらわれないようにしていた。

三人とロザリオが知り合いだということは、絶対に知られてはいけない。


するとロザリオが美しく束ねられウエーブした金色の髪をたなびかせながら、三人に近づいてきた。


「ごきげんよう。急にこんなところに連れてこられて驚いたでしょう。ごめんなさいね。昨日、このサイラスと一緒に廊下を歩いていたら、わたしく急に貧血になってしまって。あなたたちが上にあがろうとしたのを止めてしまったの。せっかく遠いところからいらしてくれたのにごめんなさいね。それでサイラスが、足止めしてしまったあなたたちの名前を受付で確認して、今日会えればお詫びをすると」


そう言って、後ろにいるサイラスをにらむように見返す。


「観光で来ている方が、いきなり王族の部屋に呼ばれるなんて、驚かれてしまうからやめてほしいと言ったのよ。お詫びするなら休憩のお部屋にお菓子でも届けたほうがいいと言ったのに。それなのに」


ロザリオに強い口調で責められてサイラスはたじろいでいる。


「まあ、ロザリオさま。サイラスさまのお気持ちもお察しください。さあさあ、お茶の準備が整いました。どうぞこちらに」


オルビスが仲裁は慣れているといった感じで二人をいなし、全員をテーブルへと案内する。


さすが王族の部屋となると、壁には美しい絵画が飾られ、棚にはきらびやかな調度品が並ぶ。

窓の外のバルコニーの床は美しいタイルが敷き詰められていた。

お茶やお菓子が置かれた重厚な木のテーブルは、何十年も使われている証のように、渋みを帯びた深い輝きを放っていた。


「こちら王族専任のパティシエが作った菓子になります。一般には出回っていないものなので、ぜひ」

このオルビスの言葉に、いち早く反応したのが花音だった。


「え! 王族の方しか口にできないお菓子! あーそれを食べることができるなんて……。ありがとうございます」


食べ物対する欲望を抑え切れない花音が、すぐにテーブルにつこうとしたのを、おりかが止める。


「花音。まずはご挨拶してからだわ」

と言ってサイラスのほうを向く。


「王子とおよびすればよろしいのでしょうか。それともサイラスさまとおよびしたほうがよろしいでしょうか」


「後者のほうで」


「ではサイラスさま。すでにお調べになってご存知かとは思いますが、自己紹介させていただきます。私はおりか・デラージュと申します。こちらは、花音・デラージュ。そしてこちらが莉央・デラージュです。私たちはいとこ同士で、今回一緒に旅行をしています」


「そうか。分かった。では堅苦しい挨拶はここまでで、もう気を楽にしてくつろいでくれ」


そのサイラスの言葉を聞いたロザリオは少し険しさは残っていたが、笑顔で三人とともにテーブルについた。

その笑顔を見たサイラスは上機嫌だった。


「おいしいです。とっても。こんなおいしいフルーツタルトは食べたことがありません。このマドレーヌも。クッキーも。すばらしいです」


花音は、いつもの冷静さを完全に失い、ひたすらおいしい、おいしいと言いながらお菓子を食べた。


莉央はひかえめに食べながら、給仕をしてくれる侍女のお茶の説明に熱心に耳を傾けていた。


おりかは、サイラスがロザリオから離れオルビスと話をするたび、ロザリオに「どうなっているんだ」という表情を送った。

それに対してロザリオは、肩を少しあげるだけだった。


そして一時間ほど過ぎた頃、ロザリオが

「ではわたくし勉強会の時間ですので、そろそろお茶会も終わりにいたしましょう」

と場を閉めてくれて、三人はやっと解放されたのだった。


 


三人が退出すると、ロザリオがサイラスを部屋の壁に追い詰めた。


「なんなのでしょうか。これはどういうことサイラス。わたくしがいつあの三人に会いたいと言ったかしら。なに勝手なことをしているの?」


「いや……。昨日あの三人のことを気にしているようだったら、身元もはっきりさせて、顔を合わせたほうが安心するかなあって思って」


「はぁ。安心? もともと心配なんてしてないわ」


オルビスはいつものことだという表情で、淡々とお茶会の片付けを進める。


「俺は、俺は、三人に会わせれば、ロザリオがよろこぶと思ったんだよっ」


「わたくしが? よろこぶ? はぁ、あなたがなぜそう考えるのかまったく理解できないわ」


「俺がロザリオのことを心配して、いつでも力になりたいって思っていること、分かってくれよ」


「…………」


「……それに、ちょっと楽しそうだったじゃないか……」


「はっ? もういいわ」


そう言うと、ロザリオはドアを乱暴に開け、廊下で控えていたセイラを連れて去っていった。

そしてまわりに誰もいないことを確認すると、小声でセイラに言った。


「うっ。焦ったわ。まさかサイラスがあの子たちを連れてくるなんて。あの人なんなの」


「それだけロザリオさまのことをご心配されておられるのですよ。あと、褒めてほしいのでは……」


「あぁぁ。もういいわ。疲れる」


「サイラスさまには、お知り合いだということは気づかれませんでしたか?」


「ええ。三人にはちょっと冷たくしてしまったかも。あとでセイラから今日の説明をしておいて。あやまっておいて」


「かしこまりました」

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