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40.拾ったものは返しましょう

 第五章までお読みいただきありがとうございました。

 ★評価等いただけますと執筆の励みになります。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 あらゆる家具調度品がひっくり返され、せっかく運び込んでもらった荷物がめちゃくちゃに放り出されている状況に、アリーセはあ然とするしかなかった。


「いったい誰がこのようなことを……」

「警備の騎士もいる中でこんな真似ができる人間は限られていますよ」


 イグナーツは暗に王族の誰かによる指示だと語る。

 不満げにすがめられた蒼の双眸は、既にその人物の姿を捉えているように見えた。


「やはり、オスヴァルト殿下でしょうか」

「断定はできませんが、おそらくは。さきほどの兄上の態度は、ここを一通り調べて目当ての物を見つけられなかったからだと思うと納得できます」


 ついでに言えば、舞踏会に参加していなかったのは捜索の指揮をとっていたからとも考えられる。

 単純にイグナーツを歓迎できないからという理由もありそうだが。


「オスヴァルト殿下が何をお探しか心当たりはないのですか?」

「まったく。立太子式前という時期を考えれば、王位継承か相続に関する物かとは思いますが、そんなものを王宮から持ちだしたおぼえはありませんし」

 イグナーツも本気で不可解そうだった。


(いったい何を探していたというの?)


 アリーセたちに狙いを定めているということは、既に王宮内、王宮関係者には当たった後なのだろう。

 その上でイグナーツが王宮外へ持ち出し、今回持ち帰っていると確信しているのだろうが、それがなんなのかわからない。不気味だった。


(ただでさえ手紙をなくしたばかりだというのに)


 ちなみにあの後、会場に戻って給仕や使用人に声をかけてみたものの、手紙の拾得物は届けられていなかった。

 侍女のミアもアリーセが通った通路をくまなく探し、衛兵にも話を聞いてくれたそうだが、発見にはいたらなかった。


「もしかしたら、母上なら……」

「え?」


 考え事をしていたアリーセは、隣でぽつりと漏れたつぶやきを聞き逃した。


「……いえ、なんでもありません」

 イグナーツは苦笑して、アリーセの背にそっと腕を回してきた。


「今夜は念のため、一緒に過ごしましょう。兄上が何を仕掛けてくるかわかりませんし、用心した方がいい」

「そうですわね」


 アリーセは素直に甘えさせてもらうことにした。

 生地越しに伝わる彼の体温にほっとする。

 さきほどアリーセを不快にさせた人物と同じ血が流れているとは思えない、優しくいたわるようなぬくもりだった。


***


 一方そのころ。

 王宮の人工池に面した回廊で、クラーラは便箋を柱の明かりの下で広げていた。


(お姉様ったら、こんなものを隠し持っているなんて)


 アリーセが立ち去ろうとしたときに落とした手紙だ。

 隠しポケットが浅かったか、あるいはダンス中の動きでせり上がって落としやすくなっていたのだろう。

 送り主の名前に『ファビアン・エルケンス』とあったので、クラーラはとっさに隠してしまった。自分宛の手紙をアリーセが隠し持っていたのかと疑ったためだ。

 だが、あらためて見たら宛先は『A・ルットマン』。アリーセですらない。

 それでも開封してみたら、文面はあきらかにファビアンからアリーセに宛てたものだった。


(どうしてファビアン様がお姉様に手紙を? わたくしがあげた手紙にはまだお返事が来ていないのに!)


 婚約者である自分よりも先に元婚約者である姉に返事を送った恋人へ不満をおぼえながら、文面に目を走らせる。

 序盤の挨拶を適当に流し読みすると、癖のない筆跡はさっそく本題に入った。


『さっそくだけど、あの本についてわかったことがあったよ。

 わかったことというか、君たちが出立してすぐに下巻を発見したんだ。そう、あの本は上巻だったんだ。どこにも「上」巻なんて書いてなかったけれどね。

 どうやって発見したかについては詳細を省くけど、上巻を何度も読み返していたら下巻の場所を示す仕掛けがあって……このことは帰ってきたときにでも。


 筆者はどうやら囚人兵の一人だったらしい。しかも歴史学者。

 失われた時代についての伝承を収集していたら、王家にとって不都合な真実を知ってしまったそうだ。それで王室侮辱罪だとこじつけられて逮捕され、流刑地送りになったと書いてあったよ。

 不都合な真実というのは神の呪いに冠する伝承、口伝のことだという。

 彼によると、王笏(おうしゃく)と聖剣はもともとは聖笏(せいしゃく)と聖剣だったらしいんだ。

 そして聖笏は聖剣と同等の力を持っていて、《奈落》を封じる力もあるそうだ。神のお告げを受けたという当時の聖王――現在の大司教がそう語っていた日記が、彼の故郷に残されていたんだ。

 なのに初代の聖剣の王子が人柱になる役目を担ったことで、いつのまにか聖剣の王子だけが魔物を倒せる、《奈落》を封印できることにされてしまったらしい。

 当時の権力者によって、呪いの内容が捻じ曲げられたんだ。


 これが知られたら結構な大問題になるだろうね。

 だってこれが真実なら、イグナーツ殿下が王位を継いで、オスヴァルト殿下が《奈落》を封じる役目を担うことも可能なのだから。

 まあ、そんなことを国王陛下はともかく当のオスヴァルト殿下やマグダレーナ王妃が認めるとは思えないけど。

 でも確実に、王位継承者争いが起きるだろうね。人間性に関してはイグナーツ殿下の方が優れているし、彼を英雄視する国民もそれを望むだろうから。殿下の怒りを買ってしまった僕ですらそう思うよ。

 この件についてもっと詳しく書きたいけれど、便箋が何枚あっても足りなくなりそうだからこのくらいにしておくね。早く顔を見て話したいよ。

 王都の方では水害も起きていると聞くし、どうか気をつけて帰ってきてほしい。君たちの無事を祈っている。


 追伸。

 この際だから僕の気持ちを正直に書く。

 君を裏切ったことをとても後悔している。君のことは好ましく思っていたはずなのに、あのときの僕は感情に流されてしまった。本当に情けないよ。

 クラーラのことは大切だけれど、おかげで僕は多くのものを失った。

 世間の評判、父からの信頼。友人らにもあきれられて距離を置かれてしまった。当然だよね。僕が彼らの立場だったとしてもそうしていただろう。

 なのに、君は僕に手を差し伸べてくれた。

 君は寛容で慈悲深く、理知的で、感情にまかせない冷静な対応をできる人だ。君を夫人にできたイグナーツ殿下は幸せだと思うよ。

 婚礼の日、君の花嫁衣装姿を見かけたとき、君の隣に並ぶのが自分でないことをとても残念に思ったんだ。いまさらこんなことを言っても意味はないけれど――』


 そこまで読んだところで、びり、とクラーラの手の中で便箋が破れた。


(ファビアン……わたくしよりお姉様の方が好きだというの!?)


 怒りのあまり手がぶるぶると震えて止まらなくなる。

 正直にいうと、クラーラは手紙の内容の半分以上を理解できなかった。

 だが残りの半分以下、追伸の部分が大問題だった。

 異母姉に恋人を奪われるなど、あってはならないことだ。


 父の前妻が亡くなりようやく公爵邸に呼び寄せられ、父から異母姉を紹介されたときから、彼女のことが気に入らなかった。

 いかにも大切にされてきましたといわんばかりの可愛い髪型、可愛いドレス。

 翡翠色の双眸には戸惑いと緊張、それでいて新しい妹を受け入れて仲良くしてあげなければという善意が見え透いていて、うっとうしくてたまらなかった。

 なんの苦労もなく暮らしてきたのかと思ったら、許せなかった。

 自分たちはあくまで愛人とその娘だからと、白い目で見られながら質素に暮らしてきたのに。

 あのとき決意したのだ。アリーセの大切な物を何もかも奪ってやると。

 父の愛情も、素敵な贈り物も、屋敷での地位も。公爵令嬢にふさわしい婚約者も。


 幸い、アリーセには早々に格下であるファビアンとの婚約が持ち上がった。

 そして父はクラーラにはもっといい相手をと考え、イグナーツとの婚約話を進めてくれた。

 嬉しかった。父はアリーセよりも自分を愛していると実感できたから。

 このままイグナーツが聖剣を継承さえしなければ、何も問題はなかったのだ。


 だが現実はクラーラの望むとおりにはならなかった。

 イグナーツは聖剣の王子となり、《奈落》に沈む予定の身となってしまった。

 そんな男との結婚など冗談ではない。《奈落》に近寄りたくもなかった。

 だからファビアンに乗り換えた。イグナーツ以外で高位貴族ならば相手は誰でもよかったのだが、どうせならとアリーセの婚約者を奪うことにした。

 彼女の傷つく顔を見たかったからだ。

 くまのぬいぐるみを燃やされたときの彼女の顔が傑作だったから。


(なのに、どうしてこうなりますの? わたくしを裏切るなんて、ファビアン……絶対に許しませんわよ!)


 クラーラがひそかに復讐の炎を胸に燃やしていると、手にした手紙がひょいと何者かに取り上げられた。

 えっ、と思って顔を上げると、目の前に黒髪の貴公子が出現している。

 頬に怪我でもしたのか当て布をした彼は、破れた便箋に興味深そうな視線を落としていた。


「何をなさいますの!」


 クラーラはすぐに手紙を奪い返そうと手を伸ばした。

 相手が誰かを認識した上での行いだった。相手がどれだけ格上の存在であっても、不躾な行いをされたからには礼儀を払う必要はないというのがクラーラの考えだ。

 だが貴公子――オスヴァルトはこちらを横目に少し見ただけでその手を回避し、届かないくらいの距離をとってしまった。


「これはアリーセ宛ての手紙だろう。なぜおまえが持っているんだ?」

「ひ、拾っただけですわ! 返してくださいませ!」

「ふうん……」


 ここではじめてオスヴァルトがクラーラに目を向ける。

 この感情の読めない爬虫類のような眼差しがクラーラは以前から苦手だった。


「これ、読んだのか?」

「え?」

「全部読んだのか、と聞いている」


 なぜそんなことを聞くのだろう。

 不思議に思いながら、クラーラはオスヴァルトをにらみつけるようにして答えた。


「読みましたけど、それが何か?」

「そうか」


 灰色の目が怪しく輝き、薄い唇がにやりとゆがむ。

 次の瞬間、ドン、と強く突き飛ばされた。

 オスヴァルトの向こうには壁が見えるから、クラーラの後ろにあるのは池に面した柱廊の柱があるはずだった。柱に叩きつけられる、と思ったが、その柱はクラーラの横を流れるように遠ざかっていく。


(――え?)


 後ろには何もない。地面すら。

 一瞬にしてクラーラは背中から池に落ち、真っ黒な水中に呑み込まれていた。

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